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18.巻き戻り2日目-4
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また来てしまった。
施設からバスを乗り継いで、海斗の自宅に着いた。くすんだレンガ調の外観が、夕日に照らされ昔の色を取り戻しているように見える。
部屋に招き入れられたわたしは、昨日と同じ場所に座った。
「あのさ、もしかして……分かっちゃった?」
ちゃぶ台にお茶の入ったコップをふたつ置いた海斗は、おずおずと口を開いた。
あけすけにものを言うあの彼が、珍しくぼかしている。やはり、余程のことなのだろう。
「……ごめんなさい。家系図、見ちゃって……その」
「星田、でしょ? うん……実は俺、婚外子ってやつなんだよね」
彼は頬をかきながらあっけらかんと言い放った。
婚外子、つまり、妾、愛人の、子。
『わたしのお腹に赤ちゃんが』と明日香の声と仕草が浮かび、わたしは振り切るように首を振った。
今は出てきてほしくない。少なくとも、違うと思いたい。
「昔、千秋サンと同じことを言った人がいるんすよ。うちの母親なんですけどね。あ、母親が星田なんすよ。父親に正妻サンがいるんで、母は名乗れないんですわ。大貫姓」
情報量の多さにうなずくしかできないわたしに、彼は言葉を続けた。
「で、母親が言うんすよ。あの人に捨てられたら自分は無価値になる。お金もなくなる。だから父親が来たら全力で媚を売れ、怒らせるなってね。俺はずっと、それに従ってた。けど……」
かすれかけた海斗の声が、切なく響く。言葉を詰まらせた海斗は、一旦お茶をひと口含んだ。
「なんか、心のどっかで母親も父親も汚ねぇな、嘘臭ぇなとしか思えなくて。ガキの頃は荒れて家出ることが多くて……で、そんな俺によくしてくれたのが正妻サンだったんすよ」
声をなくしたわたしを、海斗はじっと見つめている。
思えば彼は、わたしの反応をずっと確かめながら話している節があった。それも彼の状況や生育歴がそうさせているのかもしれない。
正妻とはうまくやっていたらしい。キヌと引き合わせてくれたのも正妻だと言う。
母親が亡くなった後も大貫家との交流は続いている。キヌの緊急連絡先に名を連ねてるのがその証拠だ。
正妻と父との間には子供がいないため、父親は会社──大貫建設というかなり大きな建設会社の社長らしい──を継いで欲しいが、自分にはその気は全くないと言う。
「正妻サンも辛いと思うんすよね。俺がいることで、っつーか、俺がいるだけで旦那が浮気して子ども産ませた現実見なきゃいけなくなるし。いい人だから、余計に。そもそもおれ、そういうドロドロ? 苦手なんすよ」
海斗は乾いた笑いを浮かべた。今までの快活な笑いとは違い、眉は下がり、どこか心細そうに見えた。
「俺は大貫の異物だから。千秋サンも、俺のこと軽蔑するっしょ?」
苦笑いする海斗が言い終わるか終わらないか、わたしは彼を抱きしめ背中に手を回した。
「ちょっ……」
「軽蔑、……しない。異物じゃない。あなたは、わたしに選択肢をくれた」
彼の背中を優しくさする。わたしなんかよりよっぽど逞しく、硬く、強そうな背中から徐々に強張りが消えていく。
この人に罪はない。
でも存在自体、許されないと思い続けている。気にし続ける人生を送らなくてはならないと自分を戒め続けている。
不条理だ。こんなのは。
ふつふつと怒りにも似た感情が湧き上がってくる。わたしの中にある、智樹と明日香を許さない、許せない気持ちが重なり混じり合う。
海斗を慮る気持ちと、自分の感情が激しくないまぜになって、涙があふれ出てきた。
おかしい。絶対におかしい。
許せないわたしも、許されない海斗も。
しゃくりあげるわたしの頭に、海斗の大きな手が乗る。
「はは、泣かないでくださいよ。おれは大丈夫っス。千秋さん、やっぱ優しいっすね」
頭をわずかに撫でるように手を動かす海斗の声は、熱く震えていた。
施設からバスを乗り継いで、海斗の自宅に着いた。くすんだレンガ調の外観が、夕日に照らされ昔の色を取り戻しているように見える。
部屋に招き入れられたわたしは、昨日と同じ場所に座った。
「あのさ、もしかして……分かっちゃった?」
ちゃぶ台にお茶の入ったコップをふたつ置いた海斗は、おずおずと口を開いた。
あけすけにものを言うあの彼が、珍しくぼかしている。やはり、余程のことなのだろう。
「……ごめんなさい。家系図、見ちゃって……その」
「星田、でしょ? うん……実は俺、婚外子ってやつなんだよね」
彼は頬をかきながらあっけらかんと言い放った。
婚外子、つまり、妾、愛人の、子。
『わたしのお腹に赤ちゃんが』と明日香の声と仕草が浮かび、わたしは振り切るように首を振った。
今は出てきてほしくない。少なくとも、違うと思いたい。
「昔、千秋サンと同じことを言った人がいるんすよ。うちの母親なんですけどね。あ、母親が星田なんすよ。父親に正妻サンがいるんで、母は名乗れないんですわ。大貫姓」
情報量の多さにうなずくしかできないわたしに、彼は言葉を続けた。
「で、母親が言うんすよ。あの人に捨てられたら自分は無価値になる。お金もなくなる。だから父親が来たら全力で媚を売れ、怒らせるなってね。俺はずっと、それに従ってた。けど……」
かすれかけた海斗の声が、切なく響く。言葉を詰まらせた海斗は、一旦お茶をひと口含んだ。
「なんか、心のどっかで母親も父親も汚ねぇな、嘘臭ぇなとしか思えなくて。ガキの頃は荒れて家出ることが多くて……で、そんな俺によくしてくれたのが正妻サンだったんすよ」
声をなくしたわたしを、海斗はじっと見つめている。
思えば彼は、わたしの反応をずっと確かめながら話している節があった。それも彼の状況や生育歴がそうさせているのかもしれない。
正妻とはうまくやっていたらしい。キヌと引き合わせてくれたのも正妻だと言う。
母親が亡くなった後も大貫家との交流は続いている。キヌの緊急連絡先に名を連ねてるのがその証拠だ。
正妻と父との間には子供がいないため、父親は会社──大貫建設というかなり大きな建設会社の社長らしい──を継いで欲しいが、自分にはその気は全くないと言う。
「正妻サンも辛いと思うんすよね。俺がいることで、っつーか、俺がいるだけで旦那が浮気して子ども産ませた現実見なきゃいけなくなるし。いい人だから、余計に。そもそもおれ、そういうドロドロ? 苦手なんすよ」
海斗は乾いた笑いを浮かべた。今までの快活な笑いとは違い、眉は下がり、どこか心細そうに見えた。
「俺は大貫の異物だから。千秋サンも、俺のこと軽蔑するっしょ?」
苦笑いする海斗が言い終わるか終わらないか、わたしは彼を抱きしめ背中に手を回した。
「ちょっ……」
「軽蔑、……しない。異物じゃない。あなたは、わたしに選択肢をくれた」
彼の背中を優しくさする。わたしなんかよりよっぽど逞しく、硬く、強そうな背中から徐々に強張りが消えていく。
この人に罪はない。
でも存在自体、許されないと思い続けている。気にし続ける人生を送らなくてはならないと自分を戒め続けている。
不条理だ。こんなのは。
ふつふつと怒りにも似た感情が湧き上がってくる。わたしの中にある、智樹と明日香を許さない、許せない気持ちが重なり混じり合う。
海斗を慮る気持ちと、自分の感情が激しくないまぜになって、涙があふれ出てきた。
おかしい。絶対におかしい。
許せないわたしも、許されない海斗も。
しゃくりあげるわたしの頭に、海斗の大きな手が乗る。
「はは、泣かないでくださいよ。おれは大丈夫っス。千秋さん、やっぱ優しいっすね」
頭をわずかに撫でるように手を動かす海斗の声は、熱く震えていた。
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