ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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三章

百九十八話 お勉強

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「ねぇ、キョウくん。さっきの会話からして、この文字が400って意味だよね?」

 準備のために宿へと帰る道すがら、唐突にチェリーさんからそんなことを聞かれた。
 手には皮紙の切れ端。書かれていたのはこちらの文字で400で合っている。チェリーさんは読み書きできない筈だが……形で覚えて書き写してきたんだろうか?

「そうだな。これが4で、これがゼロ。数字の並びなんかはローマ数字と変わらないからそのまま読めるよ」
「ぐぬぬ……やっぱり。キョウくん!」
「はい!?」

 突然どうしたんだ!?
 先を歩いているエリスとハティも何事かと振り向いてきたが、チェリーさんが何でもないと手を振る。
 そして今度は大声にならないように耳元で……

「読み書きを教えてください……!」
「え、なんで今更……? 大会登録の時も代筆で良いやとか開き直ってなかったっけ?」

 実際、こちらではそれで大抵は何とかなるはずだ。
 会話での翻訳はほぼ完ぺきだし、識字率の低さもあって、そもそも文字が使われている事自体が少ない。
 もしそれでも文字を覚えるというのなら、大会受付で代筆しなきゃ名前も書けなかった時点でそう思うのが自然だと思うんだが……それが、なんでこのタイミングで文字なんかを覚えるという考えになったんだ?

「私の槍の値段……」
「ん?」

 確か祭りの時に武器屋回ってチェリーさんが一目ぼれしたんだよな。
 確か140万……ってまさか?

「160万で買わされた……」
「うわ……」

 バッチリカモられていた。
 読み書き覚えた理由の一つはまさにそういう詐欺的な何かに騙されない為でもあったんだが、実際に身近な人間が被害にあっていると、覚えておいてよかったと心から思わされるな……

「だって、店が詐欺って来るなんて思わないじゃん!?」
「まぁ、普通ゲームの中での商店ってNPCという窓口を介した自動販売機みたいなものだからな。でも、このゲームはなぁ……」

 この世界の場合人間と同等の思考力を持ったNPCが経営している。つまり、相場変動で値段が変わったり、悪意を持った詐欺をする奴も出てくるという訳だ。

「槍に関しては本当に気に入ってるし、買ったことに後悔は無いんだけど、それでも詐欺られた事が許せないし、何よりも堂々とカモにされた私自身の迂闊さが許せない……!」
「あ~……なんとなくわかる」

 誰かに相談すれば簡単に回避できた致命的なミスって、間抜けにもミスを犯した当時の自分の事が何よりも許せなくなるんだよな。俺も『あの時の自分をぶん殴ってやりたい』と何度思った事か……

「まぁ、別に文字を教えるくらいなら構わんよ」
「ごめんね、これからレベリング頑張ろうって思い始めた矢先にこんなこと頼んじゃって……エリスちゃんに頼むのもアリなんだってわかってはいるんだけど、小さな子ともに文字を習うっていうのは流石にプライドってよりも、絵面の情けなさ的に……ね?」
「俺も詐欺とかが怖くて習い始めたって部分もあるしな。気持ちはわかるから気にしなくていいよ。どうせこれからは一蓮托生だ。文字を覚えて財布を任せられるならそれに越したことは無いし」

 金もハイナ村じゃ流通してなかったから、都に上ってから詐欺られるの覚悟で銅貨や鉄貨の価値を一つ一つ確認していったなぁ。

「あれ? でも、チェリーさんは金自体の単位とかは普通に知ってるのな?」
「え? ああうん。お金に関してはβの時に硬貨もアイテム扱いなのかポップアップが表示されて価値が分かるようになってたのよ。だからお金の単位は割とはっきり覚えてる」
「あぁ、なるほど」

 製品版やってるプレイヤーは金とかどうやって使うのかと思ったら、そういう救済措置はちゃんと取られているのな。
 これは他のテスターとかもこっちで金の単位で困ったからフィードバックがあったんだろうな。

「向こうでの文字の読み書きに関してはどうなってんの?」
「店の看板とか、重要そうなメッセージはポップアップで翻訳されてたけど」

 製品版だと書き文字も翻訳できるのか。
 正直その機能をこっちにも逆移植してほしいんだが……まぁ最新の本家版とはシステムが色々違っちゃってるとは聞いたし、無理なんだろうなぁ。

「看板とか重要そうなのじゃなくて、そこら辺の一般人の使う文字とか手紙とかは?
「そこら辺の文字がどうだったかは気にしたことが無いからよく覚えてないかな」
「そりゃそうか」

 普通、クエストと関係ないNPCの手書き文字なんて気にする人は居ねぇか。
 まぁ、昔は俺もRPGゲーム内の人工言語を解読しようとしてたりしてたから、全く居ないとは言えないが、間違いなくマイノリティーだよな。

「それじゃあ、エリス達が寝た後にでも。寝る前の勉強しましょうか」
「恩に着るわ! ありがとうキョウくん!」
「うお!?」

 またこんなあっさり抱き着いて……!
 相変わらずスキンシップ過剰というか、いくら生身ではないアバター同士っつっても主観視点だから多少意識はすると思うんだがなぁ。俺の場合は感覚まで完全再現されてるせいでもう色々と溜まらんのだが……
 コレはあれか? 異性として完全に度外視されてるのか? それはそれでちょっと切なくなってくるんですけど。
 まぁ、俺が惚れたところでゲームから出られないから、リアルには触れる事すら出来ないんだけどな。
 アイドルと付き合うことを夢見るドルオタ以上に成就の目が無い。例えるなら二次元に惚れるようなもんだわな。
 つか、チェリーさんの場合ガチのアイドルみたいなもんか。声優だけど。

「ほれ、離れんさい。チェリーさんの方が意識しなくても、こっちの方はそんな抱き着かれたらムラムラするから」
「あらら、これから旅するんだし、適度にヌイておかないとだめよ? なんなら手伝う?」
「いや、勘弁してくれよ。それ頼んで次の日顔合わせたら、どんな顔で接すりゃいいんだよ俺」
「別に今まで通りで良いんじゃない?」
「いや無理だから!」

 つか、仮にも現役の声優が気軽にヌくとか言ってんじゃねぇよ。ファンに知られたらどうすんだよ。

「多少は耐性ついたと思ったのに、相変わらずウブねぇ……今後何があるか分からないんだし、こういうのにも慣れとかないと美人局とかに引っ掛けられちゃうかもしれないわよ?」
「ウブっつか、ただのヘタレなだけだよ。でもまぁ……そうか」

 美人局ねぇ……女連れでそういう場所に近づくつもりはないけど、確かにそういう可能性も無くはないのか?
 でも、そういうのに狙われたら……
 自分で言うのも何だが、引っかかりそうだなぁ俺。

「まぁ、私たちが近くに居るからよっぽど大丈夫だと思うけど、いい加減もうちょっと女に慣れた方がいいと思うよ?」
「慣れるっつっても……なぁ?」

 別に俺は女が苦手な訳じゃないと思うんだが……
 単に密着したりするとちんちんイライラして意識しちまうってだけで、それ位は別に普通……だよな?

「なんなら私が手伝おうか? 文字教えてもらうお礼代わりに」
「手伝うって、どうするんだ?」

 また、一緒に風呂入ったりすんのか?
 チェリーさんから散々不意打ちに風呂乱入や添い寝やられたりして最近はパニクることは無くなったけど、アレ普通に目のやり場に滅茶苦茶困るんだよな。
 ……確信犯だから俺の視線とかモロばれだし、その都度指摘されると精神的にかなりきついんだよ。

「う~ん……慣れるのに手っ取り早い方法といえば、そりゃ恋人ごっこでしょ」
「…………は?」

 恋人ごっこ?
 つうと、ラブコメとかでよくあるアレか?
 あーんとかなんとか、実際ではマジでやるのかよっていう、あのイベントだよな?
 アレをやるの? 俺が? チェリーさんと?
 というか、もっと別の方法があるだろ。恋人ごっことかハードル高すぎるわ。

「いや無理だろ。無理無理」
「えー? なんでよ」
「無理! 恋人ごっことか想像しただけで恥ずかしくて死ぬわ」

 ごっことかって、普通にやるよりはるかに恥ずかしいんだよ。
 恋人とかなったことないから実際には比べようもないんだけど、ラブコメの恋人ごっこのシーンとか見てるだけでもにょもにょしてくるんだよな、あれ。うれし恥ずかしとは言うが、嬉しい成分2%に対して恥ずかしい成分98%みたいな感じだ。

「何を想像してんのか、まぁ何となくは分かるけど……多分想像してるような、そんな甘々空間になる訳じゃないわよ?」

 うん?

「そうなん?」
「というか……って、まぁその辺はこの依頼が終わってからね」

 おっと、気が付けば宿屋についていた。
 確かに今は準備を整えるのが先か。

「さっさと準備して、まずは今回の依頼をクリアしましょ。私もこっち側でのダンジョンアタックは初めてだから何気に楽しみなのよね。今後の話はそれからね」
「おう、まぁそうだな。まずは目先の依頼……」

 ……あれ? 恋人ごっこが確定事項な流れになってない?
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