ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

六十五話 お約束Ⅱ

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「いやぁ、空腹は最高の調味料とか言うけど、アレってホントよねぇ。疲れた身体に塩味が染み渡るわ~」
「おいしいねー」
「ウォン」

 一瞬聞き流しそうになったが、どうしてチェリーさんが食い物の味がわかるんだ?
 ……と、尋ねてみた所

「フフフ、私の特殊な筐体には味覚を擬似的に感じる機能も備わっているのです。味蕾? をどうこうして刺激することで食べ物の味を擬似的に感じるとか何とか、チンプンカンプンで何を言ってるのかよく分からなかったから詳しい話を聞かれても答えられません!」
「最初の余裕ぶった『フフフ』は何だったんだっていう駄目な方に開き直ったな……」
「いや、ホント何言ってるのかさっぱりで……説明書みたいなのも貰ったけどタウンページもびっくりの分厚さで開く気にもなれなかった」

 ああ、分厚い説明書って、厚いってだけで開く気起きなくなるよなぁ。
 そこは心から同意できるわ。

「理屈は聞いてもわからないからどうでも良いのよ。大事なのはゲームの中で食事を楽しめるってこと! ……まぁ、ゲームの中でどれだけ食べてもお腹は満たされないから後で普通に食べないといけないんだけどね」
「むしろ、食べた気になって満たされて、飯を取り忘れて栄養失調とかシャレにならないから気をつけてくれよ?」
「判ってるって。空腹を忘れられてもトイレは我慢できないし、ゲームにのめり込み過ぎてぶっ倒れることはないんじゃないかな」

 まぁ……流石にトイレは我慢出来ないか。
 特に女性は。

「そんなことよりご飯よ! やっぱり味があるのは良いわね!」
「ずいぶんハイテンションだけど、チェリーさんは食べるのが好き系の人?」
「イエス! 美味しそうなお店を見つけては突撃するのがライフワークね」

 ああ、あれか。
 SNSとかで食い物の写真をやたら貼りまくる系の人だな。
 俺は三日坊主で飽きちまって、知人に用事がある時のメール代わりにしか使ってなかったけど。

「わたしも食べるの好き~」
「ウォン!」
「おお、こんな所に同士が!」

 君たちよく食べるもんね。
 育ち盛りってこんなに食うもんなんだなぁとちょっと驚かされた。
 俺もガキの頃はこんなに食ってたんだっけか?
 ハティは育ち盛りかどうか知らんが、そもそも身体デカイからなぁ。
 一緒に飯食ってるけど、足りない分は自力で狩りしてるみたいだしまぁ良いか。

「そう聞いてくるってことはキョウさんは違う系の人? 食事はお嫌い?」
「いや、美味いもの食べるのは俺も好きだけど、日々の食事に関しては好きも嫌いも特に考えたことなかったかなぁ」

 正直に表現するとしたら必要だから食ってた、って表現に限ると思う。
 昼になったから食う。
 夜になったから食う。
 或いは、腹が減ったから食う。
 そんなものだ。

「あれが食べたい、とかあの店に行きたいとか特に思ったことはなかったし、飯なんてスーパーで1kg160円のパスタ、飽きたらもやしと野菜炒め、稀にカレーのローテーションで、外食なんて牛丼屋があればそれで良い。その程度の認識だったかなぁ」

 ゲーマー全盛期の頃は熱中して飯を抜くのなんて当たり前だったし、食費削ってその分をゲーセンにつぎ込んでいた時期もあった。
 俺にとって飯はその程度の価値だったなぁ。
 生きるために食うだけで、他に特に理由的なものがない。

「ええー、ソレは勿体無いよ」
「勿体無い?」
「食事ってさ、我慢はできてもいつかは取らないといけないでしょ? 死んじゃうし」
「そりゃまぁ、そうだね」

 あれ、俺の場合空腹になってもリアルボディは点滴とかで管理されてるから餓死することはないのか?
 っていやいや、たとえ餓死しなかったとしても飢えて動けなくなるとかはゴメンだぞ。

「生きてる限り食事を取るという時間は避けては通れないんだから、その時間をイヤイヤ過ごすより楽しく過ごしたほうが充実するでしょ? 誰もが共通して過ごす時間なんだから、有意義に過ごした分だけお得だよ!」
「いや、別にイヤイヤ食ってるわけじゃないんだけど……でもまぁ、言ってることは理解できるかな」

 どうせ消費することを避けられない時間なら、楽しく過ごしたほうがお得……か。
 
「ご飯は楽しく食べると美味しくなるってサリちゃんが言ってたよ」
「その通り! エリスちゃんはよく判ってるなぁ~」

 それなら、祭前にチェリーさんが合流したのはある意味ちょうど良かったかもしれないな。

「うーむ、祭りで街に行った時に塩以外の調味料の類が手に入らないか探してみるつもりだったけど、そこまで言うならもうちょっと本腰入れて料理用の買い物してみるか? それだけ食事好きなチェリーさんも料理当番のローテーションに入れば色々飯のバリエーションに期待できそうだし」
「えっ?」
「……えっ?」

 何その反応。
 コレはあれですか? お約束というやつ? イヤイヤそんなまさか。

「えっとですね、私ってほらお芝居のお稽古だったりジムに通ったりで食い専っていうか……外食メインでしてね?」
「ほう、続けて?」
「はい、その、美味しいものを出す店を探して食べるのは大好きなんですけど、料理の方はそれ程ではなくてですね……いえ、全く出来ないわけじゃないんです……よ?」
「ほほう、ずいぶんと暗雲が立ち込めてきた気がしますが、参考までにどんな料理ができるのですかな?」
「か、カレー」 

 単品で来よった。
 
「ほ、ほう? 他には?」
「カップ麺?」
「ソレは料理とは言えないでしょ……」

 カレーとか小学生でも作れるでしょうに。
 肉じゃがとか言わないから、せめてチャーハンや野菜炒めくらいのバリエーションは欲しかった。
 義務教育過程で家庭科の授業やキャンプなんかでカレーの作り方なんて習う訳だし「カレーしか作れない」は「料理出来ない」と同義だと思うんだ。

「じゃ、じゃあキョウさんはなにか作れるの!?」
「今、あなたが食べてるものを作ったのは誰だと思ってるんですかね?」
「うっ!?」
「エリスも『干し肉と山菜のスープ』作れるよ~」
「うぐぅっ!?」

 エリスが無邪気な笑顔でナチュラルに煽りを入れてるが、干し肉と山菜のスープってのは要するに今食べてるスープの肉が干し肉か焼いた肉かの違いしか無い。
 水に肉と干した山菜と塩を入れて煮込むだけのお手軽な一品である。
 ルーとか加えない分カレーよりも安易な料理なんだが、追い詰められたチェリーさんはどうやら気がついていないようだ。

「で、でもご飯が好きなのは本当だし! 私だって料理頑張るもん!」
「お、おう。そうか」

 まぁ、俺が料理してる時横でずっと俺の手元見てたし、料理に興味があるのは本当なんだろう。
 やる気はあるみたいだし、物覚えは良いから教えればいずれ料理当番としての戦力に期待はできるか……。

「まぁ、簡単な料理くらいなら材料さえあれば教えてやれるから、まぁ頑張れ?」
「がんばるよ!」
「私もお料理覚える~」
「ワン!」

 エリスもつられて料理に興味を持ったか。
 いやまぁ、この子は最初から色々興味持つし、既に俺と後退で料理やってるんだけどな。

「フフフ……強力なライバル出現ね! どっちが美味しい料理たくさん作れるか勝負よ!」
「勝負だー!」

 にしても、ノリがいいと言うか子供の扱いなれてる感じがするな。
 エリスが楽しそうだから俺としては大助かりなんだが。
 イベントの時とも雰囲気が違うし、これがこの人の素なのか?

「料理にやる気を出すのは良いことだけど、早く食べてくれよ? 片付けできん」
「おっとと、ごめんね。この後はなにか予定あるの?」

 予定……?
 そんなもの何かあったっけか?

「予定という程のものはないかな? 日課の鍛錬やったあと川で汚れ落として寝るだけ」
「ありゃま、ゲーマーにしては意外と早寝?」
「知り合いの所で早朝鍛錬みてもらってるから早起きする必要あんの」
「ふぅ~ん?」

 帰ってくるなりエリスからガーヴさんからの「明日の朝稽古で少し揉んでやるから顔を出せ」という伝言を伝えられたのだ。
 暫く村を離れてたから、鈍ってないかのチェックだなコレは。
 向こう側でも日課の鍛錬は欠かさなかったが、アバターの感覚がそもそも違ったからあまり当てにはならんかもしれないんだよな。

「ねぇねぇ、私も鍛錬っていうの参加しても良い?」
「良いけど、ステータスが上がるわけじゃないよ? 一部の基礎スキルは上がるけど、どっちかと言うと身体に動きを染み込ませる系の泥臭いやつなんだけど」

 地味な反復練習……というか、身体に型を覚え込ませる様な作業に近い。
 無意識に身体が動くような刷り込みだ。
 脊椎反射の対応は、しっかりと動きを見るタイプの相手には読まれやすいから最適とは言い難いが、少なくとも反応できないよりは選択肢が増える分遥かに良い。
 対応してくるような凄腕相手には、まずは脊椎反射的な行動が出来るようになってから此方も対応策を探ったほうが良いだろうからな。

「良いの良いの。芝居やダンスの稽古だってそういうものだし、もしかしたらキョウさんの強さの秘訣がそこにあるかもしれないじゃない?」
「まぁエリスも一緒にやるような簡単なものなんだけど……それでも構わないっていうんなら食い終わった後に食後の腹ごなしに少しやるから落ちないで待ってて」
「おー!」 

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