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死合わせな邂逅
どちらか
しおりを挟む連日の雨が人々の心に、暗い影を落とし始めていた。長い梅雨になるかもしれない。不安をかき立てる見立てがニュースや新聞で流され、井戸端の天気の話はもっぱら、晴れへの渇望で持ちきりになっていた。
雨が小降りになる。志音は重たい口を開く。笹垣は「わかりやした」と主の背中に言って席を立った。
傘と申し分程度の杖を持って、笹垣は光の失われた道を迷いなく歩んだ。あの森への道順を彼が忘れることはない。ほとんどないはずの記憶にこべりついた、肌と匂いの感触を手繰って、彼は辿りつくことができた。
ぬかるんだ道から、砂利道へ入ったのを彼は感じ取る。川のほとりにある倉庫へ、彼の足は赴く。志音が持つ鍵がなければ開けられないはずの、閉めきられた扉は簡単に開いて風を通した。
「『アイ』って……なあに?」
「どうしやした、藪から棒に」
暗く冷たい倉庫の中で、咲麻はぐったりとして横たわっていた。笹垣は声を頼りに暗がりを歩いて探り当てる。
「愛されてないって言われたんです。好きとはちがうって言われた。分からない」
志音に突き放されてから、咲麻は何度もお社へ行って、アレと話したのだろう。笹垣が教えていない言葉と感情を咲麻が覚えていることに、彼は気づいた。
「なるほど。坊ちゃんのお勤めに心がこもってないって見抜かれたワケだ」
ペタペタとあちこちを触っていた笹垣の手が咲麻の頬をペチリと叩いた。
「ねー、僕はシノさまが好き。一緒がいい」
足をバタつかせる振動が笹垣に伝わる。なぜこの供物は、何日も食べ物を口にしていないはずなのに、動ける体力が残っているのか、彼は疑問に思いつつも、意地悪な質問を口にした。
「じゃあ、『好き』か『一緒』か。どっちかしか選べないとしたら?」
お社のアレが人間に干渉できるはずはない。会話はしたと言うのだから、新しい語彙はアレから教わったのかもしれない。だが、食料の調達に関しては、この柔くて無知な供物にそんな知識があるはずはなかった。
「うーん、うーんとね、うーん……」
生き延びた理由はゆくゆく聞き出せばいい。ともかく、せっかくの供物を無駄にしないでよかったと笹垣は内心ホッとしていたのだ。
「『好き』にする。好きの方がいーっぱいだから」
単純でよかったと笹垣は口の端を歪める。考えを誘導する手立てはいくつも用意していたが、愚かなぐらい実直で裏がなくて、心底やりやすくて彼はほくそ笑んでいた。
「じゃあ、好きな人のために、好きな人のしあわせのために、『一緒』は選ばないね?」
彼は今しか知らないのだ。未来のことまではまだ理解できない。無知につけ込んでうなずかせるのは卑怯だと分かっていた。けれど、そうするしかないのだ。それ以外にどうすることだって、今までできなかったのだから。
今しか見えていない彼を少しうらやましく思う。先の災厄のことばかり考えて、今を犠牲にする自分たちがひどく浅ましく見える。
「早く逝っちまえ、クソガキが」
咲麻が不思議そうに笹垣を見上げた。笹垣はいつも通りのなんともない表情を張りつけて、彼に手を差し伸べた。
「さ、坊ちゃんトコに行きやしょう」
森から出て家に行くまで、笹垣に手を繋がれながら、咲麻は傘を抱えて何度も振り返った。
「泣いてる」
ぽつりとこぼれた言葉は雨粒とともに落ちてすぐ消えてしまった。
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