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二章

百六話 外の話Ⅱ

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「これが開発最初期の想定していたスペック……」

 私が今ログインしているのは普段のチェリーブロッサムではなかった。
 研究用の特殊アカウントでログインしているので別のアバターを使っているのだ。
 田辺さんに連れてこられたのは開発スタッフの働く仕事場だった。
 バトルコンテンツの制作現場ということで、スタッフの人達も私のことを知っているようだった。
 何か、開発責任者みたいな人と田辺さんが少し揉めていたが、開発でのトラブルだろうか。
 すぐに話はついたのか、その人は奥に引っ込んでしまった。
 田辺さんからはこちらの問題なので気にすることはないとのこと。
 スタッフの人達へ挨拶を済ませた私は、開発用の筐体に座らされ、そして今に至る。

「結城さん、先ほど説明したとおり、それは立浪さんがログインして数日後に遭遇したシチュエーションの再現です。もしかしたら他のスタッフから聞いたことがあるかも知れませんが、バトル開発スタッフが彼を初めて意識した戦闘である、レベル1でのライノス狩りの状況再現です」

 その話はたしかに知っている。
 イベントの時にSADさんから聞いたことがあった。

「そのアバター情報はチェリーブロッサムではなく、当時ライノスと直接戦った際のキョウのパラメータを引き継いでいるため、いつもの感覚で動くと感覚にずれが生じるかもしれません。注意してください」
「大丈夫です、クセは大体掴みました」

 5分程度の慣らしプレイだったが、ステータスが低いので調べる項目も以外なほど少なかった。
 まぁ開始数日って話だし、レベル上げも特にしていなかったという話だからこんなものだろう。
 この、思ったように体が動かないもどかしさを少し懐かしく感じるほどだ。

「結城さんに見せたいことは2つ。そのうちの一つがこの再現です。彼がどれだけ無茶な事を成したのか、おそらく言葉だけでは伝わらないと思うので、実際に体験していただこうと考えました」

 なるほど、確かに百聞は一見にしかずというが、体験出来るならそれ以上に理解できるでしょうよ。

「それで、もう一つは何なんですか?」
「それはこの戦闘が終了した時にお伝えします。この戦闘にも関係のあることですので、まずはこの戦闘に集中してプレイしてみてください」

 もう一つのほうが本命で、こっちは事前準備的な物だってことかしら?
 なら、一丁スタッフが驚愕したっていうライノス狩り、体験させてもらおうじゃないの。

「状況は、村人との共闘が出来なくなり、彼がライノスと一対一で戦う事になったところから、ハティが乱入するところまでです。現状7割あるHPを4割まで削ることができれば再現完了となります。宜しいですか?」
「はい」
「では、開始します」


    ◇◇◇


 意気揚々と、ライノス戦に乗り込んだ私は

「ぜぇ……ぜぇ……ゲホッ、む、無理……」

 リスボーン地点でひっくり返っていた。
 ちなみに二度目だ。
 一戦目、回避の目算を見誤り、開始一分と経たずにあまりにあっけなく倒されてしまったので、泣きの一回をお願いしてのリベンジ。
 リザルトと言えば……

「残りHPは65%以上残ってますけど、5分11秒も生き残るとは、さすがガチ勢。うちのスタッフでここまで生き延びたのは一人だけですよ」
「というか一人は私より生き延びたんですね……」

 正直、こっちとしては一発クリアは出来ないまでも、いい線まで行くと思って居たんですけど。
 まさか五分間逃げ延びるのがやっととか……
 おそらく、一般ゲームでなら10分でも20分でも避け続けるだけなら出来る……と思う。
 だが、このゲーム、全身の筋肉が発する電気信号を読み取ってアバターが動くというシステムの関係上、ゲームの中で走れば、生身の方も走ったのと同じ様な状況になる。
 要するに、とても疲れる。
 攻撃を加えようとする度に、風圧だけで首が傾きそうになる突進と至近距離ですれ違わなきゃいけないし、それに合わせて相手の角や足に巻き込まれないよう大きく避けなきゃいけないのだから、そりゃすぐに体力も尽きるって話。
 たった一発掠っただけでふっ飛ばされて右手と右足がBRAKE……要するに骨折して、後は轢き殺されるようなほぼ即死攻撃を見舞ってくるダンプカーのような怪物を相手にショートソードで一撃離脱とか常に極限の集中力を要求されるし、頭も身体も消耗が半端ない。
 何が正気じゃないって、そんな無理ゲーを実行するキョウくんの頭がおかしい。
 普通装備とかレベルとかもっと上げてから挑むもんでしょこれ。
 何でレベル1でこんなのと戦う気になったのか知らないけど、色々間違ってるでしょ。

「これホントにキョウくん一人で30%も削ったんですか?」
「まぁ実際には結城さんも気付いていると思いますが、村人二人からの攻撃でもダメージは入っていますから厳密には一人で削りきった訳ではないです。ただ、ターゲットは固定されているので、援護攻撃付きの一対一といった感じですね。ちなみにハティが乱入するまでの時間はおよそ15分程でした」
「嘘でしょ……」

 あんなのを相手に15分も戦い続けるとか、体力どうなってるのよ。
 私だって毎週ジムでそれなりにトレーニングしてるから一般男性よりも体力は高いはずなんですけど。
 っていうか、私リベンジしてなお5分で5%しか削れてないんですけど。

「初見プレイで15分で30%削るとか、3倍生き延びて2倍のDPS差って事? どんだけプレイヤースキルに開きがあるのよ、私とキョウくん」
「やっぱりそう思いますよね。我々もそうでしたから。バトルチームも再現は無理だと匙を投げてたし、我が社で最も戦闘巧者である伊福部くん……SADでも15分間生き残るのがやっとで、半分も削れていませんでしたよ」

 ああ、私より長いこと生き延びた一人ってSADさんだったのね。
 そういえばあの人はテスターだけど私たちと違って社員だったっけ。
 というか、基本叩かれがちなネットでもあのPvPイベントの後はプレイヤースキルお化けなんて言われていたあの人でも半分しか生き残れなかったとか……

「さて、ここまでが第一段階。彼を我々開発チームが特別視している理由でもあり結城さんが憧れた立浪さんのプレイヤースキルが超えた壁です。実際体験してみてどうでしたか?」
「ヤバイ……って言葉しか出てこないですね。繰り返しプレイで行動ルーチン化したとかじゃなく、初見一発であの状況を生き延びたってことですよね?」
「ええ、彼の異常な速度のスキルランクの上昇に疑問を持ったスタッフがログを発掘した時は、この状況を見て我々もバトルチームも絶句しましたよ。そして、スキル上げのバランスが崩れるのではないかと検証をした結果……」

 ああ、このオチは何となく分かる。

「だれも再現できなかった?」
「そのとおりです。理論的には可能で、もしかしたら彼と同じことを出来るプレイヤーも他にもいるかも知れない。立浪さん以外にも、我々の想像の遥か上を行く腕を持ったプレイヤーというのは様々なジャンルで時折現れますからね。ですが少なくとも常人はこれを真似てスキル上げをしようにも、スキルが上る前に倒されておしまい。普通の敵と戦ったほうが効率がいいという結論に至りました」
「まぁ、そうでしょうよ」

 いくら短時間でスキルが上る可能性があると言われても、スキルが上がるまで生き延びるために何度死ななきゃならないかわからないし、そんな事している間に適正モンスターを倒したほうが、上昇率も、ドロップ品の実入りもはるかに良い。
 まぁ、ALPHAの方ではドロップと言うかそこから解体作業が待ってるんだけど……

「では、以上のことを踏まえて第二段階目です。今体験していただいたのは彼が置かれた状況の再現ですが、次に体験していただこうと思っているのは、彼の経験です」
「経験……ですか?」
「今のは、状況……エリアと、キョウのステータス、ライノスのステータス、同行者のステータスを再現して、ほぼ同等の思考をするAIを当て込み、キョウを立浪さんの代わりに我々が操作して状況打開可能かを試すという試みです。ですが次に体験していただこうと考えているのは、ログの完全再現です」

 んん?

「すいません、違いが良くわからないんですが……」
「そうですね……今経験していただいたのがシチュエーションの体験とするなら、次に体験して頂くのは状況の完全再現といった所でしょうか。結城さんには引き続きキョウの中に入ってもらうのですが、アバターの操作は出来ません。彼の目線で彼の経験した戦いをそのまま追体験するアトラクションだと思っていただければ間違いないです」
「なにそれ面白そう!?」

 追体験ってやつ?
 熟練プレイヤー視点で、どういう視線移動で戦っていたのかとかがまるごと体験できるって事でしょ?

「ただし、その前に結城さんには確認をとっておく必要があります」
「なんでしょう?」
「この筐体は開発用の……初期構想時点からの全ての機能が開放されたもので、本来ホコリを被っていたものを立浪さんの状況を再現するために引っ張り出してきた代物です。何が言いたいかと言うと、この筐体を通すことで立浪さんが感じている感覚のほぼ全てを追体験することが出来ます」
「おお、凄いですね」

 というか、今の戦闘でも押さえられてたってこと?
 かなりリアリティがあったと言うか、ダメージ表現もかなりの衝撃だったんですけど。
 痛みはなかったけど、衝撃の再現みたいな感じが凄かったんだけど、もっとダメージ表現がリアルになるってこと?

「そして、彼の感じている空気や感覚と同時に彼が受けているダメージも理解することが出来ると思います。結城さんが感じている彼の戦いへの消極的なスタンスの理由もおそらくそれで少しは理解できると思います」
「あ、なるほど……」

 これは私が感じているキョウくんへの不満点に、田辺さんがなにかの助言をくれているってことなのかな?

「重ねて言いますが、彼の感覚を全て共有することになります。おそらく結城さんが想像するよりも遥かに強烈な体験になると思います。耐えられないと感じたらすぐに声を上げてください。即座にシミュレーターを終了します」
「わかりました」
「これは彼が生き延びた体験のシミュレーションなので、これで受けたダメージで結城さんへのフィードバックが致命的なものになる事はないと強く認識しておいてください。良いですね?」

 ここまで念押ししてくるという事は、相当なダメージを受けていたと言うこと?
 確かに、さっきのを体験したならそれも理解できる。
 アレを無傷で15分やり過ごすというのがどういう事なのかを。
 おそらくキョウくんもかなりのダメージを負ったのだろう。
 そして、私の普段使っている筐体は現在のNew Worldではパーツバイブレーションという形でしか実装されていない、次世代用のよりリアルなダメージフィードバックを追求するためのテスト筐体。
 それでも、初期型機体が搭載していたペインシミュレータという機能をマイルドにしたものだと言うことだ。
 つまり、ダメージ表現の不快感になれた私でも注意が必要なくらい反応が大きいと言うことなんだろう。
 私が使っているやつですら、頭に強烈な一撃を貰ったりするとダメージ表現で気持ち悪くなったりするのだから確かに事前に説明を受けておかないとびっくりして声を上げてしまうかも知れない。
 これは気を引き締めて参加するべきだ。

「理解しました、ヤバイと思ったら声を出せば良いんですね?」
「はい、一言でいいので日常会話でしゃべるよりも大きな声で叫んで頂ければ、例え我々が聞き逃しても機械が自動的にシミュレーションを終了します」
「わかりました」

 それならまぁ、危険もないかな?

「では、シミュレーションを開始します。カウントダウン表示が終了すると同時にアバターの操作が不可能になり状況再現が始まります」
「はい」

 COUNT……3……2

 さて、この体験は貴重だ。
 文字通りの意味でキョウくんの視点を味わえるのだ。
 あのプレイを行うキョウくんの見る世界がどういうものなのか……

 ……1

 その一端を見ることが出来るなんて、この経験は絶対無駄にしちゃいけない!

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