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四章
二百十二話 ライラール伯、察する
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◇◇◇
「お前達! 何があったのだ?」
「こ、これはライラール伯爵閣下!」
ヨアヒム司教の申し出によってクフタリアの兵を率いて遺跡へ出向いてみれば、丁度中から事前探索に参加している筈のカインの部下たちが飛び出てくるところだった。
焦った様子からしてみても、ろくでもない事が起きたのは想像できる。
「探索中に襲撃を受けまして、カイン様の指示で非戦闘員は遺跡を脱出して事態を街へ伝えるようにと……」
「なるほど、偶然とはいえ、ここを訪れたのは良いタイミングだった様だな」
この状況で襲撃。チラリとヨアヒム司教に視線を送ると頷きで帰ってくる。
「それで、お前達を襲った者はどのような者だったのだ?」
「場が混乱していたので詳細までは判りませんが、私の目には見たことの無いな機械弓を持ったサルヴァの僧侶の様に見えました」
最早可能性云々の話ではないな。確定だ。
調べるまでもなく件のハインリヒとやらが襲撃を駆けてきたという事だろう。
「なるほど、サルヴァの僧侶。これは間違いないようですな」
「そのようです。我が国の者が大変な事を……この事については、後日正式な謝罪と賠償をさせて……」
「その話は全て終わってからだ。まずはその慮外者を捕らえる」
「心得ております」
本来であれば、たとえ罪人であっても宗教国家の司祭を害すれば、いろいろと面倒な話に発展するところだが、今回は事態収拾の依頼人はさらに上の司教からだ。
外交的な面倒ごとを気にする必要は無いだろうが、そうなると逆に逃してしまう事で別の面倒が起きそうな気もするな。
「さて、それではここで戦力を二つに分ける。お前たちはここで中から誰も逃がさない様にせよ。残りは私と共に中に入る」
「あの、ライラール伯は危険な遺跡内に入らずここで指揮を執るべきなのでは……?」
「そうかヨアヒム殿は本国からの出向であったな。なに、これでいて若い頃は色々やんちゃをしておってな。自慢ではないが領内ではこれでもそれなりに腕が立つと知られておるのよ。少なくともここに居るどの兵よりも腕は立つさ」
「それならば、まぁ良いのですが……」
最近は嗜み程度にしか握らなくなったが、それでも錆つかない程度には身体は動かしている。
流石に20年前のような無茶は出来んだろうが、そこいらの賊程度には簡単に遅れは取らないと自負している。
「調査自体は終わっているのか?」
「巣食っていた魔物は遺跡外で一体、中でさらに大型の魔物を一体撃破しているので脅威は排除されています。今、中で暴れている暴漢さえ鎮圧すれば……の話ですが。マッピング自体は推定ですが全体の七割といった所です」
「なぜ推定なのだ?」
「一部区画を探索していた班が帰還していません。状況から見てあの僧侶によって皆殺しにあったと……」
「そうか……分かった。行方不明者については我々が捜索を行う。探索班はそのまま街へ帰還して良し。予定通り中で得た情報を纏めよ。後日再び本格的な探索を行う際の資料作成も行うように」
「ハっ! 直ちに帰還します!」
事故であればともかく、襲撃と同時に未帰還者が出てしまった。死亡したと決まった訳ではないが、状況的に生きていない確率の方が高いだろう。そして、襲撃を受けた上でカインの指示で撤退してきたというし、僧侶だと言い切っていた当たり、探索班の殆どが襲撃者をの素性人相を目撃ている筈だ。
流石にこれはもう誤魔化しがきかない。ただの襲撃であればともかく死者が出ているとなると、参加した隊の者や家族が納得しないだろう。
「残念ですが、穏当に口裏を合わせる……といった道はもう無いと理解していただきたい」
「はい、大変残念ですが致し方ありません。まさか、非戦闘員を手にかけるほど堕ちているとは……以前は多少頑固で人の話に耳を傾けないところはあっても、殺生に走る様な男ではなかったのですが」
「だが、現実として良くない事を起こしてしまっている。人が変わるのに時間や理由はそこまで必要ではない。人はきっかけさえあれば一晩で変貌するものだ」
「おっしゃる通り……ですな。正直な話納得はしたくはないですが」
納得……か。
この御仁からしてみれば、思惑を自らの手勢の裏切りによって全てご破算にされたような物だ。確かにそれは納得出来るようなものではないであろうな。
カインからの報告で、決してこの司教殿も清廉潔白と言えるような者ではない事は判っている。だが、やり方が回りくどくても荒事で波風立てるような者ではない。念入りな根回しと事前準備で相手の権利を削り取っていく、そういう人物だという調べはついているのだ。
周到に物事を運ぶこの御仁のような性格であれば、特にこういった独断専行による想定の崩壊は我慢ならない状況であろう。
そういう意味で、今回に限って言えばこの男は敵に回らないであろうと安堵感はある。
「では行くぞ。進軍を再開する」
ならば、後顧の憂いに煩わされることなく、面倒ごとに集中できるというものだ。
「それで、先ほどの話に戻りますが、その司祭の持ち出した武装とは一体何なので?」
「神殿騎士の中でも限られた者に貸与される聖鎧と呼ばれる強化鎧です」
◇◇◇
「お前達! 何があったのだ?」
「こ、これはライラール伯爵閣下!」
ヨアヒム司教の申し出によってクフタリアの兵を率いて遺跡へ出向いてみれば、丁度中から事前探索に参加している筈のカインの部下たちが飛び出てくるところだった。
焦った様子からしてみても、ろくでもない事が起きたのは想像できる。
「探索中に襲撃を受けまして、カイン様の指示で非戦闘員は遺跡を脱出して事態を街へ伝えるようにと……」
「なるほど、偶然とはいえ、ここを訪れたのは良いタイミングだった様だな」
この状況で襲撃。チラリとヨアヒム司教に視線を送ると頷きで帰ってくる。
「それで、お前達を襲った者はどのような者だったのだ?」
「場が混乱していたので詳細までは判りませんが、私の目には見たことの無いな機械弓を持ったサルヴァの僧侶の様に見えました」
最早可能性云々の話ではないな。確定だ。
調べるまでもなく件のハインリヒとやらが襲撃を駆けてきたという事だろう。
「なるほど、サルヴァの僧侶。これは間違いないようですな」
「そのようです。我が国の者が大変な事を……この事については、後日正式な謝罪と賠償をさせて……」
「その話は全て終わってからだ。まずはその慮外者を捕らえる」
「心得ております」
本来であれば、たとえ罪人であっても宗教国家の司祭を害すれば、いろいろと面倒な話に発展するところだが、今回は事態収拾の依頼人はさらに上の司教からだ。
外交的な面倒ごとを気にする必要は無いだろうが、そうなると逆に逃してしまう事で別の面倒が起きそうな気もするな。
「さて、それではここで戦力を二つに分ける。お前たちはここで中から誰も逃がさない様にせよ。残りは私と共に中に入る」
「あの、ライラール伯は危険な遺跡内に入らずここで指揮を執るべきなのでは……?」
「そうかヨアヒム殿は本国からの出向であったな。なに、これでいて若い頃は色々やんちゃをしておってな。自慢ではないが領内ではこれでもそれなりに腕が立つと知られておるのよ。少なくともここに居るどの兵よりも腕は立つさ」
「それならば、まぁ良いのですが……」
最近は嗜み程度にしか握らなくなったが、それでも錆つかない程度には身体は動かしている。
流石に20年前のような無茶は出来んだろうが、そこいらの賊程度には簡単に遅れは取らないと自負している。
「調査自体は終わっているのか?」
「巣食っていた魔物は遺跡外で一体、中でさらに大型の魔物を一体撃破しているので脅威は排除されています。今、中で暴れている暴漢さえ鎮圧すれば……の話ですが。マッピング自体は推定ですが全体の七割といった所です」
「なぜ推定なのだ?」
「一部区画を探索していた班が帰還していません。状況から見てあの僧侶によって皆殺しにあったと……」
「そうか……分かった。行方不明者については我々が捜索を行う。探索班はそのまま街へ帰還して良し。予定通り中で得た情報を纏めよ。後日再び本格的な探索を行う際の資料作成も行うように」
「ハっ! 直ちに帰還します!」
事故であればともかく、襲撃と同時に未帰還者が出てしまった。死亡したと決まった訳ではないが、状況的に生きていない確率の方が高いだろう。そして、襲撃を受けた上でカインの指示で撤退してきたというし、僧侶だと言い切っていた当たり、探索班の殆どが襲撃者をの素性人相を目撃ている筈だ。
流石にこれはもう誤魔化しがきかない。ただの襲撃であればともかく死者が出ているとなると、参加した隊の者や家族が納得しないだろう。
「残念ですが、穏当に口裏を合わせる……といった道はもう無いと理解していただきたい」
「はい、大変残念ですが致し方ありません。まさか、非戦闘員を手にかけるほど堕ちているとは……以前は多少頑固で人の話に耳を傾けないところはあっても、殺生に走る様な男ではなかったのですが」
「だが、現実として良くない事を起こしてしまっている。人が変わるのに時間や理由はそこまで必要ではない。人はきっかけさえあれば一晩で変貌するものだ」
「おっしゃる通り……ですな。正直な話納得はしたくはないですが」
納得……か。
この御仁からしてみれば、思惑を自らの手勢の裏切りによって全てご破算にされたような物だ。確かにそれは納得出来るようなものではないであろうな。
カインからの報告で、決してこの司教殿も清廉潔白と言えるような者ではない事は判っている。だが、やり方が回りくどくても荒事で波風立てるような者ではない。念入りな根回しと事前準備で相手の権利を削り取っていく、そういう人物だという調べはついているのだ。
周到に物事を運ぶこの御仁のような性格であれば、特にこういった独断専行による想定の崩壊は我慢ならない状況であろう。
そういう意味で、今回に限って言えばこの男は敵に回らないであろうと安堵感はある。
「では行くぞ。進軍を再開する」
ならば、後顧の憂いに煩わされることなく、面倒ごとに集中できるというものだ。
「それで、先ほどの話に戻りますが、その司祭の持ち出した武装とは一体何なので?」
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