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五章
参百五話 国境を越えようと思ってみれば
しおりを挟む「へぇ、ラシウスの国境は簡素な柵くらいしか無かったのに、ここの国境は随分立派な壁で仕切ってるんだな」
あの後、野盗達からの再度の襲撃や獣からの夜襲なんてものもなく、極めて順調に旅を続け、ほぼ予定通りに国境の町までたどり着くことが出来た。
そんな俺達の前に立ちふさがっているのは右を見ても左を見てもずっと続く長い壁だ。
きっちりとした石造りで、今まで見てきた城壁と比べても遜色ないだろう。すごく頑丈そうで、これなら簡単に野盗や野獣なんかは入ってくることは出来ないだろうな。
「おそらくですけど、平原だったラシウス国境と違い、ここは左右が山に囲まれてますから、国境線の防壁を作るのが現実的だったんでしょう」
言われてみれば、確かに左右の山脈が壁のようになっている、一見とんでもない長さに見えて、そこまでとんでもない長さの壁が続いているというわけではないらしい。実際はあの岸壁に近角度の山の所までしか無いし、よく見てみると山の上の方までは壁が続いていない。
……いや、それほどでもないとは言いつつ、ぱっと見5~6キロくらいはありそうだけどな。でも確かに平野と違って区切るにはもってこいの地形なのかも知れない。クフタリアも丘を背後と左右に背負う形で、平原側に外壁と門置いてたしな。
それに山の上の方まで壁がないとは言え、あの急斜面を登っていくのは壁を登るのとほぼ変わらない難易度だろうし、壁の端には詰め所になりそうな場所も遠目に見えるし、まぁ忍び込むのは現実的じゃねぇな。
何というか、コレくらいガッチリ区切ってるほうが国境みたいな感じがする。いや、戦記モノのノベルなんかが好きでよく戦争中の国境線みたいなシーンが多かったからそんな印象があるだけなんだけどな。
現実の国境がそこまで厳重じゃないことくらいは流石に理解はしてるんだが、単にイメージの問題だ。
「それにしても結構待ちそうだな」
「まぁ、時間的に検問が始まったばかりだろうからな。この程度の列なら一刻程で入れるだろうよ」
一刻か。アルタヤの時の鐘は日中6回だったから……ということは二時間くらいか。
まぁ、それくらいなら仕方ないで割り切れるくらいの時間か。リアルでは行列とかあまり好きじゃなかったから、人が並んでるところには寄り付かなかったが、こっちに来てからは長時間色々待つことも多くなって、流石に慣れちまった。
携帯できる時計みたいなものが無いからなのか、結構時間にリーズなんだよな。この世界。
「それにしても、何でオシュラス側にだけ街があるんだ? これだけ大きな街があるならアルタヤ側も壁に並ぶように街を作ればいいのに」
デカイ街があるってことは流通があるってことだ。競争力は必要かもしれんが発展させるにはもってこいの環境だろうに。現実でも国境の壁を挟んだ大都市ってのは存在したはずだ。
「それは壁に並ぶように街を作ることが出来んからだな」
出来ない?
エルマーは何のこともない、みたいな感じで言ったが、国境を跨いでしまえばその反対側で何を作ろうが勝手だろう。現実にだってそういう街はある。なのにそれが出来ないと?
「どういう事だ?」
「ついさっき川を渡っただろう?」
「? ああ、そこそこ大きな川だったけど」
「あの川が国境線だ。今いるここは、既にオシュラスの土地なんだよ」
……うん?
「この壁が堺という訳ではなく?」
「ここはあくまでこの街を守る壁でしか無い。国境線はあの川で間違いない。だからこの壁に隣接して街を作ることは出来んのだ」
「でも、実際あそこで検問みたいなことをしてないか? 国境が川だっていうなら入国審査は端のところでやるべきじゃないのか? なのに何でそんな中途半端な……」
「別に戦争中なら兎も角、国に立ち入るのに検問なんかしやしないだろう。あそこでやってるのはあくまで街にヤバいものを持ち込まないかの検査だよ」
……そういや確かに、今まで街に入る為の検問は幾つもあったけど、国境をまたぐための検問って実は無かったな。現実ではパスポートやら入国審査とかニュースでよく見かけるからそういうもんだと思ってたが、実はこの世界だと国を跨ぐという行為は思ったよりも敷居が低い?
「戦時でもなければ国境を跨ぐこと自体に特に必要なことはありませんわよ。普通にしていれば簡単に入国自体は出来るはず。難しいのは国籍を得る方ですわね。国民と認められなければその国に定住することは出来ないですから」
「なるほど、不法入国の概念はないけど不法滞在は取り締まられるのか」
「いえ、流石にお尋ね者などは入国がバレた時点で即座に捕まりますわよ? 基本的に国境の検問なんて野盗共の侵入を防いだり、手配書に顔が乗るような危険人物の入国を防ぐのが主な目的ですもの。あとは、許可なく武器を持ち込もうとした場合とかくらいですわね」
「まぁ、普通に過ごしていれば他国に入るだけなら特に問題ないと」
「ああ、人の多く住む都市なんかに余所者が入ろうとすると流石に丁寧に取り調べられるがな。浮浪者に勝手に住み着かれたら街の方としても堪らんからな」
だから、国境とは違って都市の検問は強固だという訳か。
確かにアルヴァストの街に入る時とかかなり待たされたし、クフタリアの時も結構がっつりやってたな。
国境沿いにあったアルシュ街の時は、単純に国境と街門が同義だったから、それで検問がしっかりしてたっていうことなんだな。
「しかし、それなら何でこの街は国境から微妙に離れた場所に作られてるんだ? 川からここまでそれなりの距離はあるだろ。街の拡張用の余地とか一瞬考えたけど、あんな強固な壁があるとなるとその線も薄そうだし……」
「そこら辺の理由は、実はなにもないと思うぞ?」
「何もないのに、こんな半端なことするのか?」
それこそおかしな話なんじゃねぇか?
「元々国境はこの街の向こう側で、街自体はアルタヤに所属していたのを、大昔に戦争で負けて街ごと取られたかららしいな」
「負けたんかい」
領土争奪に負けて、国境線が動いたせいで今みたいな中途半端な事になってるって訳か。
「にしても、それならそれで、アルタヤ側も川の向こう側に街作ればいいじゃないかと思わなくもないがけどな。どのみち国境をまたごうとすれば必ずここを通るんだし、宿場町にしろ何にしろ需要はあると思うんだが……」
既にそれなりに立派な街があったとしても、それならそれで安宿という形で手持ちの金にあまり余裕が内装を狙い撃ちにする商売だって出来るはずだ。
「街を作ればこの壁のようなものも当然必要になる。目の前にすでに発展した競合相手が居るのに、隣に新興の街を作るコストと利益を天秤にかけて、割に合わないと切り捨てたんだろうな」
「アルタヤという国の事は、滞在したあの街の事しか知りませんが、おそらく国力自体が弱小ゆえに、インフラに投資する余裕が無いのだと思いのではないかと。少し考えれば安宿にも需要がある事くらいは分かるはずですし、あそこまで囲わなくても休憩所の体裁話すことが出来るはず。にも関わらず、あの街からこの場所まで休憩できる場所はありませんでしたもの」
言われてみれば、リュエラの街からここに来るまで寝られるような場所は一つもなかったな。宿場町なんて国境近くに限らなくても、一日二日の距離の間に一つあるだけでも結構需要はあるはず……なんて事は素人の俺でもすぐ思い浮かぶような事なのに、本当に一つもなかった。
「確かに治安は悪そうだったし、建物とかもクフタリアやアルヴァストに比べると大分ガタが来ている感じはしたが、そんなにあの国って力がないのか?」
「それなんだがな……信じてもらえんかもしれんが、実のところ弱兵の国であっても国力自体はそれなりに高いんだ。近隣国でも帝国や法国、それにカラクルムといった大国を除いて一番国力があるのがアルタヤなんだが……」
「判りませんわね。であれば何故インフラに投資しようとしませんの? 道や宿といった交通基盤が整わなければ人の出入りのハ敷居が上がり、国の発展を阻害しますわよ?」
「そんな事、俺が知りたいくらいだよ。俺にだって競合の居ない宿場町が銭を生むことくらいは分かる。にも関わらず、この国は国の定めた場所以外に街を作ることを許さない。何がしたいのかさっぱり分からん」
誰もが容易に思いつく金策を放棄する以上、なにか相応の理由があるんだとは思うが、どういう損得勘定が動いてるかなんてそれこそ王様じゃないと分からんだろうな。何も考えてないとしたら本当に王様やめたほうが良いんじゃねぇのって話だが。
……流石にないか。
色々、困った状況になってはいるものの国としては一応は存続しているし、弱腰外交であっても一刻の国民を食わせ続けているだけの国家運営力はちゃんと持ってるみたいだしな。
だからこそ、ときおり見える杜撰さが気になるのかもしれんが……
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