ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

文字の大きさ
24 / 330
一章

二十一話 テスターミーティングⅠ

しおりを挟む
「こんにちは、キョウ。迎えに……!?」

 約束の時間より少し前、家の前でエリスとハティとで早めの食事を取っていたところに迎えに来たアラマキさんが、庭に入ってくるなり固まっていた。
 そういえば、アラマキさんはライノス襲撃の顛末については話を聞いていたみたいだけどハティを実際に見るのはコレが初めてだったか。
 うんうん、わかるぞ。
 コイツを突然目にしたらやっぱり固まるよな。
 俺も全く同じ様な反応だったからものすごく理解できる。

「こんにちわー」
「――あ、ああ。こんにちはエリスちゃん」

 エリスの挨拶で硬直が解けたアラマキさんだったが、その顔はあからさまに引きつっていた。
 まぁ、長閑な……とは少々言い難い村の雰囲気だけど、平和な村の庭先で自分の数倍はある狼が居たら誰だってビビるよな。

「大丈夫ですよアラマキさん。ハティはこれで居てかなり賢いんで」
「ああ、うん。話には聞いていたけど、聞きしに勝るとはまさにこのことだね……」

 ちょうど食べ終わるところだったので、自分の食器を片付けたエリスがハティの背中によじ登っていた。
 ちなみにハティの食事は夜のうちに自分で取ってきていた。
 狩場で腹を満たした後、牛か何かの後ろ足を2本持ち帰ってくるようで、それをこちらの朝食や昼食に合わせて齧っていた。
 最初はこの巨体を維持するだけの餌の確保をどうしようかと本気で悩んだが、実際には自力で解決してくれる手のかからないワンコだった。

「ご覧の通りこちらに対して敵意は持ってないし、死にかけた俺を救ってくれたりするうちの新しい家族なんで、あんまり怖がらないでやってくれると助かります」
「ああ、うん……がんばってみるよ」

 初見はビビっちまうのは仕方ないよな。
 むしろ、このリアリティでこのサイズの狼が眼前に迫ってきてビビらないほうがちょっとおかしいと思う。
 心臓に毛が生えてるっていうかなんというか。

「それにしてもこんな高レベルのモンスターをテイムするなんていつの間にそんなスキルを?」
「いえ、テイムスキル持ってないっす」
「え?」
「たまたま森のなかで遭遇した時は、俺も死を覚悟したんですけどね。なんか背中乗っけてもらってそのまま懐いて家で暮らしてるんです」
「テイムモンスターではなく?」
「ええ、僕のスキルツリーに関連しそうなスキルって乗っけてもらった時に恐らく追加された【騎乗】のスキルだけですよ」
「そんな事が……? いや、このゲームはまだ不明なパラメータが多すぎるし或いは……?」

 何やら長考モードに入ってしまったようなのでこちらの準備を手早く終わらせる。
 何か装備が必要なわけでもないので食器を洗い流してこちらの準備も完了。

「さて、エリス。俺は出かけてくるから留守番お願いな」
「はーい。行ってらっしゃいキョウ」
「ハティ、留守の間エリスを頼むな」
「ウォン!」

 よし、これなら任せても平気だろう。
 ハティの頭をなでて後を任せる。

「さて、こちらの準備はオッケーです行きましょうか」
「あ、ああ……そうだね、行こう」






 アラマキさんの家の中から村人たちからは見られないように特殊なエリア転移を行いミーティング会場とやらに到着した。
 普段がリアリティ高すぎて、こういう転移とかシステマチックな部分に安堵を覚えるのはゲーマーの性だろうか。

 ミーティング会場は湖畔のロッジ、といった感じの避暑地にはもってこいなイメージのエリアだった。
 10分前だが、エリアには既に10人ほど集まっている。
 全員参加とは聞いていないが、ALPHAのテスターは20人前後と聞いているので、少なくとも半分以上はこの場に来ているということか。

 遠くで別のプレイヤーと話している田辺さんのT1を見つけたが、視線と手振りだけで返してきた。
 あの人は運営側だから色々と他のプレイヤーから情報を集めたりするので忙しいんだろう。

 詳しく見た感じ、どのプレイヤーもそれなりに高レベルなのか良い装備に身を包んでいる人が多い。
 アラマキさんも2ヶ月やっていると言っていたし、New World一本でガッツリテスターやってる人はレベル3とか4に到達していてもおかしくはないか。

 俺もああいう装備に身を包んでモンスターとガツガツやり合いたいんだがなぁ。
 現実はヤギやサイに命がけの大バトルである。
 俺のプレイ方法が下手くそなのか、スタート地点の当たりが悪かったのかは判らんけど今の俺ってファンタジーMMOというよりもリアルで過酷なスローライフゲームなんだよな。
 過酷なスローライフってどういうことだよって自分で言っておいて思う所だが、実際そうなのだから困る。

 今までの俺のプレイで感じたファンタジー成分ってオババの治癒魔法とハティだけだしな!

 少し考えにふけっているうちにアラマキさんは別の職人系と思われる装備のプレイヤーと親しげに話していた。
 リアルの知人か、あるいは職人プレイヤー同士のコミュニティでもあるんだろうか。

 ゲーム内の知り合いがT1とアラマキさんしか居ない俺はこういう場所だとボッチ一直線だ。
 せめて俺以外の後発組が分かれば、同期として色々話が合わせられるんだが……

 そんな事を考えていたら突然肩を叩かれた。

「よう! まさかまたお前と同じゲームがやれるとはな、キョウ」

 振り返るとそこに居たのは筋骨隆々といった感じの大男。
 なんか暗黒騎士っぽい感じの格好いい鎧にグレートソードとショートソードを二本差しで身に着けた、実にファンタジーといった出で立ちだった。
 ……誰だろう。

 こんな体格の人に俺知り合いいたっけか……?
 そしてふとプレイヤーネームに目が留まる。
 SAD。
 ……SADだと?

「おまえ、まさか伊福部か!?」
「おいおい、一応ここはゲーム内なんだから本名はよしてくれよ」
「お、おう、すまん。つい驚いて口走っちまった」

 伊福部 幸治
 俺と同期で同じ会社に入社したゲーム事業部のデバッッガー兼、テストプレイヤーだ。
 入社の切っ掛けも全く同じ。
 同社の出した格闘ゲームの公式大会の決勝で優勝した伊福部と準優勝だった俺が大会後にスカウトされたのだ。
 当時の自分は弱小の外受けデバッグ会社の平社員でしかなかったので喜んで飛びついた。

「簡単な事情は田n……T1から聞いてるよ。よくその状況で参加する気になったもんだぜ」
「お前も俺と同じ状況になれば、多分俺と同じ選択したと思うぜ? 寝たきりで病院の天井のシミを数える以外何も出来ないくらいならどんなデカイリスクがあろうが、俺は自由に動けるネットゲームを選ぶ」
「かなり危険なんだって聞いたぜ?」
「既に『ただ生きてるだけ』の状態になれば、危険だとかどうでも良くなったよ」
「相変わらず変な方に覚悟決まってるなぁお前」

 実際、植物状態だとか言われてしまえば『巫山戯るな!』とか『何で俺がこんな目に!』とか怒りというかやるせなさを感じるのは事実だ。
 だが、どういった所で現状どうにもならないから、結局開き直っちまうんだよな。
 一言で表すのならこうだ。

 『もう、どうにもならないんだから仕方がない』

 そんな状況で、ネットの中限定とは言え自由に動き回れるなんて知らせられたんだ。
 ゲーマーであるこの俺に。
 大げさでも何でも無く天秤に命を乗せるだけの価値がある。

「こちらはSADさんのフレンドさん?」
「フレンド……というか元同僚だな。理由があって会社をやめちまったがゲームの腕は互角だったからよく公式大会とかで張り合ってたんだ」
「へぇ、リアルライバルってやつですか。SADさんが互角とか相当ですね」
「ぜひ一度戦りあってみたいですね。テスターの人数が少なくてPvPってほぼ発生しないからぜひ戦ってみたい」
「そうだねー。このゲームはモンスターもありえないくらい賢いし、NPCも実際のPvPレベルで対策とか普通に撮ってくるんだけど、やっぱり対人ゲースキーとしてはぜひプレイヤーとも戦ってみたい」

 伊福部……SADの後ろから現れた3人は俺を囲むと興味深そうに眺めてきた。
 装備が似通ってるって事は同じ街かなんかで購入した装備か?

「改めて紹介すると、コイツはキョウ。俺の元同僚だ。ゲームの腕に関してはDDの大会動画でSAD vs KYOで検索すればいくらでも出てくると思うぜ」
「KYOって、あのザック使いの!?」
「あの、なのかは判りませんけどザック使いのKYOです」
「うっわ、レジェンドプレイヤーじゃないですか。あなたのプレイスタイルに憧れて俺も一時期ザック使ってたことあるんですよ」

 また懐かしい呼び名を……
 DD――デッドドライヴというハイスピード対戦格闘ゲームの大会で俺とSADは壇上……つまりトップ8の常連だった。
 自分らで呼んでいたわけではないが、DDの大会では俺やSADを含めた数人が常連トッププレイヤーとして数年に渡って壇上を占拠しており、一般プレイヤーから『レジェンド』なるこっ恥ずかしい呼び方をされていたのだ。

「おいロイ、いきなり話し込むなって。紹介が終わらねーよ」
「おっとすまん。つい興奮しちまってな」

 あの当時は結構対戦動画とかネットに上がってたからなぁ。
 ちなみに公式大会で直接決勝で戦った時の戦績は2対2で完全に互角だ。

「で、コイツラはALPHAで俺とパーティ組んでやってる連中な。このゴツイ盾持ちはロイ、杖持ってるのがカイウス、弓持ってるのがリリティアだ」
「どうも。SADの元同僚のキョウです。つい数日前からテスターとして参加することになりました。よろしくおねがいします」
「俺はロイ、実は俺も社内のテスターなんだ。折角だから早く追いついて一緒にパーティ組んでみようぜ」
「ええ、まだ始めたばかりで何時追いつけるか判りませんがその時はぜひお願いします」

 さっきとは口調が違う……って事はプレイヤーの設定に合わせてをロールプレイしてるのか。
 モニター越しのネトゲだとちょっと寒々しく感じてたが、このゲームはまさに自分がプレイヤーになりきってる訳だからこういう遊び方も全然有りだな。
 というかちょっと面白そうだ。

「私はリリティア。私は外部のテスターで3D格闘メインのプレイヤーなんだけどたまたま声がかかって、MMO形式のゲームをガッツリやるのは今回初めてなの」
「カイウスです。ロイやSADと同じ社内テスターです。元々MMO好きなので今回声がかかって即参加したクチです。ゲーム内で出会うことがあればよろしくおねがいします」
「はい、こちらこそ出遅れ組ですが、その時は是非」

 取り敢えず無難に挨拶を返しておく。
 こういう時は変に印象づけたりせず無難なのが一番いいのだ。

「12時となりました。これよりテスターミーティングを始めたいと思います」

 気がつけばもう時間になっていた。

「おっと時間だ、積もる話はミーティング終わってからにしようぜ」
「だな、向こうに集まるみたいだ。行こう」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

処理中です...