ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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四章

二百八十九話 不死の魔物Ⅰ

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「あの野郎、戻ってきやがったぞ!」
「体制を立て直せ! 負傷者はさっさと下げろ! 喰われれば奴に余計に力を与えることになる!」

 魔物を追って前線に到着してみれば、阿鼻叫喚とまでは行かないまでも、大混乱に陥っていた。
 というか、既に半数以上数が減ってるんじゃ……

「一部は撤退に成功していますが、三分の一はあの魔物の養分ですわね」
「壊滅じゃねぇか」
「むしろこの戦力でこれだけ残っている方がよくやっていると思いますわ。良い司令塔が居るようですわね」

 こんな状態で良くやった方とか、作戦開始前に忠告したほうが良かったんじゃ?

『三十年現れてない魔物相手の戦いに傭兵初めて10日もたってない新人が戦力分析で等級上位者へ意見ですの? 確実に目をつけられますわよ。しかも悪い方に』

 言われてみれば確かに……
 新人のぺーぺーが組合のお偉方を前にベテラン相手に忠告とか舐めてんのかとキレられるのが関の山か、それどころか場を混乱させるとか理由つけて傭兵組織から叩き出される危険まである。正直気は咎められるが、口を出さなかったのは正解か。
 こう言うところで口を出して意見がすんなり通るのは、既に実績を出したベテランか物語の主人公だけだよな。

「動きを止められるか?」
「数秒で良ろしければ」
「それは何度も使えるか?」
「……そうですね、この程度であれば仲間の助力という形で許容範囲内でしょう」

 やろうと思えばやれるけど、手を貸すかどうかは……って感じか。でも許容範囲内ってことはヘルプOKって事だよな。
 それにしても、一番最初の約束。出来る限りは俺にやらせてほしいって頼みはちゃんと覚えていてくれたんだな。

「なら、俺が突っ込むタイミングで頼む」
「了解しましたわ」

 念の為に、白金の中で中心っぽい人くらいには伝えとくか。主に保身的な意味で。
 幸い、凄いでかい声で指示出しまくってる人が一人いるから、すごく分かりやすくていい。

「援護に入ります」
「何……!? っていや待て! テメェは支援班だろう!? なんで此処にいる!?」

 マジか、ろくに話したこともない格下ランクの顔まで覚えてんのか。スゲェな。人の顔と名前覚えるの苦手な俺には絶対ムリだわ。リーダーのこの男の名前もぶっちゃけ覚えてないし。

「そんな事言ってる場合じゃないでしょう。後ろを守っても、その前に前が全滅したら意味がない」
「確かにそうかもしれんが、しかしだからといって……!」

 この人ほんとに傭兵なのか? この期に及んで人の心配とかお人好し過ぎる気がするんだが。
 いや、違うな。すげぇ迷惑そうな顔してやがる。コレは勝手に動かれるのを嫌ってるのか。

「少なくとも俺らなら倒せないまでも、削ぎ落とすことはできると思うんで」
「何だと!? ……いや、だが或いは……」
「詳しく説明している暇はありません。これ以上アンタの指示が止まれば被害が広がります。という訳で、支援の方お願いします」
「あっ……! おい!」

 少々強引すぎた気もするが、間違ったことは言ってないはずだ。
 あの人と問答を繰り返していては、司令塔の指示を失った他の傭兵たちの被害が増えていくし、それでなくてもアレを放置するのはそれだけで大損害だろう。
 まぁ、意図的にそういう相手を狙って話しかけたんだけどな。
 プライド的にも実績的にも格下の金等級に任せるのは抵抗があるだろうから、理由を用意してやらないと格下の出しゃばりを認められねぇだろうからな。

「さて……」

 例の不死魔物はたいそう空腹のようで、動くもの手当たりしだいに突っ込んでいる。流石に戦うことを諦め逃げに徹しているためか、俺が見ている限り新たな犠牲者はあまり出ていない。
 とはいえ、体力には限界があるだろうし、さっさと介入したほうが良さそうだ。
 ミアリギスを構え、真後ろから一気に距離を詰める。

『それでは』

 すると、申し合わせたようなタイミングで魔物の背中がひしゃげ、突進していた魔物がつんのめるように倒れ込んだ。
 何をやったのかわからないが、イブリスの援護によって魔物の動きが一瞬止まる。

「っ!」

 差し傷、切り傷や打撃は無意味だとさっきの攻撃で把握できている。なので攻撃は一撃で本隊から切り飛ばすように攻撃する必要がある。ならまず狙うとしたら……

「ここ……!」

 背中に背負うように競り出ていた巨大な肉腫を削ぎ落とす。予想通り、切り飛ばされた部位の傷は即座に埋められてしまったが、肉腫までは再生されていない。切り飛ばした肉腫は本体の方へ戻ろうとしているが、足が生えたり変形するわけでもなく、肉の塊の形状のままだ。

「封印、急いで!」

 それだけ叫んで、意識を魔物に戻す。
 本当は腕を狙いたかったが、あの図体を腕だけで支えて暴れまわってるんだ。かなり骨太な気がするから、もうちょっと動きが衰えてから狙いたい。なので、まずは脅威度の高い部位よりは体積の大きい部位から削ぎ落とす。

「おいおい、結構デカイ部位を切り飛ばしたのに、コッチはガン無視かよ」

 反射的なのか、切り飛ばした直後に腕を振り払うようにして俺を遠ざけようとする動きは見せたがそれだけだ。こちらには見向きもしない。決して無視できないサイズのパーツを削いだにもかかわらず、魔物は目の前の餌に夢中らしい。
 どうやら痛覚みたいなものは無いっぽいな。知恵の方も、恐らく標的にした相手をひたすら追い続ける程度の知能しか無いらしい。
 それならそれで、コッチもやりやすい。

「無視し続けてくれるなら、その間に削れるだけ削らせてもらう」

 なおも前進しようとする魔物の軟そうな所から次々と削ぎ落としていく。
 イブリスの援護攻撃によって抉れたり、ひしゃげた部分を狙えば、結構いい感じで削っていけてる。そして、何となくイブリスが司る波がどういうものか理解できた気がする。
 これ、海で見る波とかそういうシンプルなものじゃなくて、音波とか振動波とか、その手の振幅全てを引っくるめて波として司ってんだ。
 魔物の身体を抉ってるのも、これ高周波とかそういうのぶつけてるんじゃないのか?

『御名答ですわ』

 おっと、正解を頂いてしまった。
 それと同時に魔物の左腕の肘がひしゃげる。此処を狙えってわけか。

「っ……っらぁ!」

 関節部とはいえ骨のある部位だ、かなり気合を入れて振り抜いたが、思ったよりも手応えが軽い。これは肉を刳り飛ばしたのと同時に、骨部分を振動でガタガタにしたのか? 確かSF作品でそんな兵器あったよな。
 なんにせよ、初めて骨格のある部位を飛ばせたのは大きい。上半身しか無いあの魔物にとって腕は攻撃と同時に移動の要だ。それを奪うことが出来たということは攻撃と同時に機動性も奪えたと言うことだ。これで周囲の被害は一気に減るはずだ。
 一応確認してみたが、唐突な乱入だったがちゃんと切り飛ばした部位は別々に閉じ込めてくれてるみたいだ。ああいう状況でも固まらずにちゃんと動けるのは熟練の傭兵ってことなのか?
 何にせよ、封印が進んでるのは良いことだ。このまま一気に切り取って……

「というわけには行かないようですわよ?」
「何?」

 イブリスの言葉に反応するかのように、今まで目の前の餌だけに集中していた魔物が、初めてこちらに向き直った。
 そして、切り飛ばしたはずの腕が今度は再生している。
 ……いや、再生じゃないな。切り飛ばした肘から先が確かに生えてはいるが、腕ではなく、腕と同じくらいの肉腫だ。

「何故腕を再生しないんだ?」
「あるじ様、アレが食い散らかした【餌】を見て何か気づきませんか?」

 気付き? と言われても、見るも無残な変死体しか残ってないんだが……
 どうやら、虫の集合体というだけあって口で齧りつく必要はないらしく、掴まれた傭兵がそのまま肉腫に飲み込まれ食い散らかされた瞬間は見たが、そうなった奴は変死体と言うか、骨しか残っていなかった。
 ……骨だけ?

「アイツ、もしかして骨は作り出せないのか?」
「さすがあるじ様。大したヒントもなしに正解にたどり着けるとは」

 やっぱりそういう事か。肘から先を肉腫に作り直したわけじゃない。腕を再生しようとしたけど骨がなくて、結果肉と皮だけが再生されちまったんだ。

「でも、なら始めにあった骨は何なんだ?」
「捕食した対象の骨格を使っているんでしょうね」
「あぁ、そういう事か」

 捕食した対象を骨以外食い尽くして、残った骨にまとわり付くように元の形を再現しているのか。

「でも、再生してるのはあくまで傷口を他の虫が埋めてるだけで、切除した分は再生しないんじゃなかったのか?」
「その認識で間違っていませんわ。身体を構成する躯屍蟲の数は、突然爆発的に増えたりはしませんもの。ということは?」
「再生したわけじゃなく、別の場所から動員している?」
「御名答ですわ」

 そういう事か。不死と言っても、滅ぼしにくいだけで不死身というわけじゃない。一見再生して、攻撃しても無駄なように見えても、見えない何処かにしわ寄せが確実に寄っているわけだ。
 つまり当初の予定通り、削っていけばいずれ倒しきれる訳だ。

「さて、やることは変わんねぇんだ。ちゃっとと切り分けちまおうか」
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