ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百五十七話 砂の国Ⅱ

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「よし、今日はしっかりやらなきゃ」

 昨日は船酔いに陸酔いという、デバフ攻勢で気がついたら寝ちゃっていたしね。
 その分しっかり寝たし、懸念していた陸酔いもどうやら浅かったらしく一晩寝てすっかり引いてくれたから体調は万全。
 昨日の分を取り戻すためにも、今日は少し気合を入れよう。
 まずは、何はなくともまずは稼げるようにしておかないと。
 先のことを見据えると、今の手持ちでも1月はなんとかなるだろうけど、この広大な世界で人一人を探すんだから、一月でどうにかなるなんて甘い考えは捨てるべき。
 クフタリアに定住している訳でもなきゃ、闘技大会みたいな稼ぎの良いイベントにそうそう巡り会えるとは思えないしね。
 そもそもハティがこの国に留まって居るかどうかも判らないのだから、先の先まで見据えて軍資金の確保は常にできるようにしておきたいのよね。
 現状、キョウくんを直接探すのは不可能に近い。キョウくんの容姿は現代日本人に比べれば体格が良いほうだけど、特徴らしい特徴はあまりない。黒髪黒目も特別珍しいって訳でもないしね。
 となると、私達が追うべきはキョウくんではなく、目立ち、しかもほんの少しでも足取りの終えているハティの方という事になる。
 その為にも、現状一番可能性の高いこの街で手当り次第ハティの目撃情報を仕入れる必要があるのだけれど……

「という訳で、まずはこの街の協会の支部を探すのが最初のミッションね」
「はーい」

 ちなみに、予めクフタリアのシーマさんからこの国でも協会が活動していることは確認をとってあるので、空振りの心配だけはないのが救い。
 協会に所属しておいて本当に良かった。依頼という形で金銭の稼げる環境がこんなにありがたいなんて。
 冒険者ギルドとか、他のゲームだとジョブ取得条件だったり、ただのイベント上勝手に入ってた感があったけど、これからはちょっと見かたが変わりそう……

 情報収集は王都やクフタリアでそれなりに経験してきた。手慣れた……とまでは行かないけど、それなりにコツのようなものは覚えている。
 どういった所で、どのような情報が手に入りやすいか。特定の印象を見せる人物がどのような言葉で釣れるかといった、ふんわりとした経験値だけど、それらの知識は決して無駄ではないはず。

 面識のない個人を探すわけではなく、公的……協会が公的かどうかはともかく、それなりに知名度のある機関の駐在所だし、在るという事だけでも判っていれば、あとは聞けば答えは帰ってくるはず。
 そう思っての聞き込みだったのだけど……

「チェリー姉、重い……」
「うん、ゴメンね? 後で何か買ってあげるから、もうちょっとだけ我慢してね」

 流石大国の玄関口。海千川線の商人が集まっている。情報を引き出すために口八丁手八丁で色々買わされてしまった。
 一応、使い道のないようなものは避けてはいたけど、結構な出費になってしまった。現実のキャッチセールスはことごとく撃退してきたけどなぁ。
 情報がほしいという弱みを持ってる分、断り辛いというのを相手に知られているのは痛いわね。

「まぁ、出費は嵩んだけど、目的地にはたどり着けただけ良しとしましょ」

 財布の中身とは引き換えになったけど、三時間ほどかかってようやく目的の協会の支店にたどり着けた。
 ただ一瞬、たどり着いたときには別の建物かと思ったわね。

「おぅ、そんな所で突っ立ってると邪魔になるぜ」
「あ、ゴメンナサイね」

 ちょっと支店を見上げていたら、注意されてしまった。流石に入口前でぼうっとしてるのは良くない。

「私達も、さっさと中にはいっちゃおう」
「うん」

 扉を開けてみると、外から見たイメージ通り、中は人と熱気に満ちていた。
 窓口の前に人が列を作っているし、テーブルは全て埋まって何やら取引のような事が阿智事で行われている。

「何だ、ここに用事があったのか。……というか、随分物珍しそうだがここは初めてなのか?」

 さっき、注意してきた男が私達を追いかて……じゃないわね。元々ここに入ろうとして、私達が邪魔だったから声をかけてきただけかな?

「いえ、協会へは私達も所属しているのだけど……」
「あ~……海を渡ってきたクチか?」
「ええ、解るのかしら?」
「他国から来た連中は、皆似たような反応だからな。この国の協会は世界で見ても特に活動的だから、アルヴァストやオネストみたいな協会の活動が控えめな国から来た奴は、この光景を見ると大抵驚くもんさ」
「なるほどねぇ……」

 確かにクフタリアの閑古鳥が鳴いた支店を目の当たりにしてきた私から言わせると、別の建物なんじゃないかと疑ったくらいに思えないくらいの大繁盛っぷりだ。
 今まで色々なゲームをやってきたし、ゲームによっては初めてたどり着いたギルドの様子をムービーで写すゲームもあったけど、覚えている限りここまで人と熱気で溢れている物は覚えている限りなかったと思う。
 なんというか、実際に行ったことはまだ無いのだけど、テレビで見たコミケの様子を小さな建物の中に押し込めたようなような、そんな感じだ。

 私が周囲の様子に驚いているうちに、さっきの男の人はもう姿を消していた。
 本当に私みたいな反応する人は多いんだろうな。

「っと、ここに立っててもどんどん列に人が並んでいくだけね。私達も並ばいないと」
「ん。わたし、待ってる?」
「ううん。一緒に並びましょ。これだけ人が居ると、受付の人も気を利かせてくれる余裕なんて無いだろうし」
「わかった!」

 エリスは実力的に申し分ないのだけど、この容姿のせいでどうしても一緒に説明する人間が居ないと色々相手に誤解を与えやすいのよねぇ。
 荷物もたせたまま並ばせるのは申し訳ないけど、こっちも手一杯だしここは我慢してもらうしか。
 幸い、列の回転率はそれほど悪くないし、人気料理店の行列のように長時間並ばせられることはないと思うけど……

「なぁおい、アレ神子様なんじゃねぇのか?」
「マジだ……何でこんな所に? 確か西の遺跡へ遠征中だって話なんじゃ……」

 おや、有名人でも居るのかしら?
 列が邪魔でここからじゃチラチラとしか見えないのだけど、なにやらビッグネームがこの場に来ているっぽい。
 ミコ……巫女? いや、一瞬見えたのは男の子っぽい出で立ちだったし神子の方かしら?
 しかし、宗教国家で神子か……かなりの重要人物っぽい予感がするわね。普通のゲームならここから主人公が関わり合いを持って……って感じなんでしょうけど、今は冒険やらコネづくりよりも先にやることがあるものね。
 関わり合いにならないようにするに越したことはない。変なイベントに巻き込まれてハティちゃん見失うような自体だけは回避しないと。

「あっちは勇者の卵とか言う奴だろ? 何であんな大物がこんなところに揃って……」

 おっと、こっちは聞き覚えがあるわね。確かアルヴァストが派遣してる騎士だったはず。
 キョウくんが死にかけて寝てる間に、街でいくつか噂を聞いたことがある。
 相当な天才で、まだ若いのに戦闘力だけなら騎士団長より高いんじゃないかとか言われてたのよね。

 あの戦場で見た騎士たちの強さ、私のレベルと動きから大ざぱに測って、レベル6くらいはあったはず。騎士団長っていうのがどれくらい強いかわからないけど、他の騎士より一回り強いと考えてレベル7くらいあるとすれば、それに匹敵するか上回るって事は、同じく7か8、あるいはそれ以上の強さになるかもしれない。
 私のレベルが今4だから、戦ったら手も足も出ないくらい差があるわね。
 ……そう考えると、別に警戒なんかしなくても特に接点ができる危険もないわね。物語のように助けを求められて関係を持つとかならまだしも、相手の方が強いというか、護衛……いや仲間かな? リーダーだけでなく彼ら全員が多分私よりレベルが高い可能性だってある。
 まぁ、ぱっと見だと動きはすごく素人くさいけど……装備はすごく良さそうなのつけてるし、少なくともリーダーに釣り合うくらいの実力はあると見たほうが良いのかしら?
 これなら変にコソコソしてる方が逆に目立つだろうし、素直に野次馬してたほうが良さそうね。
 ……といっても、この喧騒だ。何やら神子様と勇者の卵くんが演説? っぽい事してるけど、正直ここまで何を言っているのか声が届いてないからわからない。
 遠巻きになんか盛り上がってる状況を眺めてるうちに列が消化されて、私達の番が回ってきていた。

「お待たせいたしました。本日のご用件は?」
「アルヴァストから海を渡ってきた所で、こちらの支店で協会員として活動したいと考えてるんですけど」
「ではプレートの確認をさせていただきます」

 言われた通り、首にかけていたプレートをエリスの分とまとめて差し出す。

「私とこの子の分、お願いします」
「お願いしまーす」
「はい、承りました」

 エリスったら、相変わらず挨拶はしっかりできるいい子なんだけれど、大人同士の会話中は一切口を挟んでこないのね。
 キョウくんからも聞かされてたし、これはこれで聞き分けのいい子ではあるんだけれど……

「まぁ! その歳でお二人共魔物との戦いの経験があるんですね!?」
「えぇ、まぁ。今は別れて居ないんですけど、もうひとりの仲間と一緒に」

 魔物……というと、あの地下施設に居たヤツよね。

「なかなか遭遇できるような存在じゃないんですよ? それに逃げ帰るどころか撃破しているだなんて」
「仲間と協力してって感じですね。正直あんなのとは余り戦いたくはないです」
「そりゃそうですよ、魔物はどれも醜悪かつ危険な生き物として知られていますから。よく生きて帰ってこれたものだと驚きました」

 確かに、あんなのがそこら中にいたら相当やばいわよね。
 実際あの場以外では、魔物には一度も遭遇したこと無いし、本当にレアな存在なんだと思う。

「……はい、プレートの情報を確認させていただきました。お二人共問題ありません。この支店での活動を認めます。この辺りの仕事について……」

 ……あれ、口頭確認だけ?
 何か、活動資格書みたいな、身分証明書みたいなのは?

「え? あの、何か証明みたいなものは無いんですか?」
「大丈夫ですよ。今プレートに現在この街で活動しているという情報を刻んでいます」
「うわ……全然判らなかったわ」
「私達以外にはわからないように情報を刻むのが、このプレートですからね」

 いや、今の会話の最中でプレートに細工している事を見抜けなかったって意味なんですけどね?

「それにしても、隣国から渡ってきた直後で、よくこの場所を見つけられましたね? 広かったでしょう、この街は」
「えぇ、想像以上の広さでした。ただまぁ、色々商店とか回ってなんとか情報を集めて……」
「あぁ、それでその荷物。……さんざん買わされたでしょう?」
「えぇ、そりゃもうご覧の通りに。まぁ、勉強代として涙をのんで払いましたとも。しかも、この辺りの商人、この手の情報探しをしてる人物相手にたいして絶対結託してるわね。たらい回しで小出しに情報出されて、何件も梯子して買い物するはめに……」
「あら、そこに気付くなんて、多少はこの手のことになれているのかしら?」
「……と言うことは、この辺りでは割と有名?」
「えぇ、手ぶらでウロウロするのは見込み無し、荷物を抱えて探し回るのは期待の新人って」

 あちゃぁ……通過儀礼的なもんだったか。こりゃ良い見世物になっちゃってたって感じかしら。恥ずかしい……

「登録してわずかこの期間で七等級まで上がっているんですから、こちらとしても期待させていただきますよ」
「期待の裏返しで見世物にしなければがんばりますよ?」
「あら、口もご達者で。これは良い関係が築けそうです」

 流石、これだけ繁盛している支店で受付で客をさばき続けているだけある。
 口も回るし人当たりも良い。やりての受付員さんから色々注意点や情報をもらいつつ、この街での活動方針をまとめる。
 細かいことは宿に帰って色々練り上げる必要があるけど、この街での活動はとりあえず良好といっていい滑り出しよね、これは。
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