ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百六十三話 砂漠の魔物Ⅰ

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 そんな訳で、砂漠の暑さに喘ぎながらぼーっと時間を潰していた私達だったのだけれど。

「おい!」
「わかってるわよ~」

 洞窟の奥が騒々しい。そろそろかな~って思ってた所だったから、結構私の感も冴えているみたい。
 一応退路を塞がないように二手に分かれて、洞窟の外でその時を待つ。

「一気にとびだせ!」

 誰かの叫び声とともに十人ほどが外に飛び出してきた。
 そして、直後に巨大な虫のようなものが、まるで砲弾か何かのように洞窟から転がり出てきた。
 これがこの遺跡に住み着いていた魔物かぁ。

 胴体はアリ……いえクモに近いかしら?
 脚は6本じゃなくて8本。全て硬そう。先がピッケル状に尖っているからすべての足が武器みたいなものね。
 翅は無いみたいだけど、何か芋虫の胴体みたいなのが二対、背中でうねうねしてる。うん、キモい。

「エリス!」
「わかってる」

 声をかけたときには既にエリスは駆け出していた。流石、こういう時の判断は私なんかよりずっと早い。
 鋭い脚が災いして、自重で砂に脚が埋まって身動きが取れないで居る魔物に取り付き、芋虫状の器官の片方をナイフで斬り飛ばしている。
 それを追いかけるようにして、私も大きく膨らんだ腹を狙ったんだけど……

「うっ……」

 腹を覆っている針金のような剛毛で勢いを止められて貫くことが出来なかった。
 今まで硬い装甲に攻撃を阻まれたことはあったけど、こういう形で攻撃を止められたのは初めてね。迷いなく柔らかそうなところを狙ったエリスの判断力には恐れ入るわね。
 一度距離をとって状況を仕切り直そうとした私に影がさす。とっさに見上げたそこに居たのは……

「せああぁぁぁぁ!」

 ……だれかしら?
 全力全開といった勢いで大上段から振りかぶったハルバートの一撃は、残念ながら振り回された脚にぶつかって弾かれている。ただ、よほど勢いがついていたのか、魔物の方も今の一撃の衝撃でバランスを崩している。

 その隙に、もうひとり誰かが駆け込んできた。
 腹の下に滑り込むと、毛むくじゃらの腹に何かを差し込んで、そのまますれ違うように抜けていった。
 今のは何をしたのかしら?
 と、疑問に思った直後、魔物の腹が燃え上がった。
 爆弾かしら? 白い炎だったけど、白い炎色反応なんてあったかしら?
 炎自体は一瞬で消えてしまったけど、発火した周辺の剛毛は燃え落ちているようにみえる。残念ながら傷は見えないけど、あの毛がないだけで攻撃が届く可能性が見えたのは大きいかしら。
 攻撃を受けてパニックになったのか、暴れだした魔物に対して、離れ際に足の付根を狙ってもう一撃見舞ってみたけれど、こちらは純粋に硬さで弾かれた。
 流石にここまで暴れられると足に引っ掛けられかねないので、エリス共々距離を取る。
 例の二人も距離をとってる。こっちの攻撃に便乗して追撃を狙った感じかしら。なかなか判断早いわね。

「脚や腹はだめね。刃が通らないわ」
「背中のウネウネやその付け根は脆いみたい。顔にも切りつけたけど、目玉に弾かれた」
「えぇ、目玉硬いの……?」

 最初の一当てで得られた情報をすぐに交換。次の対処を考える。
 いま判明している弱点らしい弱点は背中くらいかしら? 本来弱点になりそうな目はダメみたいだし、腹は邪魔な毛は燃え落ちたけど、毛のない腹に刃が通るのかはまだ試していない。胴体も脚が邪魔して下からじゃマトモにダメージは通らなそう。
 となれば、まず狙うべきは背中ね。
 それで、こちら側の戦力はと言えば……

 地上に落ち延びてきた面々を確認してみれば……全部で9人って所かしら?
 遺跡に突入したのが20人くらいだったはず。で、教国の従者みたいな連中が10人くらいに、彼らの雇った休憩中だった協会員のパーティが3つ……12~3人居たはず。
 エリスの話だとあの戦闘音を聞いた段階で人数は半分くらいに減ってたって話よね?
 それがたった9人まで減ってるってことは、あの広場に残った連中は全滅したと考えるべきかしら。私らと一緒に遺跡の入口を守ってた人の顔が一人もみあたらないしね。
 ……と思ったら一人いた。ノルドくんちゃっかり生き残ってるのね。でも丁度いいわ。

「あら、生き残ってたの? 良かったわね。ところで何ぼーっと突っ立ってるの? 戦うなら戦う、逃げるなら逃げるでさっさと方針固めてほしいのだけど?」

 子供相手にきつい言い方になっている自覚はある。というかワザとやってるのだから。
 こうやって非難していると言うポーズを見せておかないと、後々の交渉で不利に動く危険があるから、ここで容赦するわけにはいかないのよね。

「お前ら、サルヴァの雇った傭兵だろう! それだけの腕を持っていながらこんな所で何を!?」

 そう詰め寄ってきたのはさっきのハルバート男。
 ま、普通に考えたらそう思うわよね。これだけの損害を出した後なんだし、何でこんな所で油売ってるんだと、私が彼の立場でも怒ったと思う。

「お前たちがちゃんと中にいれば無駄に犠牲を増やす事も……!」
「まぁ、そうでしょうね。正直こうなるんじゃないかって思ってたし。ここまで被害が大きくなるとは思わなかったけど」
「何を他人事のように! 傭兵なら雇い主の為に戦うのがスジだろうに!」
「何をも何も、私はこうなるだろうから準備するように進言したわよ。それを嫌がって、私達をこのクソ暑い中洞窟の入口に追いやったのはノルドくんよ。私に言われても困るわ」
「……何?」

 ハルバート男に血走った目を向けられ、ノルドくんがビクリと震える。まさに蛇に睨まれた蛙だ。
 可愛そうだけど、やっぱりここで助けに口をだすわけにはいかない。

「どういう事だ、おい?」

 ノルドくんの襟首を掴むとそのまま釣り上げる。片腕で子供とは言え人を一人釣り上げるとか、見た目の通りなかなかの腕力ね。

「黙ってちゃ判んねぇだろ。さっさと説明……」
「ヘイオス」

 括り殺しかねない勢いでクルドくんを締め上げていたハルバード男だったけど、もう一人、さっき魔物の腹を燃やした男が止めに入った。

「今はそこを問いただす時ではないだろう。この件、後で私が取り仕切りはっきりさせる事を誓おう、だが今は成すべき事を成すべきだ」
「……チッ、お前の身内のしでかしだ。はっきりさせてもらうぞ」
「わかっている」

 ……ヘイオスって事は、あのハルバート男が勇者の卵って言われてる奴ね。
 確かに飛び込んでくる判断も、攻撃の勢いも大したものだったけど……

「すいません、貴方方にも手を貸していただきたいのですが」
「一応、私達はそこのクルドくんに雇われた身なので、彼の判断次第ですね」
「それでは、私の判断で貴方方の助力を要請します。クルドは私の従者で、貴方方への報酬支払は実際には私の懐からという事になりますから」
「そういう話なら従いましょう」
「ありがとうございます」

 クルドくんの主。つまりこの人が神子か。
 結構気の合った連携見せてたから、てっきり勇者の卵のパーティメンバーかと思ってたわ。

「それで、手を貸すのは別に構わないのだけど、私が手を貸す必要あります?」
「あぁ? そりゃ一体どういう事だ?」
「いえ、一当てして、あの魔物がどれくらい危険なのかは何となく理解はしたんですけど……あの程度の強さなら、私が手を貸すまでもなく、どちらかお一人で倒せるんじゃないかと」
「何……?」

 そんなに驚かれるような事言ったかしら?
 というか、やるならくっちゃべる前にさっさと仕留めてくれないかしら?
 当の魔物は傷つけられてパニックになってる上に、うまく砂の上を歩けないらしくて、まるで砂で溺れているようにもがいている。とどめを刺すなら今がチャンスだと思うのだけど。

「この魔物、以前遭遇したものと比べて、特徴は違うけど脅威度は多分対して変わらないと思うんですよ。その時はもうひとりの仲間と三人で倒したんですけど」
「ふむ、それで?」
「勇者の卵ってアルヴァストの騎士団長と互角なんでしょう? あそこの近衛騎士の強さは緋爪との戦争で間近で見たんでよく知ってるんです。アレ程の騎士を束ねる騎士団長と互角の強さを持っているのなら……」
「あ~……その評価、誇大も甚だしいから真に受けんでくれ」
「へ?」

 何やら不穏なセリフが聞こえたんですけど?

「俺はそんなことねぇって毎回否定してるんだが、俺が仕事で救った連中が色々背びれ尾びれをつけて俺の活躍を広めてるらしくてな」
「あ~……」

 私も不本意ながら、アイドル声優なんてものをやってきた経験上、自分の噂の独り歩きっていうのは経験がある。まぁ私の時は悪い噂の方だったけれど。
 彼の場合は実際の実力以上に強者としての噂が広がっちゃってるのね。

「そんな彼のライバルとして認識されてる私も、巻き添えで過大評価を受けてる有様で」
「む……、ソレについては以前謝っただろう」
「……それじゃ、実際はどの程度の戦力なのかしら?」
「そうだな……協会基準で8等級前後が関の山といったところか。ファルスと組めば7等級を倒したことはある」
「7等級……」

 確か、キョウくんがの記録で戦ったライノスや、クフタリアの森に居たボス猿が7等級だったわよね。
 パーティを組めばアレを倒せるけどソロは無理……となると

「つまり私と対して変わらない程度って所かしら」
「そういうお為ごかしは要らねぇ。お前は多分俺より強い。ほんの少しだがな」

 驚いた。確かに私の見立てでも私と同程度、少しだけ私のほうが強いかと思ってはいた。
 でも言動からして、決してそういうのは認めたがらないタイプだと思ったのだけど、かなり冷静に力量差を見る目を持ってるのね。

「へぇ、ヘイオスがそう言うのならそのとおりなんだろう。彼の人を見る目は確かだからね。そして私はヘイオスとほぼ変わらない程度の強さだと自負している。つまり戦力的には貴女が要ということになるな」
「まぁ、そこまで差があるとは思わないんだけどね」

 噂が独り歩きしてると聞かされた時は嫌な予感がしたけど、それでも私と同じくらいの強さがあるなら問題ないわね。
 多分あの魔物相手なら戦力として十分だと思う。

「ちなみにそこのエリスも私とほとんど強さ的には変わらないわよ」
「マジか……」
「今で互角。将来的には間違いなく私より強くなるわね」

 というか、前衛特化ビルドの私が、遊撃型のスカウトビルドのエリスと近接戦で互角って時点で、総合力では既にエリスに一歩先いかれてると言っても過言じゃないのよねぇ。それでいて、レベルは私よりひくいし。
 まぁ、エリスはこれで最新型の試作AIだから、計算力とか私よりも上だと言い訳も利くんだけど……キョウくんはねぇ……

「それは重畳。では我々4人でアレを倒す。問題有りませんか?」
「良いんじゃない? 他の人達じゃ多分無駄に殺されるだけになっちゃうだろうし」

 あの蟲相手に苦戦するような連中に、魔物相手させるのは酷だというもんでしょ。

「では、ヘイオスと……えぇと」
「チェリー。チェリーブロッサム。この子はエリスよ」
「どうも。それでは、ヘイオスとチェリーさんの二人で、魔物の注意を引いてください。注意がそちらに向いた所で私が不意を突きます。そうやって注意を散らしているうちに、エリスさんに先程のように背中を狙ってもらおうと思います」
「良いんじゃねぇか?」
「私も問題なし。エリスは行ける?」
「うん。大丈夫」

 満場一致。さっさと方針が決まるのは素晴らしいわね。

「ではそれで行きましょう。時間を与えればアレが環境に適応する危険もあります。今すぐ仕掛けますが、いけますか?」
「誰に物を言っている」
「さっきと同じことをするだけでしょう? 問題はないわ」
「ん」

 愚問よね。
 既に一撃加えてる時点で準備なんてとっくに完了してるわけですよ。こっちとしては。

「素晴らしい。ではお二人共、お願いします」
「任されよう!」
「任された!」

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