【完結】この憎悪を消し去りたい

夜曲

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36.この憎悪を消し去りたい

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 もう今更貞操概念うんぬん抜かす様な歳じゃない。
 アルファとしての矜持なんて、この三年間の哲也の陵辱のせいでとうに砕け散った。

 それに、奴は俺の前を縛って女みたいにイかせる事が好きだったから、もう自分が前からの快感だけでイケるのかすら解らなかった。


 自分と同じ顔のこの男を使うのは、言われてみれば確かに自慰の一環かもしれない。
 廃棄寸前の所を俺が助けたんだ。この男の命は謂わば俺のモノだ。人肌の動くバイブと何も変わらない。顔も同じだし、自慰と言えば自慰かもしれない。


 それに、さっきから身体が疼く。きっと病院というプライバシーがある様で無い空間から解放されて、身体が淫らな夜を求めてしまっている。

 既に凛空のうなじに薬も打ってしまったと聞いたし、俺は今夜に関しては、流されてみる事にした。

 だが、一度経験するともうダメだった。俺は自分と同じ顔をしたベータ男を使ったにのめり込んでしまった。

 ベータ男の友人だと凛空りくに紹介された俺は、毎日正気の時の可愛らしい伴侶を見ては惚れ直し、抱きしめたい衝動に駆られる。愛する伴侶が目の前に居るのに、凛空は俺の事が解らなくなってしまっている。抱けないどころか、会話すらも他人行儀なのが辛い。

 しかも、昼間っから二階でベータ男と盛る愛する伴侶の濡れ場の声を毎日聞かされる。それで欲望を感じるなという方が酷だろう。

 夜になる頃にはすっかり、抱きたいんだか抱かれたいんだか解らない欲求が溜まってしまった。



 その日から俺は毎晩ベータの男に組み敷かれ、精が出そうになった時だけ凛空の中に入れて出す。

 本人達よりも、周りで傍観している人間の方がよく解るというのは本当の様で、俺とアイツの情事を毎日見せられていたベータの男は俺の快楽のツボを適切に把握していた。

 余りに気持ちが良すぎて凛空の中に入るのが間に合わなくなる事もあるくらいだ。そんなときには、出ちゃったものを掬って寝ている凛空の口の中に入れる。摂取するのは上からでも下からでも構わないのだから。
そんな淫靡な夜を送る事になる。
 これはツガイを解除して、凛空を元に戻す為に必要な作業なんだと自分を騙しながら。


 最初は睡眠薬を使って寝かせた凛空にだけそれをしていたが、強い睡眠薬を常用するのは悪かろうと、そのうち凛空も交えて三人でする様になった。
 俺とベータの男二人で凛空を可愛がって、俺が凛空に入れ、同時にベータの男が俺の中に入る。


 自分の夫の櫂だと信じていたベータの男に突然要求された寝取られプレイに、正気に戻った時の凛空は酷く傷ついたが、昼時を超えて理性が無い時間帯になれば、もう何が何だかわからない。

 実際に俺を受け入れてみたら酷くしっくりと来たらしい。そりゃあそうだ。二十五年間連れ添ったツガイなのだから。俺の男根に、凛空が溺れるのもすぐだった。



 食糧や必要な物は奴の息子が手配した人が持ってきてくれる。三人は碌な靴や服が無い。金も無いから外には出られないし、また外に出る必要も無かった。ここには俺にとってのこの世の全て凛空が揃っている。どこに行く必要があるのだろうか。


 ただ唯一、俺は蒼空そらが元気にしているかだけは気掛かりだったが、それも奴の息子が毎週報告書を届けてくれる。

 俺は蒼空に会いに行きたいと思っていた。けれど凛空の今の状況をどう蒼空に説明して良いのか解らない。
 連絡をしてしまうと会おうという話になると解っていたので、結局の所何も出来なかった。

 凛空、もう一度君に蒼空を見せたい、会わせたい。でも、それが引き金となって辛い記憶が戻るのは避けたい。
 これ以上君を傷つける事に臆病になってしまった俺は、現状維持を止められなかった。


 しかし、三人で送るこの酷く爛れた生活は、ある日突然終わりを告げる事となる。

 ーーーーーーーーーーーーー

 ※ここから分岐とさせて下さい。
 ハッピーエンドが良い方は、『もう一度君に蒼空を見せたい』へ飛んでください。そちらの161話の終わりがちょうど上記のセリフですが、蒼空のお話を飛ばして親世代のお話だけを追うならば、171話あたりから読むと丁度良いかもしれません。

 そして、闇BLをご希望の方はそのままお進み下さい…。

 ーーーーーーーーーーーーー

 しかし、三人で送るこの酷く爛れた生活は、ある日突然終わりを告げる事となる。

 凛空がある日ふと正気に戻って、ベータ男が俺ではないという事に気が付いてしまったのだ。
 そして、ツガイ以外の男を俺の目の前で求めた事に絶望し、最愛の伴侶に申し訳が無いと俺の目の前で自殺をしてしまったのだ。


 ある梅雨の日の早朝。我に返った凛空の絶叫が聞こえて来た時、俺は昨日の情事の痕が色濃く残る身体のまま、まだ気だるげに惰眠を貪っていた。悲鳴に驚いて下に降りた頃には、凛空はもう包丁を持って首に突き付けていた。

 しっかりと俺の目を見て、
「櫂、ごめんなさい。」
 という一言を残して。

 眼帯がついていない方の目からは滝の様に涙を流し、凛空はその身体を真っ赤な血に染めた。俺が飛びついて包丁を奪った時にはもう、手遅れになっていた。

 そう。今回は自殺未遂ではない。三度目の正直と言うべきか。凛空の自殺は成功してしまったのだ。


 そうなるともう、ベータ男を見るのも辛い。申し訳ないが、アイツの息子に俺の前から隠して貰った。
 もともとあるべきだった姿として、廃棄処分になるのかは知らない。それはもう、俺の与り知らぬことだ。
 少なくともこのベータ男の存在も、凛空を追い詰めた原因の一つなのだから。今の俺には、もうソイツの行く末を気にする余裕はなかった。


 俺の心の中に吹き荒れるのは、凛空に対する申し訳なさと後悔だ。
 もし、記憶を失った凛空に対して、丁寧に説明していれば、結果は違ったのだろうか。
 例えその時は理解して貰えなかったとしても、記憶が戻ったタイミングできっと俺が説明している事の意味が解ったのかもしれない。そうなれば、凛空の記憶が戻って、俺の事をきちんと認識できる様になって、ハッピーエンドだったかもしれない。
 でも、そうならなかったのは、果たして何の因果だろうか。


 一つ間違いが無いのは、俺はアイツのせいで、最愛のツガイを失ったという事だ。
 アイツ、宮藤がもし俺の会社を倒産に追い込まなければ、凛空を売らなければ、凛空と俺のツガイ契約を強制的に解除しなければ。その後救い出された凛空を犯して記憶を消したいと思えるほどのショックを与えなければ……。
 少なくともこんなことにはならなかったはずだ。
 

 俺の胸の内に燻るこの憎悪を消し去りたい。
 そうでなければ、アイツの思ったがままになってしまう。

 アイツの事をもう一片たりとも考えたくはないのに、後から後から憎悪が込み上げてきて、憎み続けてしまうんだ。

 蒼空そら、一人残してすまない。この憎悪を消す方法を、他に思いつかないんだ。

 凛空、今すぐ行くから。26歳の綺麗な凛空のままで待っていてくれ。俺も32歳の時の姿で、今すぐに会いに行くから。


 『この憎悪を消し去りたい』~完~
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