ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百四十四話 押し掛け

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「で、これはどういう訳だ?」

 疲れが溜まっていたからか、いつもなら朝の鍛錬を行う時間を余裕で寝過ごし、それこそ泥のように眠りこけて目覚めてみれば気分爽快。
 いい気分でメシのために階下へ降りてみれば、そこに待っていたのは

「昨日は大変申し訳有りませんでしたぁっ!!」

 シアに向かって平伏している昨日の酔っ払いだった。
 いや、もう酔いが冷めているようだから元酔っぱらいか。昨日の勢いはどこへやら……いや、勢いはあまり変わってないが向いている方向は真下、全力の土下座だ。
 ……というかこの世界にも土下座なんて物があったのか。ここ、ヨーロピアンな港町なんだが。

「まだイビってんのか? 意外と粘着質だったのなお前」
「アホなことを言うな。此奴が勝手に押しかけてきて這いつくばっておるだけじゃ」

 自主的な土下座らしい。
 しかし、コイツはどうしたんだ? 昨日とはまるで雰囲気からして別人のようなんだが……

「とりあえず話だけでも聞いてみたらどうなんだ?」
「言われんでもそう思っておったわ! 突然押しかけるなりこの様子で、口を挟む間もなかったんじゃ」

 なるほど、俺が居合わせたのとほぼ同じ時間に向こうも押しかけてきたって訳か。
 さっきの土下座が第一声とかゴツすぎる……

「……で? お主は何をしに来たんじゃ?」
「……釈明を」
「ほう、釈明とな? 賠償の間違いではないのか?」

 エグっ!
 土下座謝罪受けてんだから、手心くらい加えてやれよ……と、俺も普段なら言うところだが、正直俺が一番被害受けてるからな。同情の念が全く湧かん。

「賠償するかはともかくとして、まずは釈明が必要だとおもっ……いまして」

 まぁ、言ってることはそれほどおかしくはない。
 というか、切り出しとしては至ってまともな感じではある。むしろ、経緯を知らない人間が見たら、どう考えてもシアのほうが悪役……というか完全にヤクザだ。
 
「ふむ、それで? お主の昨日の醜態、どう説明してくれるんじゃ?」
「そもそもの理由は、仕事がうまく行かず苛立ちを酒で誤魔化している時にあんたを見かけて、つい酒で気が大きくなって話しかかけてしまったのがそもそもの原因だ……です」
「ふむ……? 何でそこで儂に話しかける必要があった?」

 そこだよな。面識はなかったはずだ。なのにどうしてシアへ喧嘩を売るような流れになったんだ?

「俺達は今まで必ず依頼達成するという事で名を売ってた……ました。ただ、今回の護衛依頼で依頼主の裏切りなんて想定外の形で俺たちの経歴に泥を塗るはめになっちまいまして……その嫌な記憶を払拭するために、女の一人旅をしているように見えたアンタに護衛依頼の声をかけて……」
「で、酒で気が大きくなって言いたい放題……と言うわけか」
「はい……」

 酒怖っわ。
 アルコールで身を持ち崩すやつの典型みたいな失敗だなこれ。
 俺は特別酒に強いというわけではないが、弱くもないし、酒は嗜む程度にしかやらないからあまり危機感はないが……
 やはり酒はリアルでも物語でもトラブルの種というわけだ。酒とトラブルはそれこそ神話の中にも出てくる超メジャーな取り合わせだからな。
 ……まぁ、神話も物語っちゃ物語なんだが。

 しかし、依頼主の裏切りねぇ……? 俺はその場を見てないから、この話が本当なのかで任せなのかは判断つかないが、もしそれで自分の業績に泥がついたとしたら……まぁ、荒れるのは判らんでもない。
 俺も昔、皆勤賞を上司の無茶な……ってそれは今は良い。

「なるほど、事情はまぁ理解した。それで? あのままこの街を離れるという選択肢もあったはずじゃ。にもかかわらずわざわざ俺等の前に顔を出したんじゃ。何かあるんじゃろう? さて、お主はどう落とし前をつけようと言うんじゃ?」
「それは……」

 やっぱりそこよな。
 基本的にこの世界の住人は悪人ではないが日本人ほど律儀さを持ち合わせていない。昨日のような状況で、わざわざ侘びに来るようなやつはほとんど居ないだろう。大抵はシアが言ったようにトンズラすると思ったほうが良い。
 だがコイツは詫びに来た。なぜだ?

「俺達を、同行させてはもらえないだろうか?」
「……少なくともお主は昨日何があって、結果どうなったのかは知っているはずじゃ。なら解るじゃろう? 旅の守りにお主らの力を借りるまでもないと言うことは」
「それは、……はい、理解しています」
「なら何故同行を望む? 足手まといの護衛なぞ御免こうむるのじゃが?」

 まぁそうだよな。旅の人数が増えれば野盗なり獣なりに襲われる心配は少なくなる。だが、戦力という意味ではコイツは極端な言い方をするとセンスはあっても強さはない。
 コイツはリーダーらしいから、パーティの中でも弱いということはないはず。なら、その程度の戦力のパーティが同行したところであまり役に立つとは思えない。
 それに旅の仲間が増えるのは良いことかもしれないが、人数が増えれば当然移動の足が遅くなる。つまり、コイツ等を雇い入れても今の間まではただの足手まといにしかならない。厳しい言い方になるが、コイツ等を連れて行っても金も時間も何もかもがリスクに見合わないとしか言いようがない。

「……無茶を承知で言わせてもらいたい」

 そう切り出して、視線を向けるのは……俺?

「アンタに、俺達を鍛えてもらいたい」
「……は?」

 何いってんのコイツ? ナニイッテンノ?

「詳しくは覚えていないが、俺はアンタ一人に良いようにやられたらしいじゃないか。俺達はもっと強くなって名を売りたい。売らなきゃならない。だから……」
「ちょ、ちょっと待て!? 俺達は旅人だ。この国にとどまるつもりはないし、今も北に行くための情報収集中なんだ、とても人に稽古つけるような時間は……って、まさか」
「アンタたちをこの国に止めようなんて思っては居ない」

 そういう事かよ。だから同行させろと。
 押しかけの弟子希望って事か。随分と殊勝な態度……でもないか。やってることはかなり強引だし。

「大体な、俺はまだ修行中の身で、人に何かを教えられるような……」
「良いではないか」
「は? 何言って……って、まさか」

 しまった、コイツはスパルタ訓練の鬼。
 初対面の俺を、思いつきで鍛え上げようとするような修行マニアだ。この流れなら当然……

「オウ、お主。プライドを捨ててまで自身を高めようという気概は気に入った。お主の願い、聞き入れてやらんでもない」
「本当か!?」

 デスヨネー
 弟子入り希望者が現れたら、コイツの性格上嬉々として受け入れるだろうよ。

「おい、良いのか? 人が増えると北への行程が……」
「……じゃが、当然見返りはもらう」
「見返り……何だろうか?」


「稽古をつけてやるが、その間の旅の資金……食費や関税等々を儂等の分も含めて全て出してもらう。当然移動の足もじゃ」
「構わない」

 即決かよ!? かなり無茶な要求だと思うが!?
 今の要求、受け取り方だと支払いが青天井なんだが? 絶対に結んじゃいけない詐欺契約に近いぞ。

「ただし、娯楽等は自分たちで用立ててくれ。あくまで度に必要な資金の提供までだ。俺達も無限に金を持っているわけではないからな」

 あ、一応保険は掛けておくのね。それでも、かなり危険な契約内容だと思うんだがなぁ。

「ふむ、まぁそれでよかろう」

 ホラ、シアもシアで指摘されなきゃ黙ったままふんだくる気満々だったってツラしてるし。
 ほんとコエェなこの世界の住人。
 ……いや、日本人が平和ボケしすぎてたってだけか。
 つか、昨日はあんだけキレてたくせに、修行となるとアッサリ弟子入りを受け入れやがったな。どんだけ他人を鍛えるのが好きなんだコイツ。

「……って、アンタばかりが話を勧めてるが、良いのか?」
「何がじゃ?」
「いや、稽古をつけてもらえるのはありがたいが、当の本人が殆ど何も言わず勝手に話を勧めていくのは……」
「何を言っとる。鍛えるのは儂じゃぞ」
「え?」

 まぁ、その反応はよく分かるけどな。
 男女差は置いておくとしても、体格や体つきなんかを見ればシアは全く強そうには見えんし。
 ただまぁ、これから同輩になるようだし、一つ先輩としてアドバイスぐらい送ってもバチは当たらんだろう。

「俺も修行中だって言ったろ。勘違いしているようだから先に言っておくが、シアは俺なんぞより遥かに強いぞ?」
「……え?」

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