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二章
八十一話 懸念
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ぶっちゃけた話、一波乱あるんじゃないかと思っていた王城でのハティのお披露目だったが、結論から言ってしまうと何事もなく終わった。
というのも、不平不満をぶちまけると思われた貴族の一派が出席しなかったからだ。
これについては想定されていたのだが、こうもすんなりと進むとそれはそれで呆気ないというか、色々と事前にビビっていたのが馬鹿みたいな感じだが、まぁ何かが起きてほしかった訳でもないし、楽ができたと納得しておくべきだろう。
結局、王を信じる者達だけが集まった結果、ハティがいかに危険だったとしても、王が認めるのならば構わないという凄まじい投げっぱなしな納得の仕方がされていた。
しかも全会一致でだ。
これはこれでどうなんだとも思ったが、王がそれだけ信頼されているという事であれば、外様の俺がどうこう言うべきことでもないだろう。
そもそも、獣人の多いこの国では月狼自体が力と協調の象徴として信仰の対象になっているらしい。
狼系の獣人の一部は遠い先祖が月狼だと信じられてもいるそうだ。
その月狼の中でも王種と呼ばれる群れの王となる個体であるハティは獣人系の側近にとってはほとんど神様みたいに見えるらしく、安全の証明のために王様自らハティと並んで見せた時など、一部の獣人が感極まって涙流していたりしていた。
そんな訳で、思いのほかスムーズに顔見せは完了したのだが、問題はその後だった。
獣人の関係者が会議終了と同時に一気に詰め寄ってきたからだ。
ただの月狼が土地神として認められているというのなら、その王種のハティに対する印象がどうなるかなど少し考えれば誰でも解るというものだろう。
そんな神さまのハティの頭にエリスのっけたままで大丈夫なのかと一瞬焦ったが、月狼は本来群れの仲間であったとしても触れられる事を嫌がるらしく、それが背に……というか頭に乗せることを許しているという事でエリス自体もハティが庇護している巫女か何かとして見られているようだった。
チェリーさんも同様のようで、特に攻撃的な目を向けられるようなことはなかった。
ただ、俺の場合話が少し変わっていて、ハティが俺に対して服従行動をとって見せたせいで、神を従えたとか神に認められたとかなんとか、何か凄い事を言われる羽目になった。
すごい勢いで周りの獣人系の人から色々と捲し立てられたが、悪意的な物は何も感じなかったし愛想笑いでとりあえず頷いてやり過ごした。
結局解放されたのはそこから2時間も経ってからだ。
実は会議自体の時間よりも長かった。
「あぁ~……戦い以外ではこんな疲れたのは久しぶりだな……」
愛想笑いが抜けず、ひきつった顔の俺は部屋に戻るなり布団に突っ込んだ。
正直疲れすぎて、これから祭りというほど元気が残ってないのだ。
それは俺だけではないらしく、チェリーさんもエリスも俺同様布団に倒れこむと、ほぼノータイムで寝息を立てていた。
ファンとのイベントでの交流とかで人の波には慣れてるであろうチェリーさんがこの様なのだから、素人の俺やエリスが疲れて泥のように眠ったとしても、だれも文句は言わないだろう……
「けど、そうも言ってられねぇよなぁ……」
本気でクッソ眠い。
だが、寝落ちる前にやっておくべき事がいくつかある。
「よっこい……せっ!」
上半身を起こしただけなのにやたら重労働に感じる。
ああクソ、このままもう一度布団に倒れこみてぇ……
こんな眠くて頭回ってない状態でやるくらいなら、一度しっかり寝て起きてからやったほうが効率良いんじゃねぇのか?
……な~んて。
ああ、ダメだ。
躊躇すると無限に言い訳並べて布団に飛び込みたくなる。
さっさと起き上がろう。
「さて……」
ちょっとした確認的なことでも自分で声を出さなきゃあっという間に落ちそうだ。
よし、やるか。
まずは……
「ハティ、この荷物、体に巻き付けて動きは邪魔にならないか?」
「わふ」
問題なと首を横に振るのを確認して、俺のカバンと全員の貴重品をまとめたカバン紐に括り付け、外れないようにハティの体に巻き付ける。
祭りを楽しむために持ち歩くカバンと貴重品を分けておいたのだ。
これで明日以降は荷物の心配もなく大分身軽に動ける。
「それと……」
副団長の人から貰った簡易の結界仕掛けを仕掛けていく。
部屋の入り口と親子風呂側の窓が開くと鳴子が鳴るという原始的な奴だが、その分素人の俺でも簡単に設置出来て、それなりに効果が期待できると渡されたものだ。
なんで自分の宿にこんなものを仕掛けているのかといえば、それは錬鉄の副団長の人が伝えてきた情報のせいだ。
「この国の貴族共が緋爪の連中を雇い入れて何やらよからぬことを画策しているようですよ」
という副団長の人が何気ない口調で王様に知らせたのだ。
緋爪というのは緋爪傭兵団という、かなり有名な傭兵組織なんだという。
なんでも規模で言えば大陸でも5本の指に入る傭兵団で、錬鉄傭兵団ほどでは無いがかなりの戦果を挙げているらしい。
ちなみに錬鉄傭兵団は少々特殊で、大陸最強とも呼ばれているが規模自体は中堅程度なんだそうだ。
量より質よりなにより戦意という方針だそうで、金よりも戦いを求めるバトルジャンキーの巣窟で、入団の条件もそこら辺が絡むせいで規模がなかなか大きくならないんだそうだ。
それでも団員全員もれなくバトルジャンキーでしかも質も揃っているとか空恐ろしすぎる。
……いや、錬鉄はこの際置いておいて緋爪だな。
本来であれば、貴族間のゴタゴタになど首を突っ込むタイプの団ではないそうなのだが、どうやら貴族連中、なりふり構わずとんでもない金額で緋爪を雇い入れたらしい。
問題は、今の領地や権勢を削がれた貴族連中にそれだけの支払能力はなかった筈だという事だ。
ぶっちゃけてしまうと外患誘致の疑いがあるということだ。
王様もどうやらそれを行いそうな国の目星がついているようだし、最悪この流れから内乱を通り越して戦争に発展しかねない。
……とか思ったのだが、実際はそうでもないらしい。
その国はやると決めたら隠れてコソコソせずに面と向かって罵声を浴びせてくるという、そんな相手らしい。
ここ数年で指導者が変わり、この世界で最も権威をもつ4つの大国の一つでありながら、その排他的で急速な方針転換から、それまでは長く朋友として良好な関係を築いてきた他の3国を、わずか数年の内にすべて敵に回している状況らしい。
なんでも単一民族至上主義の宗教国家化しているとか、それだけでもうヤバい匂いがプンプンするんだが。
まぁ、戦争とかまで大ごとになると俺達に口を挟めるようなものでもないし、ヤバそうなところを心にとめる程度に覚えておこうと、そんな感じで他人事な感じで聞き流していた。
いや、マジで半分くらい何言ってるのか意味わからなかったから、まともに聞くのを諦めたというのが正直な所なのだ。
じゃあ、なんでそんな話を退出もせずに聞いていたのかといえば、バックについている国は兎も角、表立って動いている間抜けな貴族達が、ほぼ間違いなくハティを……というかハティの飼い主である俺達を狙ってくると言われたからだ。
世で知られている野獣の中でも、亜竜と共に魔獣に片足突っ込んでいる強力なモノとして月狼はかなり有名らしい。
ほかの国ではどうか知らないが、この国の北部にある山脈に住み着いているという事でかなり知名度が高いのだそうだ。
その危険性や、集団でそれぞれ役割を持って狩りを行う知能、何よりその強さからこの国では知らぬ者はいないらしい。
そしてその超有名な月狼の中でも群れの王となる王種を、どこの馬の骨とも知れぬガキが手懐けている、と。
どうして、ガキがそんな強力なヤツを従えているのかとか、仲間意識の非常に強い月狼が飼い主を襲われた時、どう動くのかとかろくに考えもせずに襲ってくるだろうという王様の言葉に、さすがにそこまで阿保ではないだろうと錬鉄の二人に視線を向けたら、真顔で首肯された。
そんな馬鹿なと思ったが、あの門兵やってた貴族は確かにバカだった。
王様曰く、有能で頭の回る貴族共は大抵反逆に参加し蹴散らされたか、国外逃亡を図ったのだそうだ。
つまり、今国に残っている貴族の大半が、権威ある家を持ちながらそれをまるで利用出来ないただの無能だという事だ。
俺が貴族といわれて最初に思い浮かんだ、陰湿で知恵が回るというイメージの者はもう、この国にはほとんど残っていないのだそうだ。
という事は、追放前はそういう貴族がいたという訳で、今まで出会った貴族のようなただの駄目人間しかいないのかと思ってたから何か逆に、自分の想像するような貴族然とした貴族……つまり権謀術数に明け暮れるファンタジーでのおなじみのという言い方も何だが、そういう貴族がちゃんと居たことに、こう言うと変だが少し安心した。
まぁ、それは良いとして、問題はハティが狙われているという事だ。
……ハティといえばあの副団長の人、気になることを言ってたな。
「これは本当に月狼なのか? 確かに特徴は月狼を表している……と思うのだが――」
「違うんですか? こいつを見た人はみんな月狼だと口を揃えて言うんですけど?」
「ああ。月狼の特徴を間違いなく満たしている。だが、俺にはこいつがもっと別の……というか、そもそも本当に狼なのかも怪しいと、そう感じる所があってな」
「それは流石に穿った物の見方が過ぎるというものではないか副団長殿? そこのアルヴァスト王も月狼だと確信しているようだが」
「ふむ……確かに余は一目見て此れが月狼だと理解したが、改めてそう言われてみると、確かにそうではない可能性を全く考えなかったな……何故だ?」
いや、何故といわれても。
というか狼なのかも怪しいと言われても、俺の知ってる生き物なかで一番見た目が近いのは狼なんだが……
確かにちょっと耳が長かったり、ちょっとたてがみがフサフサしてる気がするが、俺の知ってるファンタジー系モンスターって大体これっくらいの特徴いじりは日常茶飯事だからなぁ。
ゲームやり慣れてて、こういうのに見慣れてるから解らないだけで、この世界においては結構な問題なんだろうか?
でもなぁ……王様の様子を見るに、指摘されてはじめて気づいたって感じなんだよなぁ。
それって言われなきゃ気付かないくらい些細な違和感って事だろう?
「何せ月狼はめったに人前に姿を現さない事で有名でな、俺は本物の月狼を見た事が一度もないのだよ。俺は直接自分の目で見たものしか信用しない質なのでね」
とか言われたのが妙に気にかかる。
なにせ、その言葉は俺の考えとほぼ変わらなかったからだ。
俺もハティ以外の月狼の姿を見た事ないし、知ってる奴らは口を揃えてハティを見て月狼だって言うからそういうもんだと思ってたが、あの人には何か違うものに見えたんだろうか?
普通に考えて、一人を除いてほかの全員が月狼だと言うのなら、つまりそれは月狼で正しいというのが当たり前の考え方だと思うんだが……
であれば、何故今わざわざそんな事を俺に確認を取るような真似をした?
遠回しな比喩的な言葉で俺に何かを伝えようとした……?
……わからん。
なら、そう……例えばハティが月狼でなかったら、それで何か変わるだろうか?
そう考えてみれば答えは明白だ。
月狼でなかったら何なのだ、正体が狼のように見えて実はウサギや猫だったとしてもハティがハティである事には何の違いもない。
つまり、何も変わらない。
副団長の人の言葉は確かに気になるんだが、知ったところで……というかあの指摘があっていようが間違っていようが俺の対応は変わらない、飼い主よりもはるかに強い我が家の番犬なのだ。
人を率いる立場として、疑問や危険を放置できないあの人の考え方はとても理解できるが、もはや俺にとっては家族みたいなものだからな。
既に二度も命を救われているし、今更ハティが何かなんて疑う理由は無いな。
そこまで考えて、やっと自分が意味の無い事を考え続けていたことを自覚する
そもそもの話、ここで色々準備している時点で、ハティを切り捨てるつもりなんて微塵もないのだから。
ここまで考えないと自分で出した結論にすら自分で納得しきれないというのは間違いなく俺の欠点の一つだな。
もはや自覚していても、自分でもどうにもできない類の欠陥だ。
だが、我ながら面倒くさいこの思考法で結論付けることができた以上、これで自分の中の答えははっきりと固定できた。
となれば、後はこの地味な準備をコソコソと進めていけばいいだけだ。
というのも、不平不満をぶちまけると思われた貴族の一派が出席しなかったからだ。
これについては想定されていたのだが、こうもすんなりと進むとそれはそれで呆気ないというか、色々と事前にビビっていたのが馬鹿みたいな感じだが、まぁ何かが起きてほしかった訳でもないし、楽ができたと納得しておくべきだろう。
結局、王を信じる者達だけが集まった結果、ハティがいかに危険だったとしても、王が認めるのならば構わないという凄まじい投げっぱなしな納得の仕方がされていた。
しかも全会一致でだ。
これはこれでどうなんだとも思ったが、王がそれだけ信頼されているという事であれば、外様の俺がどうこう言うべきことでもないだろう。
そもそも、獣人の多いこの国では月狼自体が力と協調の象徴として信仰の対象になっているらしい。
狼系の獣人の一部は遠い先祖が月狼だと信じられてもいるそうだ。
その月狼の中でも王種と呼ばれる群れの王となる個体であるハティは獣人系の側近にとってはほとんど神様みたいに見えるらしく、安全の証明のために王様自らハティと並んで見せた時など、一部の獣人が感極まって涙流していたりしていた。
そんな訳で、思いのほかスムーズに顔見せは完了したのだが、問題はその後だった。
獣人の関係者が会議終了と同時に一気に詰め寄ってきたからだ。
ただの月狼が土地神として認められているというのなら、その王種のハティに対する印象がどうなるかなど少し考えれば誰でも解るというものだろう。
そんな神さまのハティの頭にエリスのっけたままで大丈夫なのかと一瞬焦ったが、月狼は本来群れの仲間であったとしても触れられる事を嫌がるらしく、それが背に……というか頭に乗せることを許しているという事でエリス自体もハティが庇護している巫女か何かとして見られているようだった。
チェリーさんも同様のようで、特に攻撃的な目を向けられるようなことはなかった。
ただ、俺の場合話が少し変わっていて、ハティが俺に対して服従行動をとって見せたせいで、神を従えたとか神に認められたとかなんとか、何か凄い事を言われる羽目になった。
すごい勢いで周りの獣人系の人から色々と捲し立てられたが、悪意的な物は何も感じなかったし愛想笑いでとりあえず頷いてやり過ごした。
結局解放されたのはそこから2時間も経ってからだ。
実は会議自体の時間よりも長かった。
「あぁ~……戦い以外ではこんな疲れたのは久しぶりだな……」
愛想笑いが抜けず、ひきつった顔の俺は部屋に戻るなり布団に突っ込んだ。
正直疲れすぎて、これから祭りというほど元気が残ってないのだ。
それは俺だけではないらしく、チェリーさんもエリスも俺同様布団に倒れこむと、ほぼノータイムで寝息を立てていた。
ファンとのイベントでの交流とかで人の波には慣れてるであろうチェリーさんがこの様なのだから、素人の俺やエリスが疲れて泥のように眠ったとしても、だれも文句は言わないだろう……
「けど、そうも言ってられねぇよなぁ……」
本気でクッソ眠い。
だが、寝落ちる前にやっておくべき事がいくつかある。
「よっこい……せっ!」
上半身を起こしただけなのにやたら重労働に感じる。
ああクソ、このままもう一度布団に倒れこみてぇ……
こんな眠くて頭回ってない状態でやるくらいなら、一度しっかり寝て起きてからやったほうが効率良いんじゃねぇのか?
……な~んて。
ああ、ダメだ。
躊躇すると無限に言い訳並べて布団に飛び込みたくなる。
さっさと起き上がろう。
「さて……」
ちょっとした確認的なことでも自分で声を出さなきゃあっという間に落ちそうだ。
よし、やるか。
まずは……
「ハティ、この荷物、体に巻き付けて動きは邪魔にならないか?」
「わふ」
問題なと首を横に振るのを確認して、俺のカバンと全員の貴重品をまとめたカバン紐に括り付け、外れないようにハティの体に巻き付ける。
祭りを楽しむために持ち歩くカバンと貴重品を分けておいたのだ。
これで明日以降は荷物の心配もなく大分身軽に動ける。
「それと……」
副団長の人から貰った簡易の結界仕掛けを仕掛けていく。
部屋の入り口と親子風呂側の窓が開くと鳴子が鳴るという原始的な奴だが、その分素人の俺でも簡単に設置出来て、それなりに効果が期待できると渡されたものだ。
なんで自分の宿にこんなものを仕掛けているのかといえば、それは錬鉄の副団長の人が伝えてきた情報のせいだ。
「この国の貴族共が緋爪の連中を雇い入れて何やらよからぬことを画策しているようですよ」
という副団長の人が何気ない口調で王様に知らせたのだ。
緋爪というのは緋爪傭兵団という、かなり有名な傭兵組織なんだという。
なんでも規模で言えば大陸でも5本の指に入る傭兵団で、錬鉄傭兵団ほどでは無いがかなりの戦果を挙げているらしい。
ちなみに錬鉄傭兵団は少々特殊で、大陸最強とも呼ばれているが規模自体は中堅程度なんだそうだ。
量より質よりなにより戦意という方針だそうで、金よりも戦いを求めるバトルジャンキーの巣窟で、入団の条件もそこら辺が絡むせいで規模がなかなか大きくならないんだそうだ。
それでも団員全員もれなくバトルジャンキーでしかも質も揃っているとか空恐ろしすぎる。
……いや、錬鉄はこの際置いておいて緋爪だな。
本来であれば、貴族間のゴタゴタになど首を突っ込むタイプの団ではないそうなのだが、どうやら貴族連中、なりふり構わずとんでもない金額で緋爪を雇い入れたらしい。
問題は、今の領地や権勢を削がれた貴族連中にそれだけの支払能力はなかった筈だという事だ。
ぶっちゃけてしまうと外患誘致の疑いがあるということだ。
王様もどうやらそれを行いそうな国の目星がついているようだし、最悪この流れから内乱を通り越して戦争に発展しかねない。
……とか思ったのだが、実際はそうでもないらしい。
その国はやると決めたら隠れてコソコソせずに面と向かって罵声を浴びせてくるという、そんな相手らしい。
ここ数年で指導者が変わり、この世界で最も権威をもつ4つの大国の一つでありながら、その排他的で急速な方針転換から、それまでは長く朋友として良好な関係を築いてきた他の3国を、わずか数年の内にすべて敵に回している状況らしい。
なんでも単一民族至上主義の宗教国家化しているとか、それだけでもうヤバい匂いがプンプンするんだが。
まぁ、戦争とかまで大ごとになると俺達に口を挟めるようなものでもないし、ヤバそうなところを心にとめる程度に覚えておこうと、そんな感じで他人事な感じで聞き流していた。
いや、マジで半分くらい何言ってるのか意味わからなかったから、まともに聞くのを諦めたというのが正直な所なのだ。
じゃあ、なんでそんな話を退出もせずに聞いていたのかといえば、バックについている国は兎も角、表立って動いている間抜けな貴族達が、ほぼ間違いなくハティを……というかハティの飼い主である俺達を狙ってくると言われたからだ。
世で知られている野獣の中でも、亜竜と共に魔獣に片足突っ込んでいる強力なモノとして月狼はかなり有名らしい。
ほかの国ではどうか知らないが、この国の北部にある山脈に住み着いているという事でかなり知名度が高いのだそうだ。
その危険性や、集団でそれぞれ役割を持って狩りを行う知能、何よりその強さからこの国では知らぬ者はいないらしい。
そしてその超有名な月狼の中でも群れの王となる王種を、どこの馬の骨とも知れぬガキが手懐けている、と。
どうして、ガキがそんな強力なヤツを従えているのかとか、仲間意識の非常に強い月狼が飼い主を襲われた時、どう動くのかとかろくに考えもせずに襲ってくるだろうという王様の言葉に、さすがにそこまで阿保ではないだろうと錬鉄の二人に視線を向けたら、真顔で首肯された。
そんな馬鹿なと思ったが、あの門兵やってた貴族は確かにバカだった。
王様曰く、有能で頭の回る貴族共は大抵反逆に参加し蹴散らされたか、国外逃亡を図ったのだそうだ。
つまり、今国に残っている貴族の大半が、権威ある家を持ちながらそれをまるで利用出来ないただの無能だという事だ。
俺が貴族といわれて最初に思い浮かんだ、陰湿で知恵が回るというイメージの者はもう、この国にはほとんど残っていないのだそうだ。
という事は、追放前はそういう貴族がいたという訳で、今まで出会った貴族のようなただの駄目人間しかいないのかと思ってたから何か逆に、自分の想像するような貴族然とした貴族……つまり権謀術数に明け暮れるファンタジーでのおなじみのという言い方も何だが、そういう貴族がちゃんと居たことに、こう言うと変だが少し安心した。
まぁ、それは良いとして、問題はハティが狙われているという事だ。
……ハティといえばあの副団長の人、気になることを言ってたな。
「これは本当に月狼なのか? 確かに特徴は月狼を表している……と思うのだが――」
「違うんですか? こいつを見た人はみんな月狼だと口を揃えて言うんですけど?」
「ああ。月狼の特徴を間違いなく満たしている。だが、俺にはこいつがもっと別の……というか、そもそも本当に狼なのかも怪しいと、そう感じる所があってな」
「それは流石に穿った物の見方が過ぎるというものではないか副団長殿? そこのアルヴァスト王も月狼だと確信しているようだが」
「ふむ……確かに余は一目見て此れが月狼だと理解したが、改めてそう言われてみると、確かにそうではない可能性を全く考えなかったな……何故だ?」
いや、何故といわれても。
というか狼なのかも怪しいと言われても、俺の知ってる生き物なかで一番見た目が近いのは狼なんだが……
確かにちょっと耳が長かったり、ちょっとたてがみがフサフサしてる気がするが、俺の知ってるファンタジー系モンスターって大体これっくらいの特徴いじりは日常茶飯事だからなぁ。
ゲームやり慣れてて、こういうのに見慣れてるから解らないだけで、この世界においては結構な問題なんだろうか?
でもなぁ……王様の様子を見るに、指摘されてはじめて気づいたって感じなんだよなぁ。
それって言われなきゃ気付かないくらい些細な違和感って事だろう?
「何せ月狼はめったに人前に姿を現さない事で有名でな、俺は本物の月狼を見た事が一度もないのだよ。俺は直接自分の目で見たものしか信用しない質なのでね」
とか言われたのが妙に気にかかる。
なにせ、その言葉は俺の考えとほぼ変わらなかったからだ。
俺もハティ以外の月狼の姿を見た事ないし、知ってる奴らは口を揃えてハティを見て月狼だって言うからそういうもんだと思ってたが、あの人には何か違うものに見えたんだろうか?
普通に考えて、一人を除いてほかの全員が月狼だと言うのなら、つまりそれは月狼で正しいというのが当たり前の考え方だと思うんだが……
であれば、何故今わざわざそんな事を俺に確認を取るような真似をした?
遠回しな比喩的な言葉で俺に何かを伝えようとした……?
……わからん。
なら、そう……例えばハティが月狼でなかったら、それで何か変わるだろうか?
そう考えてみれば答えは明白だ。
月狼でなかったら何なのだ、正体が狼のように見えて実はウサギや猫だったとしてもハティがハティである事には何の違いもない。
つまり、何も変わらない。
副団長の人の言葉は確かに気になるんだが、知ったところで……というかあの指摘があっていようが間違っていようが俺の対応は変わらない、飼い主よりもはるかに強い我が家の番犬なのだ。
人を率いる立場として、疑問や危険を放置できないあの人の考え方はとても理解できるが、もはや俺にとっては家族みたいなものだからな。
既に二度も命を救われているし、今更ハティが何かなんて疑う理由は無いな。
そこまで考えて、やっと自分が意味の無い事を考え続けていたことを自覚する
そもそもの話、ここで色々準備している時点で、ハティを切り捨てるつもりなんて微塵もないのだから。
ここまで考えないと自分で出した結論にすら自分で納得しきれないというのは間違いなく俺の欠点の一つだな。
もはや自覚していても、自分でもどうにもできない類の欠陥だ。
だが、我ながら面倒くさいこの思考法で結論付けることができた以上、これで自分の中の答えははっきりと固定できた。
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