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死合わせな邂逅
うそつき
しおりを挟むパシャン、パシャンと水の跳ねる音でシノは我に返る。雨が止むのを待つ間に、ひと眠りしてしまったのかと、彼は目を擦った。そして、聞こえてきた、人の声に耳を疑った。
「シノさまー! ただいま戻りました?」
雨の中、傘を振り乱してサクマは川を越えて戻ってきた。ふわふわしたこげ茶色の髪が湿気を含んでしっとりして、濡れて服の色が変わっていたが、目だけは輝いて主を映している。見まごうことなき、志音が見送ったままのサクマの姿がそこにあった。
「ただいま……だと?」と志音は反すうした。彼にとってはよく聞く言葉で特段気には留めていなかったが、家の者の会話を真似したのだろう、彼の"ただいま"に、志音は口を開けてぼう然としてしまう。
「なにを、言ってるんだ……?」
「おつとめできました! へへ」
足元に黒い染みが広がっていく。絶望が蝕むこの穴に、すべて吸い込まれてしまえばいいのに。志音は呪い願った。
「なにか、声がしなかったか? お社で」
元気よくサクマは返事をした。聞いてほしくてうずうずしていた彼は早口で志音に伝える。
「シノさまに聞かれたら、こう言えって。『愛した者の真名を捧げよ』。よく分かりません」
志音の目の前は暗くなった。足元の暗闇からどろりとしたものが、手を伸ばしている。彼にはそう思えてしかたない。愛してたのに。名を失ったものたちが、声なき声を上げる。
彼はただ虚空を見つめた。耳を塞ぐことも、目を逸らすこともしない。愛した者を今まで幾度、捧げてきたことか。深く、深く愛した者との別れと引き裂かれる痛みに慣れてしまうほど、繰り返したはずなのに。
「まさか、そんな……供物として不十分だったのか。今さら代替を用意するなど……梅雨が明けなくなってしまう」
「シノさま。僕、シノさまが好きです。シノさまは僕のこと、好きですか?」
「分からないのか。『愛してる』と言っただろう。いいか、社にもう一度行くんだ。これは命令だ」
サクマはたじろいて、傘を落とした。目にいっぱい涙をたたえて、声を張り上げて叫ぶ。
「シノさま、声がうそつき!」
パシンと志音はサクマの頬を叩いた。手が出てしまったことに、彼は自分でも驚き、目を見開いてサクマを見ていた。
「いっ、たい。シノさま、ひどい!」
あぁ。これでいい。今年もこの村は守られる。今度こそ、まちがいなく贄を捧げるのだ。文句はないだろう。
道野樹志音は背を向ける。二人の距離はどんどん離れていく。河原に投げ出された傘がひとり、雨に打たれていた。
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