ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

文字の大きさ
282 / 330
四章

二百七十話 ありふれた特訓風景Ⅰ

しおりを挟む
 ヴォックスが情報収集している間、俺は何をしていたかと言うと、特に何もしていなかった。
 ヴォックス本人から釘を差されたように、複数の人間が情報収集活動をしていれば、他国の間者に気取られて、妙な接触があるかもしれないと言うことで、ヴォックス以外のそういった活動を自粛したからだ。

 とはいえ、知人も居ないこんな北の地で、宿に引きこもって暖を取り続けるというのも、それはそれで苦痛だ。
 という事で、街の外れの空き地で体を動かすことにした。
 一応ちゃんと確認を撮ったんだが、手持ち無沙汰で体を動かす兵士や傭兵というのは結構多いらしく、訓練するだけなら特に不自然な行動とは取られないのだそうだ。

「それにしても……っと」

 エレクの突きを捌いて踏み込む。
 がら空きのボディに左拳をねじ込もうとしたところで、レーラの蹴りを察知して間合いをとる。

「くっそ、攻撃する余裕がねぇな。前に比べてだいぶやり難くなってやがる」

 飛び退いて間合いを開けたタイミングでジリンの姿を探してみれば、案の定死角から踏み込もうとして留まった姿が目に入った。全く、油断もすきもありゃしねぇ。

「『くっそ』はこっちのセリフっすよ。やり難くなってやがる……とか言いながら何で4対1で互角なんスか!」
「わたし等だって、師匠の地獄のような訓練を耐え抜いてんだ。強くなってる自覚だってあるのに何で追いつけないのかしら……ねっ!」

 エレクとレーアのコンビネーションを躱しつつ、ジリンを視界から外さないように後退。
 空振って上体の流れたレーアの足元を刈り取るようにして足払いを仕掛け、連携を崩したエレクが慌ててこちらの突きを防ごうと構えた腕を素通りして奥襟を取る。

「しまっ……」

  ジリンがフォローに入ろうとしているのが見えるが、そんな暇は与えない。
 反撃を許さない速度で一気に足の内側を蹴り払い、バランスの崩れたエレクの身体を柔道っぽい感じで投げ飛ばす。
 そして、最後にこちらに駆け込もうとしていたジリンの腹に拳を打ち込めば、三人とも動きを止めた。

「そこまでじゃ!」

 訓練の様子を見ていたシアがそこで訓練終了の合図を出した。
 元々はシアと組手をする予定だったんだが、当のシアが直前になって何を考えたのか、俺と他3人での多対一の訓練にすると言い出した。その結果、今のこの状況というわけだ。

「くそー、また負けたっス!」
「……まぁ、俺も同じ師匠に同じだけ鍛えられてんだから、そうそう実力差が縮んでたまるかよって感じなんだがな。俺から言わせてもらうと」
「あなたはやり難くなったって言うけど、わたし等からしたら、実力差が縮むどころかこっちの方が前よりもやり難くなってる気がするんですけど?」
「まぁ、その辺は実力以外にも人読みとか要素は色々あるからなぁ」

 これだけ長期間一緒に訓練していれば、そりゃ人読みだって捗るってもんだ。
 どういう攻撃を嫌がる……とか、特定の行動をすると決まった対応をする……とかな。それが解るかどうかで相手の行動を制限したり誘導したりと、打てる手が飛躍的に増える。
 例えば、不利な状況で攻撃を受けたとき、相手が安定を求め防御を固めると判っていれば、こちらの攻撃を一方的に押し付けることだって出来る。逆に、不利な時ほど一発逆転を狙って反撃を出してくると判っていれば、反撃をスカして、逆にカウンターを狙ったりも出来る。
 乱戦でなら兎も角、一対一や三対一程度の少人数戦では、人読みというのは非常に重要な要素だ。
 レーアや近接戦が得意ではないジリンにはまだそういった事まで頭が回っていないようだ。
 エレクの場合、そういうのを『なんとなく』でやっている感じなんだが、多分、何も考えずに本当にただの勘でやってるんだよなぁ。

「俺も兄貴ぐらい戦いの才能がほしいっスよ」
「はぁ? 才能? お前がそれを言うの?」
「な、何っスか!?」
「エレクよ、戦いの才能という意味では此奴よりもお主のほうが遥かに秀でておるぞ」
「えぇっ!?」
「実際に手を合わせてみて、俺もそう感じるぞ?」

 俺のは、才能というよりも反復練習で身につかせた別分野での努力成果を流用してるに過ぎない。正直な話、同じことをやらせても俺とSADでは恐らくSADの方が身につけるのは早いだろう。
 もし俺に才能があるとすれば、それは地味な作業に対して苦に感じないという性格だろう。
 地味な反復練習をひたすら繰り返して、条件反射で出来るようになるまでとにかく指に覚えさせる。それが不器用な俺にできる最良の練習方法だった。
 むしろコレまでそういった事を一切やらずに、国でも有数の冒険者として名を売れるとか、それこそ才能の塊、恐るべしだ。エレクみたいなのこそが主人公体質っていうんだろうな。羨ましい。

「キョウとエレク、比べてキョウが明確に勝っているところと言えば判断速度じゃろうな。特定の状況で思考によって動きが止まるエレクに対して、キョウは即座に判断して動く。何も考えておらんわけではないぞ? 考えて状況を判断した上で、その速度がエレクよりも早い。だから競り合いでいつもエレクが遅れを取る」
「思考……ッスか」
「逆に言えばそれ以外全て勝っているお主が勝てないのは、戦い方が雑だからじゃ。全てを考えろとは言わん。じゃが考えなしに戦っては勝てるものも勝てんというものじゃ」

 人間、不利になればなるほど思考の幅が狭まっていく。そうなればなるほど人読みしやすくなる。そういう相手を罠に嵌めるのは割と容易だ。
 本人はまだ気がついていないが、エレクは追い詰められると切り返しを狙うタイプだ。そしてこちらのダメ押し中にスキを見せれると簡単に食いついてくる悪癖がある。あとはその反撃にこちらが反撃を合わせることで勝ちを取れる。もちろん、露骨にやりすぎれば感のいいエレクはすぐ気がつくだろうから、その手を使うのは数戦に一度といったものだけどな。シアも気付いているはずだが、指摘しないところを見ると自分で気が付かせたいんだろうか。
 
「考え以外全て……ってのは流石に言いすぎじゃないっスか?」
「言い過ぎなものか。……そうじゃな、キョウがお主との組手で何故防御ではなく受け流しを狙うのか解るか?」
「その方が、スキを消せて反撃しやすいからじゃないんスか?」
「もちろん、それもあるじゃろうな。じゃが、最大の理由はそうではない。単に、お主の攻撃をキョウは受け止めきれんのじゃよ」
「えっ!?」

 事実だ。
 俺のステータスでは、基礎ステータスが遥かに高いエレクの攻撃をマトモに受けてしまうと、防御の上からでも効かされてしまう。だから避けるか受け流すしか手がないんだが……シアのやつ、そこはバラすのな。

「俺の腕力なんて、それこそレーアと変わらないか、俺のほうが少ないくらいだろうよ」
「え? わたしと? マジで?」
「大マジで。俺はまだ駆け出しだから鍛え足りてねぇんだよ」

 実際はステータスウィンドウがフリーズしてて確認できないんだが、単純にレーアのほうが腕太いしな。
 いや、そういえば腕の太さはあんま関係ないか。特に俺等プレイヤーアバターに関しては。チェリーさんなんて俺よりも遥かにほっそい腕なのに、STR値は多分倍くらい高いからなぁ。
 エレク達はステータスで見れば多分だけどレベル4かそこら、チェリーさんと同じくらい高いと見積もっている。ただ、技術面でどうにもな。シアのしごきで、戦いの基礎というか、考えて戦う事を覚えてようやく戦術みたいなものを組み立てるようになったけど、それでもまだ戦い方が単純になりがちで、その強さを活かしきれていない。
 だから、協会に入って……エレクたちで言う冒険者として駆け出し期間である俺に手も足も出ない。

「むしろソレで俺達三人相手に立ち回れる事の方が驚異的だと思うんスけど……」
「その経験差、実力差が埋まっちまうほど、考えて戦うってのが大事って話だよ」

 駆け出しではあるけど、俺の考え方や技術に関してはそれこそひたすらにゲームをプレイしてきた十年以上の積み重ねがあるからな。そりゃただの素人よりはやるだろうさ。
 運動もゲームもそうだけど、同種の何かに慣れてるってのはそれだけで大きなアドバンテージになるからな。経験値ってのは全ては無理にしろ一部は基本的に流用できるもんだ。
 俺はゲーム全般やってきたが、特に格ゲーに時間かけてきたからな。人読みや当て勘なんかはこのゲームでもかなり役に立ってる。

 ただ、俺だって驚いている部分はある。
 このゲームは従来のコンシューマゲームよりも遥かにフィジカルの強さを求められる。体を動かす能力がそのままゲーム内に適応される。場合によってはゲーム技術以上に、ソレは重要な要素だ。にもかかわらず、俺はこのゲーム内では製品版サーバのプレイヤー基準で見れば、PvPイベントの成績を考えれば上位にいると考えられる。もちろん大会みたいな目立つ場所に出たがらない強者はいるだろうが、少なくとも目に見える範囲では、そう言っていいだろう。

「経験差ってのは兎も角、実力差は兄貴のほうが既に上じゃないっスか」
「そうは言うけど、知識以外で俺が優れている点って多分何もねぇからなぁ。あぁいや、シアが言うには判断速度もか」
「どっちも身体能力とは別物っスね……」

 では身体性能の代わりに優れた運動神経があるかと問われれば、答えはノーだ。体育の教科で5を取ったことなんて数える程度しか記憶に無い。しかも授業や部活で最低限の運動をしていた学生時代なら兎も角、今の俺は殆ど運動なんてしていない。自覚できるくらいに運動不足だ。
 なのに、だ。
 このゲーム内でキャラクターアバターを動かすことにほとんど不便を覚えたこともない。どころか、明らかに現実離れしている身体性能にもかかわらず、現実感との齟齬どころか、今はでは殆ど違和感なく思ったとおりに動いてくれる。
 確かに、このゲームでアバターを動かすのに筋力は要らない。あくまで、筋肉を動かそうとするための脳から送られる電気信号を読み取って動かすというシステムだからだ。とはいえ、身体を動かすための信号なのだから、普段から身体を動かし慣れている人のほうが、その電気信号だって早く正確に発信されると思うんだけど……
  俺が普通の人よりうまく動かすことができるのなんて、10年以上もボタンを叩き続けた指先くらいだと思うんだがなぁ。
 脳が発する電気信号……なんて小難しい事を考える必要はなく、自分の動きのイメージをしっかりできれば、その通りに動いてくれる。このイメージの部分が俺は上手いのかもしれない……と考えた事もある。それなら運動神経があまりない俺でもうまく動かせていられる理由になる……んだけど、イメージだけでいいなら、開発側で色々知っているSADが、ただでさえ無い時間を削ってゲームのためにジム通いなんてしないだろうしなぁ。
 コレは一体どういうことなんだろうか。

 俺の手元の情報だけじゃ答えは出ないのかもしれないんだけど、コレについてだけは自分の強さの本質につながる問題だから、答えが出ないからと思考放棄しないほうが良い気がするんだよな。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

処理中です...