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嵐の様に

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材料屋から自宅へ戻ろうと、街の外れの街道を歩いていた時だった。
家紋は刻まれていないのに、やたら豪華絢爛な一台の馬車が停まっており、更にその馬車を守るように護衛が二名控えているのが視界に入り、嫌な予感が胸を掠めた。

私の姿を確認するや否や、護衛が馬車の扉をスッと開け、中にいた人物が降りてくる。
馬車から出てきた足は、可愛らしいガラス細工の小花が散らされたラウンド型の靴を履いており、相変わらずピカピカに磨かれたそれは傷ひとつなく新品であるかの様に輝いていた。

「……ごきげんよう、黒の魔女様?」
にこり、と笑ってはいるが、そのルビーの瞳は半眼で言い方が刺々しい。
「エリカ様……まだ、薬は」
薬を催促されているのだと思って私は口を開いたが、そうではなかった様だ。話を途中で切りながら、エリカ様が口を挟む。
「ねぇ、あなた宰相のジョナス様とお知り合い?」
「えっ……」
何故いきなり、ジョン様の事を聞かれたのかわからない。

どうしよう。
何と答えたら、ジョン様に迷惑が掛からないのだろう?

だがしかし、恐らく確信があるのだろうエリカ様に嘘をついて、知らないで通すのはむしろ危険な気がした。

私は一瞬だけ考え、答える。
「はい」
「……では、ジョナス様が義理の妹と結婚した事はご存知?」
「えっ?そうなのですか?」
ジョン様は、求婚する、とは言っていたが、結婚した、とは知らなかった。

どうしよう、何のお祝いも持たずにベアトリーチェ様と訪問してしまった。
いつ入籍されたのだろう?
一国の宰相の息子の婚姻が、婚約や御披露目もなくそんなにあっさり終わるなんて思っていなかった。
けれども、ベアトリーチェ様と訪問した時にジョン様もジュリアマリア様も何もおっしゃられなかったのに、こちらから人聞きで祝福をするのは変ではないだろうか?
私が悩み焦っている様子を見て、エリカ様は鼻白んだ様だった。

「あら、二人が急に結婚したのはあなたに関係が……原因があると思っていたけど、違うのかしら?」
「はい。……いえ、むしろ関係があるのはエリカ様です。ジュリアマリア様は、エリカ様のお陰で助かったのですから」
「……は!?どういう事!?」
私の回答に、エリカ様が語気を荒げて噛み付いた。

「エリカ様も、ジュリアマリア様と懇意にされていた様ですのでご存知かと思いますが」と前置きをし、私は簡単に説明する。
元々ジョナス様と知り合ったのは、ジュリアマリア様が心を病まれた為である事。
心配して自分を訪ねたジョナス様に、そこでは大した薬を渡す事が出来なかった事。
しかし、たまたまエリカ様の依頼のお陰で蘇生薬を精製しており、人間での治験は難しいと思っていたところに、ジュリアマリア様の訃報が入った事。
自分はジュリアマリア様に蘇生薬を使用し、その副作用まで確認出来た事。

「……なんですって……?」
私は全く嘘をついていない。
「ジュリアマリア様が心を病まれなければ、私はジョナス様とは知り合わなかったでしょうし、エリカ様が蘇生薬を依頼されなければ、私はジュリアマリア様が一度亡くなったタイミングで蘇生薬を持ってはいなかったでしょう」
「……!!」

つまり、ジョナス様とジュリアマリア様をくっ付けたのは、結果的にエリカ様なのだ。
それに気付いたエリカ様は、顔を蒼白にさせてふらっと倒れ込む。
「エリカ様!」傍にいた護衛がしっかりと彼女を支えてくれて、ホッとした。

「わ、私が……そんな……何の為に……!!」
「エリカ様、ひとまず馬車の中に……」
「ジョナス様は絶対手に入れたかったのに……」
「大丈夫ですか、エリカ様」
「……隣の王子はショタポジだし、好みじゃない……けど、そうね……」
「エリカ様、お水は飲まれますか?」
「いつかは、成長するわよね……」

ぶつぶつと一人呟くエリカ様の様子に驚いた護衛達が何やかやと気を回しているが、当の本人はどうでも良いらしい。
心配して支える護衛の手を、「触らないで!」とパシリと叩き、ルビーの瞳を馬車の中からこちらに向けた。
怒りや悔しさを滲ませた、鋭い眼光で。

「……依頼を変更するわ。蘇生薬をやめて、惚れ薬にする。先に誰の依頼で作っていようと、構わないわ。出来た物を、私にも売るのよ。売らなかったら……わかっているわよね?」
「……はい、畏まりました、エリカ様」

私は頭を下げながら、やはりこうなったかと眉間に皺を寄せた。
良かった、惚れ薬も改良していなければ、どういう風に使われてしまうかと想像するだけで恐ろしく感じる。


「蘇生薬は一回依頼したから、金貨一枚位は出してやっても良いわ。強化薬と毛染め、それとあの薬・・・はどこまでいってるの?」
「今は副作用の確認の段階です」
「そう。……まぁ、仕事をしているのなら問題はないわ。後どれくらいで出来るの?」
「二週間頂ければ、大丈夫かと」
「わかった。……そうそう、この街の黒猫は56匹だったわ」
構えていても、私の肩はビクリと震えた。

街では、どうしても目で猫探しをしてしまう。
そして、黒猫どころか普通の猫ですら一匹も見つけられなかった。
元々猫の気配がここそこに感じられる街だったのだが、黒猫狩りのせいで猫そのものが怯え、人目につかない様にひっそりと暮らしているのだろう。

猫の心情を考えると非常に痛ましい事だが、そのきっかけを作ってしまったのは紛れもなく私。
そこまで長く引き止められた訳でもないのに、エリカ様の言葉が背中の籠をずしりと重たく感じさせる。

──56匹の黒猫を無事に返して欲しければ、さっさと薬を寄越すのね──
猫達の命の重みが背中にのし掛かった様で、私は歯をくいしばった。

それを見て、エリカ様は鼻で笑う。
馬車の扉が閉められ、直ぐに小窓があいた。
「じゃあこれ、蘇生薬の手間賃よ。受け取りなさい」
小窓から出された指先から、金貨一枚が放り投げられる。

埃を舞い上げながら馬車が発車するのを見送り、私はその金貨を拾う。
……まるで嵐の様だった。
この金貨は、私の貯金ではなくシスターに寄付させて貰おう。
寄付というには少額だが、しないよりはした方が良い。
背中の重みを感じながら、今日見た子供達の笑顔に励まされつつ帰路についた。



***



重たくなった足を引きずり、何とかたどり着いた作業場で籠いっぱいに詰め込んだ材料を仕分ける。

今日は何だか色々あった1日だった。
ベリアルが戻って来るまでまだ三週間もあるが、気分的には1ヶ月は過ぎた心地だ。

──私には、私の出来る事を。


その後は一週間程、平穏な日々を送った。
薬に集中していれば心配事は意識から追い出せたが、毎晩夜になるとベリアルの事を思い出して眠れなくなる。
そんな日はジュリアマリア様用にと多めに準備しておいた香を焚いて、無理矢理眠りについた。

ベリアルならきっと大丈夫だ。
何せ、悪魔なのだから──そう、自らに暗示をかけて。

そんな日々を送り、一週間後私が街へ行くと、薬屋経由で早々にシスターから連絡があった。
薬の治験の結果がほぼ揃ったので、教会に寄って欲しいという話だ。
元々寄らせて頂くつもりだったが、急かしてしまっている様に感じないかと思っていた為、連絡を頂けたのがとても有り難かった。
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