ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

百十五話 狙い撃ちⅠ

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 なんというか門前は酷いことになっていた。
 どう酷いかといえば、養護施設の弟分にせがまれて一度だけ行ったことのあるコミケのような酷い人詰まりというか……
 数を揃えたのが逆に足を引っ張る形になっているな。
 入り口を完全に立ち塞がれて、芋を洗うような酷い有様だ。
 というか、あそこまで詰まってるなら先に突入していた連中のように背面にまわるなり壁を超えるなりして分散して入ればいいのに……って、これが部屋に居たやつが言ってたアレか。
 馬鹿みたいに正面突破を強要してくるって、もしかしてこんな状況になってまだそんな命令を繰り返してるのか。
 その様子を眺めてみれば、そりゃこんなの命令されれば嫌になるってのも理解は出来た。
 周囲を囲むだけの頭があるなら、どうしてそのまま包囲圧殺しないのやら。
 俺なら間違いなくそうするんだが……とはいえ、してこないならそれはそれで楽だから一向にかまわないんだけどな。
 とはいえ、話を聞くに連れ、相手の貴族の思考がどんどん馬鹿になっていっているように感じるのが妙に気持ち悪い。
 色んな話を聞くに連れ、失敗から学ぶどころか、どうも時間経過とともに頭がおかしくなっているようにしか思えない。
 挙げ句、やろうと思えばいくらでも包囲殲滅できるだけの数を雇ったにも関わらず、盗賊を意味もなく消費するようなバカの一つ覚えのような愚直な正面突破命令だ。
 結果、最も盗賊の多いこの門前が、他のどの場所よりも楽に迎撃できているようにすら感じる。
 というか、この場所だけは戦いというより新手の処刑場か何かにしか見えん。

 門前の道から押し出された盗賊を、門の内側で待ち構えた緋爪の傭兵たちが槍で突き殺しているんだが、なんというか、トコロテンでも作ってるかのような状況だ。
 一番戦闘に居る奴は突き殺されたくなくて下がろうとするが、道は狭く後ろから押されて門の中に押し出される。
 それを傭兵たちが突き殺せば、その様を見た次のやつが焦って下がろうとして道が詰まる。
 で、後ろのやつから押し出されては突き殺されるという無限ループだ。
 なまじ戦闘が抵抗して戻ろうとするものだから、入り口が詰まって少しずつ盗賊が吐き出されるせいで、随分と処理が簡単になっているように見受けられる。
 いっその事一気になだれ込んでいれば、ここに居る傭兵たちの人数では対応しきれない状況になっていたと思うんだが、まぁそうそう自分の命を割り切れるものでもないか。
 他人を食い物にして生き残ろうとしただけのただの村人じゃ、傭兵や騎士みたく覚悟完了できてるわけでもないだろうしな。
 しっかし傭兵たちの方もなんというか作業化してて、短い時間なのに随分手慣れた様子で処理していた。
 串刺しになった槍を持ったやつは死体ごと後ろに下がり、突き殺した死体を捨ててる間に別の奴がやりを構えてカバーに入るといった感じで、完全に作業になっている。
 たった12人の傭兵で200は居そうな盗賊達を機械的に処理していくさまはシュールなんてレベルじゃない。
 いくらなんでも人の命が軽すぎやしませんかねぇ……

「これは、俺達が手を貸す必要も無さそうっすねぇ」
「あん? 護衛対象が何でこんな所に……」
「狙いがこのハティの可能性があるとかで、他の避難民と一緒にいると連中を刺激して引き込みかねないって事で、囮役兼お手伝いって感じですわ。コイツなら盗賊相手に遅れをとるようなこともないですし」
「あぁ、まぁ確かにそうだな。コイツは盗賊共が手を出していい相手じゃねぇわ」

 普通はそう思うよなぁ。
 ただデカイってだけでも普通は近寄ろうとはしない。
 しかも温厚な草食動物とは違い、ガチの肉食獣だからな。
 にも関わらず縄をかけて盗み出そうとしていたあの盗賊達はやっぱ馬鹿だったんだろう。

「そういえば、何で騎士と緋爪はバラバラに行動してるんすか? 一応協働するっていう話が通ってるって聞いてるんですけど」
「あん? 確かに話は通ってるが、わざわざ部隊を混ぜる意味はないだろ? そんな事しても何も良いことはない。というよりも、普段からの行動方針の違いとかがぶつかって、互いが足を引っ張る事になりかねん」
「あぁ、なるほど」

 変に混成して指揮系統が乱れるのを嫌ったのか。
 それなら納得できる。
 いやまぁ俺が納得したからどうしたって話だが。

 緊張感のない凄惨な戦場というのもかなりシュールな光景だが、製品版でのRvRとかが実装されたらこんな感じになってしまうんだろうか?
 いやまぁ、コッチみたいに脳みそはみ出したり、腹からモツこぼしたりみたいな表現は無いだろうが、それでもこの人が玩具のように死んでいく光景は、非現実的すぎてまた別の空恐ろしさがある。
 そう、緊張感がないのだ。
 だから、これだけ人の命がやり取りされている場でありながら注意がおろそかに……盗賊達の様子が変ったことに気づくのが遅れた。

「あん、何だ? 連中の様子が……」

 そう言った傭兵の言葉につられるようにして盗賊達の方へ視線を向けた瞬間、盗賊の人垣を引き裂くようにしてソレが突っ込んできた。

「何っ……!?」

 ハティほどでかくはないが、人よりは一回りデカイ。
 そんな感じのサイズのソレはが3体、連携を取るようにして攻撃を仕掛けてきていた。
 俺よりも早く気付いていたんだろう。

 三体のうちの一体はハティではなく、背中に乗っていた俺達狙いだった。
 常時展開型のハティの護りの魔法をガラス細工のようにパリーンと砕きながら、その爪を振り下ろしてくる。
 その狙いは一番先頭、たてがみに埋まるように乗っているエリスだ。

「わ」
「ぐぬっ!?」

 爪での一撃を咄嗟に突き出したミアリギスの柄でなんとか受け止めることに成功したが、その攻撃の重さが問題だ。
 コイツの一撃、あのオープニングイベントで戦ったNPC、エドワルトの一撃に匹敵するほどの手応えがある。

「う……お……!?」
「危ないって!?」

 あわや転落、といった所で上下がひっくり返った視点のまま強引に引き上げられた。
 エリスへの攻撃を遮ることは出来たものの、その重さに受け止めきれず転落しそうになった所をチェリーさんが引っ張り上げてくれたようだ。
 正直助かった。
 2日連続でハティの背中から転落するのは流石に簡便だ。
 転落の痛みを差し引いても、こんな状況で転落すれば命がない事くらいは容易に想像がつく。

「グルルル……」

 残り二体の攻撃をやり過ごしたハティが、動きやすいようにか、人の居ない位置に着地した。
 そして距離を開けたことで、ようやく俺にも何が突っ込んできたのかをはっきり見ることが出来た。

 それは石でできた獣のようなものだった。
 ようなもの……というのは、四足獣っぽい形で石がつなぎ合わされているだけで、どう考えても生きているようには見えなかったからだ。
 石の怪物といえば、俺の頭に真っ先に思い浮かぶのはガーゴイルあたりなんだが、それの関節がバラバラに分離した感じだろうか。
 頭の石にだけ模様が刻まれているから、多分アレが弱点なんだろうが……

「流石に石を切れるほど、俺のレベルは高くないんだが……」
「私だってせっかくの槍で石なんて突きたくないよ。刃こぼれしそうだし」

 このゲームの武器には数値的な耐久値は表示されては居ないが、間違いなく劣化する。
 初期装備のナイフを解体に使っていたせいか、刃こぼれが凄くて何度も研ぎ直してるからな。
 そもそも最初に金物屋のおっちゃんに鍛冶を教えてもらおうと思った理由が、装備のメンテナンスだったし。
 だから、できれば刃物であんな硬そうな敵を相手にするのは御免こうむりたい。
 柄で殴っても武器へのダメージのほうがでかそうだし、達人でない俺達にとっては相性が悪いと言わざるをえない。
 戦鎚でもあれば気楽にぶん殴れるんだが、あいにく持ち合わせては居ないし、そもそも最初に突撃を仕掛けてきたあのスピードを見るに、当てられるとは思えない。
 どうしたものかと考えていたところで、突然ハティが腰を下ろした。

「ハティが相手するから、降りてほしいって」

 どうしたのかと首をひねった所でエリスがハティの言葉を伝えてきた。
 今の、殆何の仕草もなくちょっと唸っただけなのに、そんな意味が含まれてたのな……
 エリスはマジでどうやってハティと会話してるんだろうか。
 まぁ、ハティがやってくれると言うなら任せよう。
 俺達が闘うよりも間違いなくハティのほうが強いし、相性とか考えてもここは俺達よりもハティに任せたほうが確実だろう。
 背中から飛び降りると念のために俺達は傭兵たちの方へ移動した。
 その間もにらみ合うようにしていたハティと石の獣だが、俺達が十分離れたのを確認してか、ハティが伏せるように身構える。
 同時に、体の周囲に冷気がまとわりつき始めた。
 少し離れたこの場にも届くほど鋭い冷気だ。
 確かに俺達が背中に乗っていたらこんなの使えないわな。
 というか、ハティがここまでしないといけない敵という事か。
 アレ? 結構ヤバイ相手なんじゃないか? ソレって。

 そもそも、コレまでの貴族の手札に比べて、妙な異質感がある。
 こんな怪物を扱えるのに、なぜ貴族達は盗賊なんぞを引き入れた?
 今はこんな状況であっても、元は民衆の支持を得るためのクーデターだった筈。
 緋爪は正規の傭兵団だからまだ言い訳がつくだろうが、盗賊と繋がっているなんて知られれば、ソレだけで民衆からの支持率なんて致命的なまでに下落するだろう。
 しかも手元にこんな強力な怪物を従えている。
 であれば、盗賊なんて雇う意味がまるで無いだろう。
 なんせリスクしかない。
 雇った時に、既に頭がおかしくなっていたとか言われると、もうどうしようもないんだが……

 ――と、ハティの戦いから目を離し、貴族が居るであろう門の先を流し見て
 そこで何か違和感を感じた。
 眼の前には死体と臓腑と血で溢れた、まさに屍山血河といった感じの門前通り。
 アレだけやかましく押し合いへし合いしていた盗賊達は、まるでミキサーにでも掛けられたかのように肉塊に変えられて壁に張り付いていた。
 運良く難を逃れた盗賊達も目の前の惨状に頭が追いつかないのか放心している所を緋爪の団員達がとどめを刺している状況だ。
 残敵掃討とかにも慣れているのか、攻めるだけでなく門の両脇と正面には十分な人員も残しているから、ヤケクソになって門へ飛び込もうとしてもちゃんと迎撃できる余力がちゃんと残してある。
 どんな相手であろうと、最も損害が出にくく、効率のいい方法で対応することに徹する辺りは、傭兵は戦いのプロなんだなぁと思う。
 そこには何もおかしな所を感じられない。
 道の奥で狂ったように笑っている貴族の頭がおかしいくらいか。
 多分貴族だよな? あんな格好する平民とか流石に居ないと思うし。

 なら俺は何に対して違和感を覚えた?
 もう、何かを注視せずに一度全体をパット見てみる。
 特におかしな所は無いはず……

 いや、やっぱりおかしい。
 緋爪の連中は6人で門を護り、残り6人で残敵掃討に出ている。
 12人全員が役割を護り機能的に動いているのはさすがだと思う。

 では、全員が門のすぐ側か、門の向こう側に居るこの状況で、門の内側に伸びた3つの鋭い血の足跡に紛れるようにしてもう一つある人間のような足跡は一体誰のものなのか――!?
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