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2章
46.嫡男の横暴
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ヴィクターは男の腕を掴む力を強めた。
「オメェは相変わらずだな」
知り合いか、と思ったが、どうもいい関係ではなさそうだ。睨み合うように向かい合っている。
ヴィクターも背が高いが、男も負けてない。
だが、ヴィクターはがっしりしているのに対し、男はガリガリだ。そのせいか、奇妙で神経質そうな印象を受ける。刈り上げた坊ちゃん刈りが、自立しきれない子供のように見えた。
男は乱暴に腕を振り払うと、にぃ、と口端を歪めた。
「オメェ、ではなくマカセ、ですよ。一代男爵の息子ヴィクター君には是非マカセ様、と呼んでもらいたいですね?」
「馬が欲しいからってくだらねーことしてんじゃねーよ」
男──マカセのねっとりとした口調に、ヴィクターは苛立ったように凄む。威圧感に、男は頬をピクピクと引きつらせた。
「く、くだらない? 僕は厩舎係に黒馬に乗りたいと言っただけですよ? それをこの厩舎係風情が拒否したから……」
「それがくだらねーって言ってんだよ。嫌がってんじゃねーか」
「嫌? ハッ……ただの平民が、この伯爵家嫡男の僕に対しての拒否権があるとでも? 逆らった時点で鞭に打たれても仕方がない」
「あるだろ。馬のことなら厩舎係に従った方がいい。オメェそこまでアホだったのか」
アホ、の一言にマカセの顔色が一変、真っ赤に染まった。
「ア……っ……この僕に向かってアホとはなんだ!? 僕は伯爵家嫡男だぞ!? 一代男爵の息子風情が! 僕より成績が良かったくらいで調子に乗るなよ!?」
嫌味な口調が崩れ、ヴィクターに掴みかかろうとする。しかしそれは軽々と避けられた。
「だからどーした。こちとらガキの頃から農耕馬十頭、朝から晩まで毎日乗り回して仕事してンだよ。テメェより馬に詳しいわ。調子乗って何が悪い。テメェみてぇなおぼっちゃん見てると反吐が出るわ」
「な、なんだと……!?」
「あ? やんのかコラ」
一触即発の雰囲気に、アルティーティはどうすることもできない。止めようと動いたら、逆にジークフリートに止められてしまった。
厩舎係の少女も戸惑い、動けないでいる。
「な、なら見せてやる! 僕の腕前を! こんな黒馬、すぐに乗りこなしてやる!」
睨み合っていたマカセは、少女から乱暴に手綱を奪い取った。
「あ! ダメです! その子は……!」
「うるさい!」
「きゃっ!?」
あのガリガリの腕のどこにそんな力があったのか、振り払われた少女は大きく飛ばされた。
その先には厩舎の壁。
危ない、とアルティーティはジークフリートの静止を振り切って飛び出した。
「アルト!」
ジークフリートが叫ぶ。叩きつけられるすんでのところで追いつき、アルティーティの背中は壁に激突した──かに思えた。
ぶわり、と背中から何かに優しく押される感覚がある。硬い壁の感触などひとつもない。
(……風?)
前に押されるように少女を抱えながら共に浮き上がる。
それがジークフリートの魔法だと気づいた頃には、アルティーティは壁から離れたところに着地していた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
少女はこくこくとうなずいた。どうやら怪我もなさそうだ。
よかった、とアルティーティは息を吐くと、少女を離す。
「あいつ……許せない……!」
厩舎に来る手前、弓は置いてきた。
肉弾戦は得意ではないが、少女を傷つけようとしたことは許せない。
ジークフリートも、マカセに鋭い眼光を向けている。
せめて一矢報いねば、と黒馬の抵抗にもたつくマカセに向かって走り出そうとした。
「ま、待ってください! 危ないです!」
危ない?
アルティーティの足が止まる。マカセの元に向かおうとした彼女の腕を、少女が進ませまいと必死に掴んでいた。
よほど怖かったのだろう。少女の手が震えている。
アルティーティは手を添えると、「大丈夫。怖かったね」と声をかけた。するとホッとしたのか、少女は目に涙を溜めながら何度もうなずいた。
「これでこの黒馬は僕のもぺぎゃっ」
ぺぎゃ?
妙な音──声が聞こえ、その場にいた全員がその方向を見た。いや、正確にはその方向のさらに奥。
あれだけ威勢の良かったマカセが、飼い葉の山の中で目を回していた。
どうやら黒馬に蹴られたらしい。ふんす、と鼻息を荒くした黒馬は、どこか誇らしげに見えた。
「だから……ダメだって言ったんです……このコ……クロは男性恐怖症なんですよ……」
少女は呆れ声で言うと、黒馬の元に駆け寄った。
「オメェは相変わらずだな」
知り合いか、と思ったが、どうもいい関係ではなさそうだ。睨み合うように向かい合っている。
ヴィクターも背が高いが、男も負けてない。
だが、ヴィクターはがっしりしているのに対し、男はガリガリだ。そのせいか、奇妙で神経質そうな印象を受ける。刈り上げた坊ちゃん刈りが、自立しきれない子供のように見えた。
男は乱暴に腕を振り払うと、にぃ、と口端を歪めた。
「オメェ、ではなくマカセ、ですよ。一代男爵の息子ヴィクター君には是非マカセ様、と呼んでもらいたいですね?」
「馬が欲しいからってくだらねーことしてんじゃねーよ」
男──マカセのねっとりとした口調に、ヴィクターは苛立ったように凄む。威圧感に、男は頬をピクピクと引きつらせた。
「く、くだらない? 僕は厩舎係に黒馬に乗りたいと言っただけですよ? それをこの厩舎係風情が拒否したから……」
「それがくだらねーって言ってんだよ。嫌がってんじゃねーか」
「嫌? ハッ……ただの平民が、この伯爵家嫡男の僕に対しての拒否権があるとでも? 逆らった時点で鞭に打たれても仕方がない」
「あるだろ。馬のことなら厩舎係に従った方がいい。オメェそこまでアホだったのか」
アホ、の一言にマカセの顔色が一変、真っ赤に染まった。
「ア……っ……この僕に向かってアホとはなんだ!? 僕は伯爵家嫡男だぞ!? 一代男爵の息子風情が! 僕より成績が良かったくらいで調子に乗るなよ!?」
嫌味な口調が崩れ、ヴィクターに掴みかかろうとする。しかしそれは軽々と避けられた。
「だからどーした。こちとらガキの頃から農耕馬十頭、朝から晩まで毎日乗り回して仕事してンだよ。テメェより馬に詳しいわ。調子乗って何が悪い。テメェみてぇなおぼっちゃん見てると反吐が出るわ」
「な、なんだと……!?」
「あ? やんのかコラ」
一触即発の雰囲気に、アルティーティはどうすることもできない。止めようと動いたら、逆にジークフリートに止められてしまった。
厩舎係の少女も戸惑い、動けないでいる。
「な、なら見せてやる! 僕の腕前を! こんな黒馬、すぐに乗りこなしてやる!」
睨み合っていたマカセは、少女から乱暴に手綱を奪い取った。
「あ! ダメです! その子は……!」
「うるさい!」
「きゃっ!?」
あのガリガリの腕のどこにそんな力があったのか、振り払われた少女は大きく飛ばされた。
その先には厩舎の壁。
危ない、とアルティーティはジークフリートの静止を振り切って飛び出した。
「アルト!」
ジークフリートが叫ぶ。叩きつけられるすんでのところで追いつき、アルティーティの背中は壁に激突した──かに思えた。
ぶわり、と背中から何かに優しく押される感覚がある。硬い壁の感触などひとつもない。
(……風?)
前に押されるように少女を抱えながら共に浮き上がる。
それがジークフリートの魔法だと気づいた頃には、アルティーティは壁から離れたところに着地していた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
少女はこくこくとうなずいた。どうやら怪我もなさそうだ。
よかった、とアルティーティは息を吐くと、少女を離す。
「あいつ……許せない……!」
厩舎に来る手前、弓は置いてきた。
肉弾戦は得意ではないが、少女を傷つけようとしたことは許せない。
ジークフリートも、マカセに鋭い眼光を向けている。
せめて一矢報いねば、と黒馬の抵抗にもたつくマカセに向かって走り出そうとした。
「ま、待ってください! 危ないです!」
危ない?
アルティーティの足が止まる。マカセの元に向かおうとした彼女の腕を、少女が進ませまいと必死に掴んでいた。
よほど怖かったのだろう。少女の手が震えている。
アルティーティは手を添えると、「大丈夫。怖かったね」と声をかけた。するとホッとしたのか、少女は目に涙を溜めながら何度もうなずいた。
「これでこの黒馬は僕のもぺぎゃっ」
ぺぎゃ?
妙な音──声が聞こえ、その場にいた全員がその方向を見た。いや、正確にはその方向のさらに奥。
あれだけ威勢の良かったマカセが、飼い葉の山の中で目を回していた。
どうやら黒馬に蹴られたらしい。ふんす、と鼻息を荒くした黒馬は、どこか誇らしげに見えた。
「だから……ダメだって言ったんです……このコ……クロは男性恐怖症なんですよ……」
少女は呆れ声で言うと、黒馬の元に駆け寄った。
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