ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百五十七話 決勝戦Ⅱ

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「へへ、姉ちゃんの言ったとおりだな。明らかにオイラや姉ちゃんよりも弱いのに、すげぇやり難い戦い方だ」
「ま、こうでもしないと俺の周りは強いやつだらけで、あっという間にやられちまうからな」


「お前にとってはチェリーさんみたいに派手にぶつかるほうが楽しいんじゃねぇか?」
「正直言うとそうなんだけどね。でも、こういう普段見ないようなやり口の相手との戦いも、これはこれでワクワクする。ジリジリと焦らされるのも緊張感があって……いいね!」

 突然の強襲に対して、咄嗟に下がろうとする脚を黙らせて、前に出て間合いを殺す。
 ライノスとの戦いの後にガーヴさんに習った、突撃に対する対処法の一つだ。
 槍の攻撃モーションは基本的に踏み込みとそこからの突きだ。残念ながら俺は初見の技の踏み込みにカウンターを合わせられるほど反応速度は早くない。だが踏み込んできた相手が突きを繰り出すのには流石に反応できる。
 踏み込んできた相手側へと大きく踏み込むことで、相手は槍を突き出すだけの距離を失い、結果攻撃が不発に終わるか、中途半端な突きで終わるという仕組みだ。
 この対応はキルシュの想定外だったのか、攻め手が緩んだ。
 そのチャンスを逃す理由はない。胸の中心、一番避けにくい所へ全力の突きを叩き込む。

「うはっ!」

 しかし、一瞬で体勢を整え直したキルシュの槍に阻まれる。
 渾身の一撃は阻まれたが、そのまま攻めは継続だ。崩れた体勢を整えにくいように足元や下半身へ連続して攻撃を繰り出す。

「いまのは驚いたけど、兄ちゃんの攻めはそろそろ見切ったかな!」

 そう言うなり、俺の放った膝を狩るような斬撃を小さくはねて飛び越えるなり、反撃とばかりに空中で身をひねりながら槍を棍棒のように叩き落としてきた。
 即座に切り替えして反撃の突きを放つも、既にキルシュは間合いの外だ。

「確かにすべての攻撃にカウンター対策を仕込み続けるその集中力は凄いけど、そのせいで見落としてるものがあるぜ? 兄ちゃん」
「……へぇ? 気になるな。教えてくれよ」
「試合が終わったら教えてあげるよ」

 そこからは、キルシュの攻勢が始まった。今までとは違い、こちらの攻撃に対して即座の反撃を返してくるようになり、そこからの攻めもかなり鋭さを増していた。
 あくまで反撃後の追撃が激しくなっているだけなので、傍目から見ればまだ俺が攻めているように見えるかも知れない。しかし実情は全くの逆だ。
 こちらの攻撃は反撃を警戒して深く踏み込めず、キルシュにダメージを与えることが出来ないのに対して、キルシュの攻撃は一撃でも貰えば試合が終わりかねない威力を持っている。
 その致命的な攻撃を撃たせないために、俺が主導権を握っているわけではなく、攻めざるを得ない状況に追い込まれているというのが今の状況だ。
 はっきり言ってかなり辛い。辛いが……しかしこれでようやく最後の仕掛けの場が整った。
 後は変に先読みされないように、遮二無二戦うだけだ。

「今までいろんなやつと戦ってきたけど、攻撃一つ一つにここまで頭を使ってくる相手は初めてだなぁ!」
「そうか? これくらいキルシュだって出来るだろ?」
「オイラ馬鹿だから、いちいち考えるくらいなら、考える必要ないくらい鋭い攻撃が出せるように鍛えるかなぁ?」

 それが出来りゃ苦労しないんだがな!

「俺はまだ弱ぇからな! そんな風に出来る奴と渡り合うためにはこれくらいしないと駄目なんだよ、俺は!」

 コツコツ、コツコツとだ。
 一手一手を大切に、当てたなら逃さず固め、空振ったなら空振っている間に相手の動きをきっちり見る。
 パラメータで負けている上に、経験でも一歩先を行かれているような相手だ。
 どうも雰囲気からして本気を出していない様子だが、それでも少しでも油断すればあっという間に詰められてキツイ一撃をお見舞いされるだろう。一手として無駄には出来ない。

 初撃の時点で既にチェリーさんの突きよりも早く鋭いものだったにも関わらず、テンションが上っているのかキルシュの攻撃が時間とともに鋭さを増していく。
 普通時間が経ったら、疲れから攻撃の手が鈍くなっていくもんだと思うんだが、コイツ相手に常識は通用しないらしい。
 そりゃ、様子見から一転攻勢に移ったとかなら手数が増えるとか理解できるが、こいつの場合淡々と、こちらの実力を測るようにして徐々に攻撃の鋭さが増していくんだよなぁ。
 もはや試合開始直後とは攻撃の質からしてほぼ別物と言っていい程に変化している。攻撃に限らず動き自体のキレも良くなってる気がするし……
 少年バトル漫画風に言うと『ギアを上げる』という奴だろうか。メチャクチャだなオイ。
 コイツがこのゲームの主人公でいいんじゃないのか?

「ほら、休んでる暇はないよ!」

 こちらの思考が明後日に飛んだのを見計らったかのように繰り出されたキルシュのねじり込むような突き込みに対して、ミアリギスの横刃の上を滑らせるようにして受け流す。
 そのまま、槍の柄を削るような勢いでカウンター狙いの突きを放つ。槍を手放さなければ、ミアリギスの横刃で指を削ぎ落とす一撃だ。
 如何にキルシュでも手放した武器を場外に飛ばしてしまえば戦闘力は大幅に落ちるはず……そんなあざとい事を考えていたのだが、キルシュの対応は想定の上のものだった。
 槍がミアリギスの上を滑っている事を利用して、手元の柄を足元に引き落として突きの起動を強引に下げられた。指を削ぎ落とすはずの横刃を逆に利用され抑え込まれた形だった。
 そして即座に手首を返して、穂先を下げたこちら横刃を逆に柄で抑え込むようにして撃ち落とされる。

「やべっ」

 槍と地面に挟み込まれれば、目論見とは真逆で俺のほうが武器を奪われかねない。横刃の上から抑え込むようにされている以上、引き戻すのも無理だ。となれば取れる手立ては……

「オラァ!」

 半ばヤケクソにミアリギスから手を離し、石突部分を思い切り蹴り上げてやった。とっさに思いついたのがこれだけだったから迷わずやってやった!
 抑え込まれている部分を支点にして柄が上に跳ね上がり、完全に抑え込まれていなかった穂先が地面スレスレを通って手前側に回ってくる。
 そして、こちらの武器を抑え込もうと穂先を下ろしていた槍を踏みつけて、そのままの勢いでキルシュの顔面向けてドロップキックだ!

「おわっとぉ!?」

 蹴りは避けられたが、流石に面食らったのかキルシュが体制を崩しているうちに、こちらはミアリギスの再確保には成功した。
 たった一手でここまで立て続けに瞬間的な判断を求められるのは流石に辛ぇぞ!?

 徐々にキルシュの攻撃頻度が増していき、俺が受けに回る頻度が増えてきた……というかぶっちゃけ劣勢気味に追い込まれてはいるものの、こうして何度か攻撃を交えることで、見えてきたものもある。
 これだけ苛烈で、かつ効率的な攻防をこなすキルシュが、どうも攻撃の端々にぎこちなさを見せる時がある。
 決して大きな隙ではないが、基本的に隙を見せないキルシュだからこそ、その攻撃の連結時などに見せる僅かなぎこちなさが特に目立つんだよな。
 何処か身体に故障がある? 或いは武器が使い慣れていないとか……?
 いや、基本的な動きに違和感はないから、怪我を追って動きが鈍っているという事はない……と思う。
 武器に関しては出会ったときからずっと同じ槍を使っている。これは間違いない。
 となると、ほんの一瞬見せるこのぎこちなさは何だ……?
 いや、どんな些細なことであれ弱点になり得るなら何でもいい。今は理由まで抑えているような余裕はない。というか、命がけ実戦でならともかく、試合でまで誘いを警戒して尻込みしても仕方ない。もし誘いであればその誘いを逆手に取るぐらいの気持ちでブチかましてやるだけだ。

 そうと決まれば早速実行だ。正直スタミナ的にもそろそろキツイ。
 複雑な仕掛けは仕込めない。仕込んだ俺自身が意識してキルシュに悟られるのが落ちだ。
 かと言ってシンプル過ぎるフェイントは、先読み以前に見てから反応してのけるのがコイツの怖い所なんだが。
 だから、俺が行ったのは実に単純な一挙動。
 常に右足の接地と同時に繰り出していた攻撃を、右足が地についてからコンマ5秒ほど送らせて出した。ただそれだけだ。
 ……だが、そのコンマ5秒の為に今まで仕込みを続けてきたんだよなぁ。

「あっ!?」

 俺の薙ぎ払い攻撃を迎撃しようと振るった槍が、しかし穂先を掠めて振り抜かれる。
 あの驚き顔、きっと『何で?』って思ってるんだろうな。
 正直AIに当てはまるかは……というか、そもそもキルシュが引っかかってくれるかどうかは完全に運任せだったんだが、どうやらこの賭けに関してだけ言えば俺の勝ちのようだな。
 種明かしをしてしまえば、何てことはない。ちょっとした雑学番組で知ったのだが、人間は連続する行動に対して最初の2~3回で無意識に感覚を掴んで、後はそれを元に繰り返そうとするらしい。
 だから、実験で階段の途中で一段だけほんの1cmだけ高くしただけで、見た目は殆ど変わらないのにその1cmの段差に引っかかってしまう人がかなり多く居たんだそうだ。
 だから、俺の連続攻撃をすべて同じタイミングで繰り返した。バレないようにタイミングをずらした事もあるし、反撃によってリズムを維持できなかったことも当然ある。しかしその場合の攻撃にも必ず踏み込み脚と突きを完全一致させるという共通点をもたせて攻撃を徹底した。
 その仕込の結果がさっきのコンマ5秒というわけだ。

 だから僅かにミアリギスを捉えそこねて空を切る。そこまでは想定内。
 こちらの涙ぐましい仕込みの結果だ。

「くっ!?」
「ぐぇっ!?」

 問題は、キルシュの踏み込みが予想以上に鋭く、距離を測り違えたことだ。
 空振ったスイングが強烈な薙ぎ払いとなってそのまま俺の胴を打ち据える。
 それと同時に、俺の時間差攻撃もキルシュを捉える。だが、予想外の踏み込みで互いの距離が死んでたため、こちらの攻撃もジャストミートとはいかず、ミアリギスの柄の部分がキルシュの左腕を強く打撃していた。
 互いに想定外の間合いでの攻撃だったため、刃が身体を捉える事はなかったものの、全力で振り抜いた長柄でぶん殴りあった訳で、如何にタイミングを逸したとは言えクロスカウンター気味に入ったダメージの方はシャレにならない。
 そして、俺は地力でキルシュに負けているので、当然相打ちになれば俺のほうがダメージがデカイわけで……

「おわぁっ!?」

 膝をついた程度で踏みとどまれたキルシュとは違い、俺の方は派手にぶっ飛ばされて転がされる羽目になった。
 立ち上がることは何とか出来た。肋骨がなにか良くない事になっている気がしないでもないが、我慢できないこともない。
 ただし、立ち上がろうと手をついた床の感触が、ステージのそれではなく、砂場であったのは流石に大問題だ。
 再びキルシュを捉えようと視線を巡らせて目に入ったのは壁。……いや壁のように目の前にあるのは、場外から見上げるステージの縁だ。

「いってぇ……って、うわ、マジか……」

 ふっ飛ばされた俺は、そのままステージの外側へ叩き落されていた。それはつまり……

「そこまでぇい! この勝負! 勝者、キルシュ・ロータイン!」

 リングアウトで俺の負けという事だ。
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