ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

百十八話 狙い撃ちⅣ

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 横目に、相手がショーテルを振り抜こうとしている姿が目に入る。
 マントで口元は全く見えないが、俺なら会心の笑みを浮かべるだろう瞬間だな。
 こっちは空振りで身体が流れてるし、チェリーさんはなんとかフォローに入ろうとしてくれているが、コイツ完全にチェリーさんを視界から切ってる。
 自分が殺されても構わない勢いで、確実に俺の首を取りにきてるな。
 ヤベェ、ここまで割り切られると打つ手がない。

「クソッ……!」

 迎撃も回避も無理となれば、なんとか首から上への直撃だけは避けたい。
 身体は流されて、相手から見れば後ろから脇腹を見上げているような位置取りだ。
 ここから狙われてヤバイのは脇からの横腹狙い、心臓狙い、首狙い、頭狙い辺りだが、ショーテルの特殊な形状から心臓を狙うには適していないはず。
 頭狙いはといえば、武器時代に頭を割るのを得意とするような特性はないと思うが、本人のステータスがかなり高いと推察出来ることからもできれば狙わせたくない。
 ヤバイのは腹と首だ。
 ショーテルの形状は半月型の逆反り剣。
 首を刈り取るのに実に適した形状だ。
 使い手のパワーと合わせて考えれば、一撃で首が飛ばされる。
 脇腹も、あの剣先で引っ掛けるように割かれればモツが溢れてエライことになる。
 もしかしたら即死はしないかも知れないが、内蔵こぼしながら戦うとかまず無理だろうし、ほぼ間違いなく戦闘不能だ。
 ならどうするか。
 ショーテルの軌道は左手側からの逆袈裟の切り上げだ。
 あの軌道では振り抜いた俺の左肩が邪魔して首には届かない。
 となれば……

「ぐぬっ……!」

 流れた身体をそのままに、振り抜いた左腕を強引に抱え込む形で、身体を横倒しに無理やり相手側へと倒れ込む。

「ぎっ……!?」

 直後、脇から背中にかけて洒落にならない灼熱の感覚が駆け抜ける。
 無理やり距離が詰まったことで間合いがズレて、腹を裂くはずの一撃は脇腹から肋骨を引っ掛けるようにして背中を削っていったようだ。
 っていうか、痛い痛い痛い、マジ何だこれ痛い熱い!

「キョウくん!!」

 やっべ、この感覚は以前にも覚えがある。
 痛みで本人の考えとは別に、身体が勝手に縮こまって身動きが取れなくなるやつだ。
 立ち上がろうとして、まるで傷口に周囲の皮膚が吸い込まれでもしたかのように身体が引きつる。
 エビ反りに身体が固まるのは、無意識に傷口を閉じようとしての動きだろうか。
 そのポーズのまま全身に不必要なくらいの力みが走り、こうなってしまうともうだめだ。
 出来ることといえば転がる事くらいだが、背中の傷が地面に着くのを本能的に恐れてなのか、ソレすらも出来ず、無理な姿勢でうずくまる事しか出来なくなっていた。
 このタイミングでソレだけは不味い。
 殺しに来た相手に無防備な背中を晒すとか、命を差し出してるようなものだ。

「死ねぇ!!」

 当然ながら、こんなチャンスを見逃すような相手ではない。
 チェリーさんは間に合わない。
 ハティも残り一体と格闘中でこちらに来る余裕はなかった。
 エリスも俺の言葉を守って離れている。
 そして、俺は俺で動けない。
 ヤッベ、詰んだ。
 これは流石にもうどうしようもない。
 そう諦めかけた所で

「ハイそうですかと、やらせると思うか?」
「なっ!?」

 振り下ろされた刃は予想外の乱入によって弾かれ、辛うじて俺の命は永らえたらしい。
 思いの外ピンチに駆けつけてくれるヒーローは身近に居たようだ。

「やぁ、まだ生きてるかい?」

 ただし、間一髪で俺を救ってくれたのは全く見覚えのない青年だった。

「アンタは……?」
「通りすがりの一般人……なんて冗談言っているような場合じゃなさそうだね。折角アルヴァスト王に見つけてもらったのに、話もせずにすれ違うような状況にならなくて良かったよ」

 誰だ……?
 全く見覚えはない……と思う。
 正直、まともに目も開けられない状況なので、顔をはっきりと捉えられないのだが、少なくとも金髪の青年に見える。
 割と上等そうな白い鎧にマント姿で、如何にもナイトって感じの出で立ちだ。
 俺が覚えている限り、そんなイケメンスタイルな人物には俺の知人には居ないはず。
 いや、ほんとに誰だ?

「ぐぅっ……!?」

 件の暗殺者は俺へのトドメに防御を捨てて全てを投げ売ったんだろう。
 渾身の一撃を受け止められたまま、チェリーさんの一撃をモロに食らっていた。
 あの様子を見るにチェリーさんの一撃は上手い具合にマントの下の防具の隙間、脇に当たる部分を貫くことに成功していたようだ。
 今までとは違う目に見えるほどの出血に、さしもの狂信者も地に伏せていた。

「何故邪魔をする!? 我が神敵を滅ぼす聖務であるぞ!?」
「君の中ではそうなのかも知れないけれど、神がそう望んだとどうやって証明するんだい? 君の信じる教義の中には聖務の執行には神託を受けた司祭の同行が最高責任者として義務付けられていたと記憶しているのだけど? どう見ても君は一人だ。まさか、神の意志だとか適当なことを言って教義を捻じ曲げているのではないのかい?」

 え、そうなのか? コイツ一人で問答無用で暗殺狙ってきたんだが、それがそもそも教義違反って事か?
 でも確かに、こんな他所の国の人間に干渉するような神託への対応には責任者が必要だという話には納得できる。
 穿った見方になるが、要するに神の啓示だなんて確認しようのない司令に対しては、その支持を出す人間が全責任を追うために同行しなければならないという事なんだろうか。
 信者であればコイツのように無条件に「そういうものか」で納得するかも知れないが、そうでない人間……非信徒に対してはソレだけで納得できるわけもないし、そういう形で見せる必要があるという政治的な話だろう。

「貴様も神の言葉を疑う涜神者であったか!」
「……やれやれ、図星かい? そうやって強引に話を切って誤魔化そうとすればするほど君の言葉に理がないと際立つ事もわからないのかな? 自分の都合で教義をねじ曲げるだなんて、君こそがまさに涜神者じゃないか」

 こいつ、もしかしてホントにただ殺したいだけの理由に宗教を使ってるだけなのか?
 だとしたら本当にただの屑じゃないか……
 ……いや、でもそれはそれで納得出来ないこともあるな。
 そう、思考をめぐらそうとした所で、なんとか身体を支えていた腕が力尽きた。
 上体を支えることも出来ず、うつ伏せに地面に倒れ込む形だ。
 斬られたのは背中側なので、自分の傷口がどうなっているのか見ることは出来ない。
 が、自分から顔を突っ込む形になった血溜まりを見るに、割と洒落にならない状態だというのは分かる。
 というかせっかく狙いをそらすことに成功したはずなのに、出血量的に致命傷だろこれ……

「というか意識はあるみたいだけど、その出血は流石にまずいね」

 なんとか首を傾けて声のする方を見てみると、助っ人の金髪がしゃがみ込んでいた。
 殺し屋の方をどうしたのかと視線を向けてみれば、チェリーさんと戦闘中のようだ。
 その隙をみて、俺の様子を見に来たのか。

「さて、あまり得意ではないのだけれど……」

 そう言って俺に手をかざして……これは治癒魔法か?
 掛けられた時間はほんの一瞬だったが、このむず痒い感じは村の婆ちゃんに足を治してもらった時の感じに似ている気がする。
 長く、じんわり聞いてくる感じの婆ちゃんの魔法と違って、随分短時間で発動するようだ。
 その分劇的な効果はないのか、癒やされた実感はあまりなかった。

「そこのお嬢ちゃん、簡単でも良いから手当の方法とか知ってる?」
「うん、知ってる!」
「え、知ってるんだ……? 試しに聞いてみただけなんだけど……まぁ、手当できるならソレに越したことはないよね。一番大きな傷口を閉じるだけは閉じたからこれ以上の出血はもう無いはずだけど、僕たちがコイツを相手している間に彼の手当てをお願いできるかい?」
「うん、わかった!」

 そうやってエリスが運んでくれているであろう姿も、まぶたが強引に閉じられるような感じでまともに見ることも叶わなかった。
 出血が多すぎたのか、もう殆ど感覚がなくなって指一つ動かすことが出来ない。 
 もう薄目すら開けていられなくて、周りがどうなっているのかさっぱり判らないが、この感覚はエリスに背負われて動かされているんだろうか?
 身長が合わないからだろう、膝のあたりに何か石畳がごつごつぶつかる感触があるし引きずられてるんだろうなぁ。
 背中の傷がひどすぎたのか、痛覚があまり感じなくなったのは幸いかもしれない。
 地面を引きずられるとか、感覚が生きてたら擦り傷とか痛そうだしなぁ。
 というか出血によるショック症状は出ないようだが、流石に頭が回らなくなったのか考えがまとまらなく……………なるかと思ったんだが、特にそんなことはないな。

 あっれ? つい今の今まで目も開けてられないくらい眠気が来てたはずなのに、やたら意識ははっきりしてる。
 つい今の今まで、血が流れすぎたからだと思うが、猛烈な虚脱感とダルさを感じていた。
 でも、まぶたが閉じて、恐らくアバターが気絶したんだとおもうが、痛みもダルさも全て感じなくなったとたん肉体的な痛みやダルさだけでなく、眠気なんかもまとめて消えて無くなった。
 肉体的に脳がシャットダウンしても、俺の大本がゲーム外にあるせいなのか、突然意識が身体から切り離されたという事なんだろうか?
 でも、以前稽古で無茶したときは、疲労でふらっと意識を失った事もあった。
 夜寝るときは、本体の意識も眠りに落ちているからと納得できるが、疲労によって倒れたときのは明らかに身体に意識が引っ張られていたと思う。
 なら今回は何故意識が保てている……?
 こんな事は初めてだし、もしかしたらバグか何かか?
 いやでも、普通に考えてゲームで意識を失っちまうほうが危険極まりないし、本来であれば意識を失うことのない今の状態のほうが正常なのかもしれない……が、ここはリアリティ優先のALPHAサーバだしなぁ。
 痛みで気絶するのも『仕様どおりです』とか返されそうで怖い。
 まぁ、実際は痛みとか五感に関しては本来封印されてる筈だから、痛みを感じてる時点でバグみたいなもんなんだけどさ。
 そもそも今の俺の状態はどうなんだろうか?
 死亡扱いなのか、あるいは出血多量に依る気絶なのか。
 気絶であれば、誰かが起こしてくれるまで手立てがないのかとか、死んでいたならどうやって復帰すればいいとか、解らないことが多すぎる。

 ……ってアレ? ちょっと待て。
 死んだときの精神的なダメージのことばかり考えていたけど、いざ死んだ時に俺はどうすればいいんだ?
 このゲーム内のメニュー画面は手首のリングとハンドアクションで開くのが普通だ。
 俺の場合はメニューを開いていちいち装備やアイテム操作するよりも、実際に着込んだり使ったりするほうが楽だからと、初日以降メニュー操作をしていなかったからすっかり忘れていたが、身体が死んで指一本動かなくなった場合ってプレイヤーとしての生身が動かせない俺はリスポーンメニューの選択すら出来ないんじゃ……?
 というか、今の俺は死んで……るのか分からんが目を閉じている状態の筈だが視界が真っ白……いやなんかモヤモヤするものが写ってるから死亡時用の演出画面か?
 大抵のMMOはたとえ死んでも復活するまでは死体のまま周囲の状況を俯瞰できるもんだけど、このゲームのリアリティ追及を考えると死んでるプレイヤーは周りの事を仲間に伝えたりできないように視界を閉じられるって言う可能性は高いと思う。こんな白い視界にされるのは真っ黒だとプレイヤーがフリーズと勘違いするからか? どっちにしろ視界が潰されていたら復活の時に画面操作すればいいんだよ。
 いや、もしかしたら死んだ時用になんらかの特別画面が表示されて操作が可能になるのか?
 死んだら不味いのなら死ななきゃいいとか極端なこと考えていたせいで、死んだ後の事を全く考えていなかった。
 というかてっきり、リスポーンしますか?<はい/いいえ>みたいな選択肢がピロンと表示されるとか漠然と考えていたのだ。
 だが、そんな様子もない。
 完全操作不能となると、運営側へのヘルプのメール連絡も出来ないって事なんじゃねぇか。
 周りからは死んだと思われて火葬なんてされようもんなら、本人は意識を保ったまま自分が焼かれるのを受け入れる羽目に……とか、洒落にならんぞ。
 結局死んだら意識が残るだけで死体と変わらねぇどころか、それ以上にヤバい状況になるかもしれないなコレ。
 結局のところ死んじゃダメなのは変わらないって事か。
 でも今、まさに絶体絶命の危機なんだが……
 そんなふうに、内心冷や汗ダラダラで考えていたところ、変化は突然来た。

「いっ……づぁ!?」

 この痛み、背中のコレはさっき受けた傷のダメージがぶり返してきたのか!?
 という事は……!
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