ささげ名を

兎守 優

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死合わせな邂逅

マナ

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「なんの真似だ。名前を話せるようにしろと言っただろ」
「しの!」
 音をまちがえたのだと、もう一度口にしてみる。シノはますます、こわい顔になっていった。
「俺の名前じゃない。君の名前だ、言え」
「し、の!」
 今度はもっと大きな声で一音一音、発してみる。シノの顔はどんどんこわくなっていく。どうしてだろう。隣でササガキがポンッと音を出した。
「あー、分かりやした。名前と言われたら、主の名前を口にするしか覚えてないんですよ、たぶん」
「遊んでるんじゃない。三日以内にコイツの真名を吐かせろ」
「まな!」
 シノから、"マナ"だけ聞き取れた。マナを繰り返したら、シノは‪柔 やわらかい音を出して目線を合わせてきた。うれしくて近づいても、怒られない。
「そうそう、君の真名だよ、真名」
「しのー」
 マナの意味がわからず、困って、シノと言う。シノはすぐに背を向けて、チッと言った。胸がチリチリと痛んだ。
「気安く呼ぶな、供物の分際で」
「坊ちゃん、辛らつ~」
「しのらる~」
「これは骨が折れそうですねえ」
 シノが行ってしまう。名前、覚えたのに。マナがわからないと、こっちを見てくれないの?
「真名、分からない。名前、知らない」
 マナというのは、僕の名前を聞いているのだとわかった。でも、僕に名前はない。知らない。だから、マナがない。シノが止まって振り向いた。
「笹垣。もうすぐ梅雨に入るんだが?」
「へえへえ。今年はまあ、早いですねえ、梅雨入り」
 こっちを向いてくれたのがうれしくてシノに飛びつこうとしたら、ササガキに捕まえられてしまった。手足は動くのに、全然前に進めない。
「で、私は思ったんですが、なにか覚えていれば口にするはずなので、この子には名前がないんじゃないかって」
「名前の与えられない供物なんて、今までなかったが? とぼけてるだけじゃないのか?」
「シノ、サマ。僕の名前、わかりません」
 わからないなら、はっきりそう言えばいい。お勉強のとき、ササガキに言われた。言われとおり、わからないから、マナはないとシノに言った。
 シノの表情がなくなった。白い顔。初めて見たときとおんなじ顔になる。
「最初。俺のことをアクマと言ったな。なぜだ?」
 『アクマ』──その音の響きが、木がいっぱいの場所での記憶を呼ぶ。光に照らされ、影をかぶったシノは、アクマと呼ぶにぴったりだった。それだけのことだ。なぜかと聞かれれば、きちんと説明ができなかった。
「シノ様。分かりません」
「あうあって、言っただけじゃないですか?」
 ササガキが僕の音を真似して言う。そんな変な声じゃない。「むー!」とササガキに言ってジタバタしていたら、シノが「あ、か、さ」と言い出した。だから僕は耳を向けてよく聞こうとした。
「……サクマでいい。‪柔 やわくてすぐ死にそうだから、ヤワイ サクマにする。戸籍を作っておけ」
「分かりやしたけど、坊ちゃん。漢字はどう書きます?」
「柔道の柔に、依り代の依、花咲くの、咲くに、麻の実で、麻でいい。記憶したな?」
「坊ちゃん、底意地が悪いですねえ。字は覚えてますけど、私は目が見えないんですがねえ」
「分かったよ。後で縫って書いておく。指でなぞれば分かるだろう。供物の準備は抜かりなくしておけ」
 シノとササガキの話は速くて聞き取れない。でも、一つだけ。理解して覚えた言葉を口にしてみた。
「シノ様。僕の名前は、ヤワイ サクマです!」
 シノがいつもとちがう顔をしてぼくを見た。すごくうれしかった。
「ありがとうございます!」
 飛び跳ねてうれしさを伝えたら、シノはなにも言わずに、行ってしまった。
 なにか悪かったのかな。僕はシノが全然わからない。うれしいのか、怒ってるのか、悲しいのか、楽しいのか、シノの感情はごちゃごちゃしていて、すごくわからなかった。
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