ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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一章

三十話 狭窄Ⅰ

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 アラマキさんの家に戻ってくるとメモ書きが置いてあった。
 明日は一日この村の防備に手を貸すそうな。
 それと問題の明後日は日中は仕事でログインできない旨と、夜ならもしかしたら加勢できるかもしれないと書かれていた。

 まぁ、仕事があるとゲームに避ける時間はどうしても減るよな。
 そのゲームそのものが仕事だったとしても。

 そんなこんなでアラマキ宅を出て自宅に戻る頃には既に日は山の向こう側に沈んでいた。

 しかし、やっぱりこっちの鯖は感覚がハッキリするな。
 靴裏で砂利を踏む感触や肌に当たる風の感覚までハッキリと分かる。
 どうやらたった数日のこちらの暮らしで、こちら側に身体が慣れてしまったらしい。
 だって、もうリアルと全く違和感ないんだもの。
 最初はなんか、自分の体を操縦してる感があったけど、今はもう違和感ゼロどころか、俺はこの世界で生まれてきたんじゃないかってくらい馴染んでいる。

 もし治療が無事終わってリアルに戻った時大丈夫か俺?

 エリスとハティは出かけてるのか。
 この時間なら変に探しに行くと入れ違いになりそうな気もするし飯の用意でもして待ってるか。

 昨日持ち帰った肉が大分余ってるし、スープの他にステーキっぽく焼いてみるか。
 というか毎日焼き肉やるつもりで消化しないと駄目になりそうだしな。

 借り物の小さな氷室には肉が8に山菜が2で詰まっている。
 こういう時は魔法ってほんとに便利だよな。
 生活水準は縄文時代? くらいの狩猟生活なのに当たり前のように冷蔵庫が普及している。
 といっても魔法の氷を密閉できる箱に突っ込んであるだけなんだが。
 しかし、これがあるかないかで食料の保存にかなり差が出る。
 特別な魔法なのか、魔法で作った氷は全てそうなのかわからないが、全然溶けないから水浸しにもならないし実に便利である。

 治癒術のオババもそうだけど、魔法使いが村で敬われる理由がよく分かる。
 生活水準が激変するからなこれ。

「貰った岩塩も限りがあるし味付けには計画的に使わんとな……」

 生で消化しきれない肉は村が引き取って塩漬けの燻製肉にして村人全員に配るらしいから塩分はそれで取ればいいし、氷室の肉と塩をセットで消費するつもりでいればいいか。
 ステーキにするならコショウが欲しい所だが、流石に贅沢すぎるか。

 山菜のヤギ肉のアク抜きをしつつステーキ用の肉を切り分ける。
 アク抜きした物と切りそろえた肉を冷ましたら再び氷室にぶち込んで準備完了。
 調味料がなさすぎて作る料理が超シンプルだから、準備も楽で良い。
 なんかパスタだけ只管食ってたのを思い出すな。
 パスタ折って塩と一緒に鍋にぶち込んでハイ完成って感じが。

 さて、準備は終わったしエリスが帰ってくるまで今日覚えたことを色々身体に馴染ませておくか。
 さっきのコンバート先のボディと違ってこっちの身体はあまり激しい運動はしないほうが良さそうだし、一人だと受け流しの練習もできない。
 となると、お手軽にできそうなのは『歩き』の練習と【脚力】から派生したスキルを合わせた体幹操作あたりかな。
 飛んだり跳ねたりするつもりはないし、それほど負担にもならないだろう。
 痛みを感じたらすぐやめればいいし。

 歩きの練習と言っても特殊なことをするわけじゃない。
 ライノスの時に実感したが、安全マージンを取って回避に専念するととにかく走らされる。
 当然走り回ってるから相手の攻撃は当たりにくいが、スタミナが削られて結果的に追い詰められるというのが前回の体験でよくわかった。
 そこで、途中から可能な限り『走らない』『飛ばない』を心がけたら目に見えてスタミナ消費が減ったのだ。
 ただ、今度は歩きながら必要最低限の動きで攻撃を捌く、という慣れない動きを急にしたことで、ただでさえ無理をしていた身体が悲鳴を上げ、結果足が壊れた……という訳だ。
 ただ、その試行が無意味だったのかと言うとそういう訳ではなく、ライノスとの戦いで様々なスキルが派生していたのでそれらを上手く使いこなせばもう少し効率的に動けるようになるはず。
 【歩法】のスキルや【重心制御】などはまさにソレだろう。
 あの戦いで歩いて躱すという行動から派生したのだから、これらを身体に馴染ませることで行動に補正が入るとほぼ確信している。

 で、何をするかと言えば、3歩歩いて3歩目で【飛影】を使い、次の一歩でまた普通に歩くというのを繰り返すだけだ。
 これで、より自然に徒歩からの急加速とトップスピードからの急減速を体に馴染ませようとした訳だが……

「ウオっとぉ!?」

 【飛影】からの歩きに戻そうとして、止まれず数歩オーバーランした上で前のめりにずっこける羽目になった。
 歩くことで勢いを止めるつもりが全く勢いを殺しきれていなかった。
 普段どおりに完全なブレーキ体勢ではなく、速度を緩めつつ【重心制御】で勢いを止められればと思ったんだが、想像していたよりも難易度が高いようだ。
 いきなり【飛影】から入ったのがまずかったんだろうか。
 【踏み込み】にグレードを落として試してみるも、ズッコケはしなかったが勢いを殺しきるまで数歩を必要とした。
 よく考えたら正しく踏ん張って勢いを殺してもズザーって地面を足が削ってるから、そのまま攻撃に移るならまだしも咄嗟の退避とかは反応遅れるんだよな。
 それじゃせっかくの機動力を自分で殺してしまっているようなものだ。

 うむむ、これはスキルレベル不足以外に単純に足腰が弱すぎるのが問題な気がする。
 脚力スキルとかじゃなくて体作り的な意味で。
 だから、スキルを正しく使いこなすという意味でも体作りと体幹制御の方法を会得するのは重要そうだ。

 頭で思い描く動きに体がついてこないのはどうにももどかしい。
 そもそも前回脚を壊したのだって、無茶をしたのもあるが、身体が走り慣れていないというのが一番の理由だったろう。
 暫くはスキル以上に筋トレとかをメインにしたほうが良さそうだ。

 ……これ、ゲームだけど筋トレで体作りできるよな?
 筋肉痛みたいなのは感じるしSTRとかVIT的な方面で成長してくれるような気はするんだが……
 まぁ、何事もやってみないとなんとも言えんか。
 すぐに結果が出なさそうなのが厄介だが、スキルの練磨と一緒にやれば身体も動きに適した感じに馴染んでくれるはず!
 ……多分!

 腕立て伏せと腹筋は今朝から始めたが、足の方も鍛えよう。
 まずは、【踏み込み】から踏ん張らないようにしてどんな無様な風になってもいいから余分1歩で止まれることを目指そう。
 今は【踏み込み】の着地足からすべて駆使しても止まるのに4歩掛かっている。
 加減してやれば1歩目で勢いを殺しきれるが、ぶっちゃけただ走っているのに毛が生えた程度の突進力しか無い。
 これじゃ何の意味もないので、やはり全力の【踏み込み】で訓練する必要がある。

 何度か試すうちに、大げさに膝を曲げて勢いを殺しつつ重心操作と膝制御と足首制御をフル動員することで2歩で耐えることができた。
 しかし、しゃがみ込むような大げさな動きを入れてやっとのことだ。
 全身をクッションにしてようやく止まれる、というレベルなので当然実践では使えない。
 ただ、膝と足首をクッションにして勢いを殺す体勢になってみてふと気がついた。

「これ、超大げさなスクワットか」

 足裏でブレーキを掛けないように、全身を折り曲げることで勢いを殺す動きがまさにスクワットっぽい動きだった。
 同じ動きになるということはスクワットで鍛えれば踏ん張りが聞くようになるんじゃなかろうか?
 【踏み込み】から二歩目でスクワット、という動きをセットでやれば体作りとバランスの取り方が同時に鍛えられるか……?
 でも、スクワットって膝にきつそうだからなぁ。
 とは言え今のアイディアがかなり良さそうな感じがするんだよなぁ。
 無理して体壊すのは愚かな行為だが、この閃きもちょっと捨てられない。

「これも膝に違和感が出るようならやめればいいか」

 程度の差こそあれ、足を使った運動なんだから結局は自己管理の問題だろう。
 暫く試して様子見だな。

 只管黙々とラン&スクワットを繰り返す。
 一日や2日身体を鍛えた所で効果なんて出やしないが、今やろうとしているのはパワーアップよりも動きを体に覚え込ませることだ。
 昔から物を覚えると言うことがとにかく苦手だった俺は、身体に染み込ませることで頭で理解してなくても勝手に体が動くようにしていた。
 それは唯一得意だったゲームでも同じで、小難しい有利フレームだの判定の強弱なんてとても覚えきることが出来なかった為、負ける要因となった行動に対して只管トレ―ニングモードで状況再現を繰り返し『こういう状況になったらこう動く』というのは指に覚え込ませていた。
 そうすることで、ようやくその状況で振れる反撃を一つだけ覚える。
 ソレを負けるたびに繰り返していくうちに、全国優勝できる程度に知識と反射が身についた。
 なら、同じゲームであるここでも同じようにすることでなんとかなるんじゃなかろうか。

 伊福部……SADからはゲームのジャンルを勘違いしている的な事を言われたが、ジャンルが違おうが同じ対応でやれることはあると思うしな。
 実際ソレでライノスっていう格上のバケモンから生き延びれたわけだし。
 しかし、なんというかこの特訓、思っていたより膝よりも腰にクルな……

「ただいまー! あれ、キョウ?」

 おっと、訓練にのめり込みすぎたか。10分ほど頑張るつもりが30分近く経っていた。

「やっぱり帰ってきてた。おかえりー」
「おう、ただいま。ハティと出かけてたのか?」
「ウォン!」
「サリちゃんのおうちでハティも一緒に遊んでたの」
「そっかそっか」

 ちゃんと続けて遊ぶくらい仲良くなれてたのな。
 実はあの一日でおしまいとかだったらどうしようかと思ったけど無用の心配だったようだ。
 しかし、大人でも結構ビビると思うんだがハティも一緒に遊んでたのか。
 案外こういうのは子供のほうが順応性高いのかもしれないな。
 大人はなんだかんだで開き直るのに時間かかるし。

「三人でごしんじゅつ? の練習してたんだ~」
「ワフ」

 ごしんじ……護身術か。
 ああ、サリちゃんの親父さんはガーヴさんだからそういうのも日頃から教えてるのか。
 ……あれ? もしかしてサリちゃんって大人しいだけで実は結構強いとか……?
 いやいや、流石にソレは考えすぎか。

「あと、おじさんが明日はキョウも連れてきなさい、だって」
「俺も?」
「なんか色々話すことがあるんだって」
「ふぅん?」

 この大変なときにわざわざ俺に用事とは、一体なんだろう?
 明後日の行動についての打ち合わせか?
 ……まぁ、考えても答えなんぞ出ないし、明日本人に直接聞けばいいか。

「おし、キリもいいところだし飯にするか」
「はーい」
「ワフッ」

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