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三章

百七十三話 もう一つの大会Ⅳ

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「予想通りというか圧勝だったな」
「まぁ、あの程度ならまぁな」

 試合を終えて控室まで戻ってみれば、出迎えたSADの軽口に軽口で返しつつ、部屋の端っこの椅子に腰かける。
 控室の中には勝ち抜けした全員が揃っていた。まぁこの回戦の最終試合だった訳だから当然と言えば当然なんだが。
 それにしても予想通りって、もしかして俺の対戦相手の事まで詳しく観察してたのか?
 確かに実力差は結構あったとは思うけどさ。

「エラそうな事言うつもりはないけど、流石に記念参加勢には負けはしねぇなぁ」
「記念参加……?」

 違うのか? 対人ガチ勢というには技術不足だと感じたが。
 まぁ終わった相手は今は良いか。本当は強いけどたまたま持ち味だせずに負けたって話なら、また何かの機会に戦う事もあるだろ。

「キョウくんは何というか、今までと違ってレベルっていうハンデが無いと流石に圧倒的って感じねぇ」
「そういうチェリーさんも危なげなく勝ってるみたいだけど?」
「鍛えられましたから」

 ガーヴさんにな。

「エリスも順調に勝ってるみたいだな」
「うん。でも今までやった感じ、サリちゃんより強い人はまだ居ないかなぁ」
「それは比べる相手が悪いって。サリちゃん素手なら私より強いし」
「うぅーん」

 マジか。強い強いとは思っていたが、メインが槍とはいえ武器無しでチェリーさん超えてるのかよ。
 チェリーさんのスペックは高レベルという事もあって相当な物なのに、サリちゃんすげぇな。

「まぁ、次勝てば私とエリスでの一騎打ちなんだから、そこで本気出せるっしょ」
「うん、それは楽しみ」
「で、その勝者と俺が当たる訳だ」
「あら、珍しい。キョウくんが勝利前提で先の話するなんて」
「いやまぁ、今の話の流れなら別におかしくないだろ?」

 とはいえ、次に当たる相手には、初戦以上に負ける気がしないんだよなぁ。
 こういういい方はなんだけど、次の相手の戦い方って多分前回の大会での俺の動きを真似た、俺の劣化コピーなんだよな。
 模倣して、自分のものにしてるなら、それはそれで面白そうなんだけど『動きを真似ようとしているだけ』で、何でそういう動きをしているのか本人全く分かってない挙動が視られるんだよな。
 相手の攻撃に対して、無駄に距離を取らないようにするための小刻みなステップ回避なのに、全然意味の対所でピョコピョコ跳ねてたり、ストップ&ゴーの瞬発加速も、突然の挙動変化による不意打ち目的の技なのに、攻撃中に突然止まったり動き出したりと、とにかく動きに整合性がまるでない。
 そりゃ、突然相手がそんな意味不明な行動を取れば、戸惑いもするかもしれないけど、動きに意味をちゃんと持たせて戦ってる人にとっては無駄な動きをしてるだけの変な奴としか映らないんだなぁこれが。

「ま、キョウくんが自分の強さに自信を持つのは良い事だと思うけどね」
「持てるわけねェでしょうが、つい最近負けたばっかりだってのに」
「だよねー」
「おっ? 噂になってるNPC主催の武道大会の話か?」

 噂……まぁチェリーさんがブログに記事書いただろうからそりゃ話題に上りもするか。
 といっても、別に隠すような内容ではなかったし、あの大会の内容を記事にされる事に否は無い。

「といっても、これと言って話す事も無いのよねぇ。顛末はもう全部ブログに書いちゃってるし」
「キョウを負かしたのは少年なんだろ?」
「そうそう、もう強いってもんじゃなかったわ。すべてをぶつけても傷一つ負わせられなかったしね。むしろキョウくんが一矢報いることが出来た事が信じられないレベル」
「そこまでかー! 俺も戦ってみたかったなぁ」
「SADさんでも今のままじゃ多分無理よ? レベルはもちろん、技術でもキョウくんよりも上だったんだから」
「その言葉は、技術でキョウに劣ってる言われてるようなもんなんですけど? 流石にそれは納得いかねぇなぁ」
「そこは、ぜひ二人とも決勝に残って証明して欲しいところかな」
「む……そうまで言われちゃ、決勝で白黒つけざるを得ないな」

 煽りよる……対戦型のゲームのプレイヤーってこういう挑発されると喜んで飛びつくところあるから、不用意に餌を撒くのはやめてほしいんだが。
 ……というか。

「珍しいな、チェリーさんが自分が負ける前提で話すとか」
「まぁ、キルシュくんとの決勝を見せられちゃうとねぇ。今のところはまだキョウくんの方が強いってのは認めるしかないでしょ?」
「うーん、微妙に答えにくい……」
「ま、だからと言って油断してたら問答無用で勝ちに行かせてもらうけどね?」

 まぁ、チェリーさんならやっぱりこうだよな。
 この人も大概負けず嫌いだってのは一緒に行動するようになって真っ先に知った。
 βテストの時点でTOP勢に張り合ってレベル上げまくるような人だしな。
 
「油断できるほど強くなった覚えは無いから、一切の油断なく対策させてもらうよ。でもまずは俺の前にエリスに勝ってからだな」
「チェリー姉にだって負けないよー!」
「ワン!」
「面白いじゃない、受けて立つわよ!」

 こっちも盛り上がってんなぁ。こういう空気、なんか少し昔を思い出す。
 あの頃はすでにネットが普及してしばらく経ってはいたが、やっぱり格ゲーと言えば最新作はネット対戦よりもゲーセンという風潮がまだ残っていた。
 そして、そこに通っていた俺達はウチのホームのゲーセンこそが一番レベルが高い……的な変なプライドも持ち合わせていた。
 古参のプレイヤー達に言わせると、それでも昔に比べれば大分落ち着いているという話で、昔は他所の別のゲーセンに遠征しに行ったりするのは日常茶飯事だったとか、どこどこの有名プレイヤーを返り討ちにしたとか色々武勇伝を聞かされたものだ。
 今でも一部有名なゲーセンではそういう風潮は残っているが、やっぱり俺にしてみればそんなバチバチしていた時代にこそ憧れたほどだ。
 そんな修羅の時代は過ぎ去っていても、やっぱり大会となれば地方から出てきたプレイヤーが、遠征気分で都会の有名ゲーセンに顔を出して大会に乱入したりしていたり、別のホームのプレイヤーが上京勢を目当てに集まったりと、なんだかんだで格ゲー熱はあったんだよな。ゲーセンによっては東西プレイヤーに分かれた団体戦みたいなのを企画してネットで中継していたりもしたっけ。
 チェリーさん達のやり取りを見てると、「あいつ強いんですよ」と紹介されて「俺のほうが強ぇし!」と臆面もなく言えたあの時代に戻ったような感じがして……いやまぁ、この歳でそんな事堂々というのはもう無理だけど。
 でも、うん……やっぱり俺はこういうのが好きみたいだ。

「そういえば、この大会で試してみたいことがあるって言ってたけど、どうだったの?」
「いや、さっきの試合はまだ試すとかそういう以前の問題だったからな」

 一応実践はしてみたが、正直さっきの試合ではほとんど意味を成してなかった。
 もうすこし、せめてガッツリ打ち合える相手じゃないとな。

「お? 何の話だ?」
「なんかキョウくんがこの大会で勝負感を取り戻すために試したいことがあるって言ってたから」
「へぇ? 何だよ、もう勝負事は良いやとか言ってたくせに、やっぱり本腰入れ始めたのか?」
「まぁ、チョット思う所あってな」
「そんなこったろうと思ったがな! お前スゲェ負けず嫌いだし」
「む……」

 ソレについては、まぁ、正しいので反論の余地がないな。
 俺がもっかい本気出してみようと思うようになったのも、理由はいくつかあるが、最大のきっかけはやっぱりキルシュに惨敗したことだからな。
 
「何企んでるのか知らないが、全部終わったら教えろよ?」
「大会が終わったらな」

 正直、ちょっとSAD……というよりも運営側には言いにくい内容なんだよな。ズルしてるわけじゃないから、駄目と言われることはないとは思うが、今回の運営意図とはずれちまった内容なんだよな。
 とはいえ、試すとしたら今はALPHAでやるよりも、こっちで確かめることに意味があるからなぁ。
 まぁ、文句の一つは言われるかもしれないが、そこは甘んじて受け入れよう。
 しかし、たとえ怒られるかもしれなくても、やはりコレはどうしても試しておきたい。普段俺はALPHAに引きこもってるから、これだけ人が集まって安全に対戦ができる機会はあまりないからな。

「目当ての相手とバチバチするのは構わんが、それに目を取られて予想外の相手に足元掬われるなんて馬鹿なオチつけるんじゃネェぞ?」
「わかってるって、俺が何度トーナメント経験あると思ってるんだ」
「私もつい最近大会やったばかりなんだから、そうそう油断なんてしやしないって」
「ならいいけど……」

 俺も明らかな格下相手に派手に勝負を荒らされて、つまらん負け方した経験あるから、割と本気で心配してるんだけどなぁ。
 まぁ、今の注意である程度意識はしてもらえたと思うし、強い事には間違い無いから油断しなければ大丈夫か。
 なんて注意してる俺も、荒らしにだけは注意しねぇとな。
 そろそろ運だけで勝ち残れる奴も限られてきてるし、もう一段階気を引き締めるか。



 なお、その次の俺の試合はといえば、勝手に飛び回って勝手にバテた相手をボコって終わった。
 アレだけ無駄な動きを繰り返せば、そりゃ疲れて動きも鈍るってもんだ。
 俺がエドワルトなんかを相手に飛んだり跳ねたりしてたのは、レベル差があり過ぎて防御が出来なかったからで、それでも最低限の動きでああだったんだ。大した意味もなく走り回ってたわけじゃないんだなぁ、これが。
 まぁ何が言いたいかと言うと、結局何も試す前に終わったっていう話。

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