ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百八十九話 戦い終わって

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 第一回PvP大会は、優勝は俺。準優勝はSADという結果で幕を下ろした。
 ステージのほうは全く気にする余裕がなかったからどうなっていたのかはよく判らんが、どうやらイベントは大盛況の内に終わった……らしい。
 らしいというのは、あまりに疲れすぎてて、閉会式のこととかほとんど頭に入ってないからだ。というか、あまりの眠さに危うく意識が落ちかけた。
 なんかクフタリアの時もそんな感じだったが、今回はちゃんと勝ったから腑抜けてただけの前回とは違う……はず。

 でもまぁ、ところどころ覚えてはいるんだけどな。
 ダルい身体をなんとか押して、ステージに上るまでの事や、なんか勝利者インタビューみたいなので、まともに答えるのがしんどくて、適当に『レベルとかでは負けてるけど、プレイヤースキルでは勝ってるって証明できたから!』とかSADを煽りまくった記憶はある。
 かなーりいい加減な受け答えになってた気がするが、割と周りはエキサイトしてる感じだったし、まぁ盛況で終わったのなら良かった良かった。

 無事イベントも成功し、大盛りあがりのまま打ち上げがあるからという事で解散した時は、どうせならこのままコッチで打ち上げやってきゃいいのにと言ったら、ゲームじゃ飲んでも酔っ払えねぇから! って爆笑された。
 まぁ確かに、よく考えたら普通の人は、ゲーム内で飲み食いしても腹ぁ膨れねぇんだよな。
 爆笑していたディレクターはGMアバターの人に何か後ろに連れて行かれたが、まぁ気にしないでおこう。
 ……というか、よく考えたらALPHAなら兎も角、コッチの飯はなんか味を感じないマズ飯なんだったな。腹は膨れるかもしれんが、確かにアレ食っても盛り上がることは出来ねぇわ。
 最近ALPHAでの生活に馴染みすぎて感覚が麻痺してるんだよな。

 そんなわけで、リアル側の打ち上げに参加できるわけもなく、もはや何も考えず事前打ち合わせで使った宿の部屋に戻り、布団に潜り込んだ瞬間意識は持っていかれ、目が冷めてみれば……

「すぅ……すぅ……」

 腹の上で豆柴みたいになったハティが丸くなり、横ではエリスがお昼寝中という状態だった。

 ハティを起こさないように身を起こそうとして――

「あだだだだ……」

 身体の節々がバキバキいいながら軋むものだからつい声が出ちまった。
 このアバターになってからは普段から運動は欠かさないようにしてるんだが、それでもこうなるってことは、それだけ無茶したってことなんだろうなぁ。

 そんな風に悶てれば流石にハティも目を覚ますし、隣で寝ていたエリスも俺の声で目を覚ましてしまったらしい。

「あふ……おはよ、キョウ」
「おう、おはよう。起こしちまったな。悪い」
「んーん、大丈夫。よく寝たから」
「そっか」
「ワン」

 そう言って起き上がったエリスと一緒に身を起こそうとして

「いだだだだだっ」

 また身体がバキボキ言って、身悶える羽目になった。
 こりゃ、今日一日はゆっくりと寝て過ごしたほうが良さそうだな。

「そういえばチェリーさんは?」
「わかんない。昨日の夜に、ちょっと野暮用があるからって何処か言っちゃった。今日の夜には戻ってくるって言ってたけど」
「うーん、そっか」

 まぁ、見当たらないってことはログアウトしてるんだろう。
 多分、野暮用って打ち上げの事だろうな。夜までってのは何か用事があるって事だろうけど。最近寝てる時以外常に一緒にいるし、食事やトイレはうまいこと人目につかないタイミングでササッと済ませてるらしいけど、買い出しに行く時間とかは殆どなかったはずだ。案外、この機会に食料とかまとめて買い込んでたりしてな。

 せっかくだし、俺たちも合流までに買い出し……をしてもALPHAに持っていけないから意味ないな。素直に休むか。

「エリスー。俺ちょっと身体バッキバキで動けないから、今日は好きに遊んできていいぞー」
「ほんと? じゃあご飯食べたら遊びに行こっか、ハティ」
「ワン!」
「でも、夜にチェリーさん戻ってくるなら、日が沈む前にはちゃんと戻ってこいよ?」
「はーい」

 あぁ、そうか。エリスやハティはコッチで普通に飯を味のある食い物として食べられるんだった。
 元々ゲーム内で生まれたAIと、外部接続の俺とは色々と感じ方が違うんだろう。
 そもそも封印されてる機能が使えてる時点でイレギュラーなんだし、本来であればこっちでも味を感じる機能自体はあるけど、不具合が出ているって可能性もなくはないが……まぁそんなのは考えても分かるわけ無いか。

 幸い、コッチでは俺はいろいろな感覚が希薄になっていて、それは痛みだけでなく食欲なんかも含まれてたりするわけだが、昨日の疲れが溜まっているのか、珍しくコッチに居るのに空腹を腹が訴えている。
 美味くはないが、俺も何か腹に入れるべきか……?

「よし、ちょっくら飯を……」

 バキバキボキ――

「うぐぐ……」

 だめだ、身体バキバキ、ダルダルすぎて、まともに動く気にならん。
 エリス達は……もう行っちまったか。こんな事なら先に何か食いもん取ってきてもらえばよかった……
 ううむ……今からでも……よし、やっぱり寝よう。
 そうして、何ともなしに天井を眺めていて、一日置いたからなのか、今更に実感する。

「やっと、勝ったなぁ」

 SADに対してという意味だけじゃない。
 ここ最近、強敵相手にはずっと勝てないでいた。
 緋爪のアサシン野郎とは引き分けみたいなものだったし『鬼』なんてのはもう論外。狂信者は死んだふりに引っかかって完全な負けだったし、キルシュとは実力差がハッキリしてた。
 バジリコック以来で初めて一対一での強敵相手の勝利じゃないだろうか。しかも、レベル差がありすぎたとはいえ一度コテンパンにされた相手に対しての勝利。
 これまでの一対一で自分は勝てないという考えを払拭できるという意味でも、コレは大きな価値のある一勝だ。
 俺はようやく、これで前向きに進める。そんな様な気がする。
 そんな事を考えている内に、意識は微睡んで――


  ◇◇◇


「……む?」

 外が暗い。
 一晩寝た後なのに、二度寝で夜まで爆睡とか、よっぽど疲れが溜まってたんだな。
 まぁ、あの決勝は色々と出し切った感があるからなぁ。キルシュの時も打てる手全て出しつくして負けたけど、やっぱり、同じくらいの強さのやつと戦うのが一番出し切った感が強いってことか。
 『一矢報いてやる』と『絶対勝つ』って気分の違いなのかね?

「あ、起きた?」
「うぉあ、びっくりした!?」

 居たんかよ!? 明かりがないからてっきり一人だと思ってたわ!

「ちょっと、人の顔見て驚きすぎじゃない?」
「いや、居るとは思わなかったんだって。何で明かりつけてないんだよ……」

 心臓止まるかと思ったわ。

「明るくして起こしたら悪いかなって」
「いや、まぁ……う~ん?」

 気遣い? どうせチェリーさんの事だし、俺を驚かせようとやったとしか思えんが、まぁいいか。

「エリス達は?」
「食堂でで食事中。私はインする前に済ませてきたわ」

 うん……?

「そっか……」
「……? どうかした?」

 どうしたと言われても、なんと答えたら良いのかよく分からんのだよな。
 雰囲気に違和感があるというか……何がおかしいのかまでは良く分からん、ただの勘みたいなもんなんだが。

「いや……何かあったかなって」
「え……? 何かって、何が?」

 ソレは俺が聞きたいんだけど……まぁ、何もなかったならソレに越したことはないか。

「あ、いや。何でも無いなら良い。気にしないでくれ」
「ふぅん……? 参考までに、どうしてそう思ったか教えてもらえる?」
「ん? コレといった確信があった訳じゃないけど、チェリーさんって基本的に誰かと話すときって笑って話すじゃん? でも今日は珍しく無表情だったから、何か溜めてんのかな? って」

 無表情とは違うか。そっけないと言うか……普段はコミュ力の高さ故か、そういう態度って見せたことなかったから、余計際立ったっていうか……

「え? そんな分かりやすくいつもと様子違った?」
「うん。そういうのに鈍い自覚がある俺が築く程度には」
「あ~……そっかぁ。これでも演技派だと思ってるんだけどなぁ、そこまで出しちゃってたかぁ」

 出してたっというより、出してないっていうか……
 珍しいな。気付いてないのか? チェリーさんはこういうのに敏感だと思ってるんだが。
 ソレくらい溜まってるってことなのか……?

「まぁ、アレだ。プライベートに踏み込む気はないから……」
「何いってんの。これだって半分以上はプライベートでしょ? 今更気を使わなくて良いの。でもバレちゃってるとはなぁ……不覚だわ。意外と人を見てるんだねキョウくんって」
「いや、それはどうだろう? 人の名前とか全然覚えられないし、そこまで人の事とか見てないと思うけど」
「ホントに~?」

 いや、まじで人の名前と顔を覚えられないからな俺。
 5回位会って、やっと覚えるくらいな。よっぽどインパクト強い奴じゃないと、何でかすぐ忘れちゃうんだよな。何でだろ?
 ラブコメ漫画とかで未だに時折見かける髪切った?的なイベント。絶対気付ける気がしないぜ。

「まぁ、バレちゃってるならぶっちゃけちゃうけど……打ち上げの時にちょっと。ほら、私達って営業で外面よく接するじゃない? それで勘違いしたのか……ねぇ?」
「あー、そういうのって実際あるのな」

 フィクションの中の話だと思ってたわ。

「あるわよ~? 飲み会とかね、普通の会社でも結構あるみたい」
「冗談でそういう事くらいなら『セクハラですよ~』って感じであしらうんだけど、たまにねぇ……」
「それでイラッとしたのを引きずってたって感じ?」
「そ。ごめんね? コッチでまで引きずって来ちゃって」
「いや、謝ることないけどさ。そういう悪い気分にさせないようにって気を使ってるだけ上出来というかね。でもまぁ、そういう事なら納得したよ。ホント、あれ、いつもと反応違うな? くらいに思ってただけだから」
「そっか、じゃあそういうことにしといて」
「おう」

 あれ、何でこんな話になったんだっけか?
 何か別のことを聞こうとしてた気が……

「あ、キョウ起きてる!」
「ワン!」

 あ、そうだ。エリスが飯に行ったとか聞いたところだったんだ。
 そこから何聞こうとしてたんだっけか? ……まぁエリス立ち戻ってきちまってるし良いか。

「あ、そうそう。SADさんからキョウくんに伝言」
「俺に?」
「『ALPHAで出会うことがあったら、本気装備の全力でもう一度勝負しろ』……だって」
「アイツ、俺はALPHAで怪我したらエライことになるって事完全に忘れてるんじゃないか?」
「そんな事が頭からスッポ抜けるくらい、悔しかったって事でしょ。打ち上げの時色々聞いたけど、かなりキョウくん対策してきてたみたいだし」

 だろうな。
 決勝のときだけ、明らかに準決勝までと戦い方が違ったし、完全に俺専用の戦い方を組んできてたんだろう。

「殺し合いにならない程度なら……って感じに返しといてください」
「うん。メールでそう伝えとくね」

 確かに互いに最良の条件でやったら……というのは俺も興味がある。
 ただ、試合なら別に構わんが、知り合いと全力の殺し合いとか流石にゾッとせんからな。
 
「さて、それじゃ全員揃ったし、向こうに戻るか」
「あら、お急ぎ? てっきり一晩泊まってからかと思ってたんだけど」
「いやぁ……コッチの飯は口に合わないと言うか……」
「そういや、そんなこと言ってたわね。という訳だけど、エリスたちもそれで構わない?」
「うん。お昼たくさん遊んできたしね」
「ワン!」

 反対意見は特になし。 

「……というわけで、特に反対もないみたいだし、私も別に何か用事があるわけでもないから、キョウくんの希望通り、ここはさっさと戻るとしましょうか」

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