ささげ名を

兎守 優

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〝彼〟の名

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 森のてっぺんへ近づくにつれて、渦巻いていた咲麻の気持ちは凪いでいく。雨が止んで晴れた空のごとく、頂上に座すお‪やしろは神聖で清々しい場所だった。
 お‪やしろの前に人の形が現れる。道野樹志音と瓜二つの容姿の者だ。地面から少し浮いていて、輪郭は光に溶けてぼやけていて、ところどころ体が白んでいた。
「神は不変の存在。動じないからこそ、人間の信仰の拠り所になるのだ。人間は変わる、いとも容易く。神は変わらない。よって、約束の変更もありはしない。必ず、道野樹志音が執着したものの、名前すなわち、"真名"も捧げてもらう、異論は認めない」
 咲麻が口を開かずとも、それは告げた。
「でも、僕には今までの『ささげもの』より、多くのヒントをくれた。なんでですか」
「お前は異分子だったからだ。生まれ落ちたときに、真名を与えられなかった。ゆえに、その肉体が朽ちるまで、道野樹志音が授けた名をもらうことにしたのだ」
 神々しい姿のその者は咲麻に、『真名をもらう代わりに、一つだけ、願いを聞いてやる』と告げていた。約束に例外はないなら、恩情をかけることはないはずだ。なぜ、生贄の願いを聞いてくれるのか、咲麻は不思議だった。
「ささげものの願いを一つ聞いてくれるのは……なぜなんですか」
「私と道野樹志音が最初に交わした契約にあったことだ。『道野樹志音が捧げたものの意思疎通が可能な場合、そのものの願いを一つ聞き入れる。』」
 ささげものの意味を知ってしまった者は、志音のことを忘れたくないと願うだろう。なにも知らない者は、志音の幸せだけを願ったのだろうか。
 変だ。志音と似た姿の神さまはちっとも幸せには見えない。同じ姿形を持っているのに、神さまの方だけ、いつも独りぼっちに思えた。咲麻はずっと聞きたくてうずうずしていることをようやく口に出した。
「分かった。その前に、あなたの名前を聞いてもいい?」
 淡い光がたゆたう。咲麻はじっとその姿を見つめて答えを待った。
「──初めてだ。そう、訊ねられるのは」
「私は‪梓乃神しのがみだ」
 咲麻は微笑んだ。やっと名前が呼べるのだ。
「シノガミ様。僕はあなたに」
 ‪梓乃神しのがみは咲麻をじっと見つめる。
「僕の"ささげ"をお渡しします。道野樹志音の結んだ約束が果たされるまで、ずっと」
 ささげものが口にした言葉は願いではなかった。途方もない代償と天秤にかけても結び‪り合う約束。志音も‪梓乃神しのがみも、どちらもさみしくならない道の話。それは、奈落の底から、天上の光へと続く、神話みたいなおとぎ話だ。
 物語に嘘はつきものだ。‪梓乃神しのがみは嘘をついた。供物として捧げる物は、ささげものの真名でなければならない。これは絶対だ。仮称でも他称でも自称でもあってはならない。もちろん、道野樹志音が名付け与える名前も不可だ。真名を与えられる者は、血縁者以外、認められない。
 なぜ、自身がそのような気まぐれを働いたのか、ようやく出た結論を‪梓乃神しのがみは口にした。
「退屈に花を添えてくれた礼、か」
 咲麻というささげものと共に歩む夢を見た。咲麻にたくさんの話をして、教え聞かせた。同時に、自身に向けられるはずのない、太陽のような笑顔を彼は惜しみなく、‪梓乃神しのがみに与え返した。
 晴れを運んでくる、その足音を‪梓乃神しのがみはお‪やしろで、静かに待っている。
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