ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百六十七話 探索再開

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 夜の食事会から更に数日、協会の討伐依頼をこなして宿に戻ってくると……

「チェリー姉、人が居る」
「え? 誰かしら? 知ってる人?」
「うん。 教国の人」

 相変わらずエリスは目がいいわね。わたしじゃこの距離からじゃ顔も服装も全く識別できない。
 時期的にそろそろだとは思ってたから、報酬についての話だと思うけど、わざわざ人を寄越さなくても宿の人に言付かっておいてくれればこっちから出向くのに。
 ……って、おい?

「やぁ、依頼は無事完了したようだね」
「やぁ、じゃないわよ。何で神子様本人がこんな所で待ちぼうけしてんのよ」
「あなたへ状況を伝えてくれと言った時の従者の反応がどうだったかくらい察してくれ……」
「まさか、そんな理由でお使いすらこなせないの……?」

 嫌いな相手にも笑顔で対応なんて、仕事じゃ当たり前の光景でしょうに。
 そんな事すら出来ないなんて社会人失格じゃない。

「建前の裏に本音を隠すことも出来ないとか、社会不適合者レベル……って、サルヴァ教徒は基本社会不適合者だったわね」
「……反論の余地すらないのがまた、頭の痛いところだよ」
「というか主人の言いつけを守れない従者って存在価値あるの?」
「人目のある所で答えさせないでくれ……」

 つまり、存在価値はないってことね。

「まぁ、立ちっぱなしで話すのも何だし、入る?」
「頼むよ」

 宿へ招き入れた途端盛大なため息をつかれてしまった。

「言い付けを守れないどころか、こちらのストレスばかり稼いでくれるよ……」
「なんか悪いわね、わたしと関わったばっかりに」
「いえ、そこはあまり関係ないので気にしないでください。誰が相手でもああですから……」
「何でそんなの従者にしてるのよ。クビにしちゃえばいいでしょ」
「そうしたいのは山々なんですけど、彼らは現職の神官や司祭の子息……つまり将来の神職者なんですよ」

 途端に政治臭い話になったわね。日本の政治家の悪評聞いてるみたいだわ。

「……宗教家なうえに世襲なの? 腐敗しろって言わんばかりの環境じゃないの」
「返す言葉もない……」

 それをこの人が理解してないわけ無いか。

「実際サルヴァの中層は実際腐敗していると言っても良いでしょうね。神の使徒を自称しながら、権力闘争に明け暮れているんですから」
「うわぁ、なまぐさ坊主の典型じゃない」

 コレを聞いたら、ますますキョウくんのサルヴァ嫌いが加速しそう。
 ……あれ?

「中層? 中枢じゃなくて?」

 普通こういうのって、政治的主導権を持った連中が好き放題するものだと思うんだけど。

「中枢……というかサルヴァの深奥は権力になんてまるで興味がない、生粋の神奉者ですから」
「……それはそれで、宗教弾圧とか凄そうだけど……」
「いえ、それがそうでもなくて、神への絶対視は確かにそうなのですが、彼らは異教徒のことなど見向きもしません。自分たちの信じる神は自分たちさえ信じていればいいという、ある種の排他性のお陰で、極めて健全な宗教活動となっているんです」
「それって、要するに中心人物達は健全な宗教してるのに、とりまきが権力目的で宗教の在り方を歪めてんの?」
「それが全てではないですけどね。そして困ったことにわたしもその権力構造の一端に組み込まれてしまっている。おかげでわたしがいくら抗っても行動に説得力が生まれない」

 設立理念は崇高だったのに、金や利権の匂いを嗅ぎつけた連中のせいで歪んだあげく一般市民から疎まれるとか、あるあると言えばあるあるな状況なんだけど、ゲームの中でも現実でも利権を食い散らかして組織を壊す、癌になる人間って本当に居るのねぇ。
 そして、最高権力者達は、そんな利権争いなんてまるで興味がないから是正する存在が居なくて、組織は鎖放題……と。そりゃファルスの胃がダメージ受けまくるわけね。

「とまぁ、愚痴を吐いていると話が進まないので、話題を変えましょう」
「あ、そうね」

 ついこの間の飲み会のこと思い出して世間話始めてしまった。

「では、今回の依頼料としての情報の提供をさせていただきます」

 姿勢を整え、態度を改めたファルスに従い、こちらも仕事モードとして居住まいを正す。

「貴女の求める巨狼の情報についてですが、十数日ほど前に、砂漠の西にあるオアシスの街付近で発見報告がありました。この辺りに狼は生息していない事や、人の背の倍以上はあったという証言、それに同じ証言が複数あったことから、貴女の探している狼である可能性は極めて高いのではないかと思っています」

 十数日前というと、この街に私達がついた頃のはず。私達がハティを追って海を渡ってきた事からも、先行されているのは間違いない。西の町がどれくらい離れているかはわからないけど、情報に違和感はないわね。

「エリスはどう思う?」
「……距離と時間から考えて、多分ハティのことで合ってると思う」

 ガセの可能性も捨てられはしないけれど、複数証言が取れていると言うから、その可能性はかなり低いはず。
 追ってみるだけの価値がある情報で間違いない。時間を犠牲にしてでも依頼を受けた甲斐はあったわね。

「十日では確度の高い情報となるとコレが限界でしたが、お役に立てましたか?」
「ええ、依頼の対価として十分見合う情報だと思います。情報提供ありがとうございます」
「それは良かった」

 いや、ほんとに喉から手が出るほど欲しかった情報だ。今の私達にとって値千金と言っていい。

「すぐにでも出発の準備をします。情報、ありがとうございました」
「いえいえ、見合うだけの働きをしていただきました。等価の情報を提供できてこちらもホッとしていますよ」

 といっても、事前に十日ほどと言われていたから、ほとんど準備らしい準備は終わってるのよね。情報が得られても得られなくても、別の町へ移る予定だったし。
 やることと言えば明日の朝にでも宿を引き払うくらいしかない。

「これで貴女とはお別れですか。ヘイオスと同じように話の合う同世代と出会えたのは良い出会いでした。少々寂しくなります」
「わたしも、宗教家の中にはあなたみたいな考え方ができる人もいると、仲間に良い土産話ができそう」
「はは、それは良い。ぜひ伝えてください。その為にもあなたの仲間が見つかることを祈っていますよ。そしてわたしもあなたの仲間と会ってみたいものです」
「ええ、見つけたら必ず伝えておく」

 それで別れると思ったら、ファルスはエリスの前にしゃがみこんで視線を合わせていた。

「あなたも、あまり話すことは有りませんでしたが、また会えることを楽しみにしています」
「うん、またね」

 生真面目と言うかなんというか……殆ど黙って一緒にいるだけだった子供のエリスにもちゃんと目線合わせて挨拶するとか、さてはファルス、モテるわね?
 なんて考えてたら、今度こそ去っていった。
 正直、ハティちゃんを追いかけていたから、状況的に最初は関わり合いになりたくないと思っていたのだけど、結果的には良い出会いだったんじゃないかしら。
 さて、こうしていても仕方ないし、後ろ髪引かれていないでさっさと準備しましょうかね。

 
  ◇◇◇


 翌日、日が昇る前に宿を引き払って、この街に別れを告げようと門を目指す。
 砂漠を渡る以上、できるだけ日中には動きたくないから、日が落ちている間に可能な限り距離を稼ぎたい。
 正門をくぐると、そう長い期間ではなかったのだけど、やっぱりすこし後ろ髪を引くものがあるわね。アルヴァストの街を出たときもそうだったけれど、大きな門をくぐるっていうのは独特な感情が浮かび上がる。そんな気がする。

「よう、遅かったな」
「いや、何でよ?」

 まさに旅立とうとした私達の前に、何故か旅の準備万端といった感じのヘイオスが立っていた。
 ホントに何でよ?

 お前、アルヴァスト王と面識があるらしいな。生き残った目付役経由で国に戻らずお前に同行して手伝うように指示が来たんだよ。

「あ~……そういえばあなたも国のしがらみだとかがあるんだったわね」
「ま、アルヴァストの公認の冒険者って扱いだからな」

 表向き事務所に所属してない扱いにはなってるけど、契約は交わしてるから実質所属と変わらない事務所公認アイドルみたいな感じよね。
 アイドルって顔じゃないけど。

「アルヴァストでは色々世話になってるから、断り辛いのがアレよね……」
「まぁ、そんな邪険にせんでくれ。邪魔をするつもりはねぇから」
「あなたがそういう事をするような人ではないっていうのは理解してるつもりよ」



「後はまぁ、あなたなら多分平気だと思うけど、一応言っておくと、わたしに女を期待するならやめといたほうが良いわよ?」

 わかり易く女性にビビってるキョウくんとは違って、ヘイオスはその変はっきりしておかないと後でトラブルになっても困るからね。
 ネトゲだと結構あるのよねぇ、一度も会った事もないのに男女間のトラブルで荒れるやつ。
 一応、確認はとっておかないと安心できない……のだけど、わたしが思ったのと反応が違った。

「ははは! ソレだけはないから安心してくれ!」

 大爆笑付きの完全否定である。

「言ってくれるわね……」
「いや、お前はどういう答えが欲しいんだ一体……」

 ま、我ながら今のは面倒くさい返しだと思う。わざとだけど。
 一応見られることを仕事としていた身としては、女の部分を一笑に付されると、ソレはそれで女としてのプライドがね。
 ……いや本当に面倒くさい返しねこれ。キョウくんに同じ事やったら真に受けて頭抱えそう。冗談でも今後はやらないようにしとこう。

「ジョークよ。流しといて」
「さようか。まぁ俺の後援が国ぐるみなんだが、権力が絡むともう色々面倒でな。もう未来の嫁も決められてんだよ」
「あぁ、そういう……」
「うっかり浮気なんぞしようものなら、暗殺者とか送られかねねぇんだ。俺じゃなくて相手の方にな」
「うわ……」

 そりゃ、他所の女に手を出すような余裕はないわね。
 そんな所で命をかけてたら、命がいくつ会っても足らないでしょうし。

「だから、その辺の事は気にしなくて良い。むしろお前の気が変わらんことを祈るよ」
「言葉を返すようだけど、ソレはないから安心して」

 どんなに人間らしい反応を返すAIだったとしても、流石にゲーム内のキャラに恋出来るほど若くもないのよねぇ。悲しい話だけど。

「互いの不安が解消されて良いことだな」
「全くね」
「それで、どこを目指すんだ?」
「とりあえずは西の街で発見情報があるんで、そこを目指すつもりよ」
「なるほど。それじゃ暫くよろしく頼む。嬢ちゃんもよろしくな」
「うん。よろしくね」

 いきなり人数一人増えて想定外だけど、まぁ捜索の手が増えると考えれば、二人旅よりは良いのかしら?

 
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