私だけに優しい世界

イセヤ レキ

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転生先の出会いは

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「自分の家だと思って、楽にしてよ」
カラカラと笑いながらお茶を勧められても、そわそわして落ち着かない。
王宮に入るのは、人生で初めての事だった。

泉先輩が人払いをしてしまった為に、先程私を助けてくれた赤髪のポニーテールの女性も部屋の外に待機してしまい、部屋には男性である泉先輩と私の二人っきりだ。

先程の女性は、男性につく近衛騎士との事だった。
どうりで、見た事のない制服だった訳だ。
闇取引で男性は高値──それこそ一生遊んで暮らせる値段──で売買される事もある為に近衛騎士がつくというから、驚きだった。
この世は男性がハーレムを合法的に築ける、男性にとっては夢の様な世界だとばかり思っていたから。
男性として転生してしまった泉先輩にも、今まで様々な困難が実はあったのかと思うと胸が痛む。

目の前の泉先輩は、勿論そんな様子をおくびにも出さずに以前と変わらず綺麗な顔に笑みを浮かべていた。以前と変わらない、猫っ毛でふわふわとした茶色いショートの髪が、緩やかにカーブを描いている。


「まさか、美音までこの世界にいるとは思っていなかったよ。……神に感謝しなければね」
「……私も、驚きました」
「美音は……あぁ、今の名前は何て言うのかな?」
「今もミオン、です」
「そっか。そんな気はしたんだけど……年は何歳いくつ?」
「18です」
「そう。今度は同級生なんだ。……誕生日って、いつなのかな?」
肩がびくりと震える。
誕生日を尋ねた、先輩の真意を聞きたいのに聞けない。
そして、私には答えなければならない義務があった。

「……アグルの月の、ミオンの日です」

泉先輩は、にっこり笑う。

「そう。じゃあ、一緒だね」

綺麗な、曇りのない顔。
私を恨んではいないのだろうか?
やはり、私達はあの日に一緒に死んで──この世界に転生したらしい。



***



日本という国で、私は所謂箱入り娘だった。
ピアニストの父と、バイオリニストの母。
そしてその一人娘だった、私……美しい音、と書いて美音。

幸か不幸か、見目麗しい両親から生まれた私は、幼い頃から可愛い部類の子供だった。
小さな頃から変質者につきまとわれたり、誘拐未遂まがいの事件にまで巻き込まれた事もあるらしい。
一人娘を心配した両親は、私を過保護に育てた。
幼稚園から大学まで女性のみしか入学が許されないという、淑女を育てあげるお嬢様学院に入れたのだ。

その学院は中学生から全寮制となり、戒律こうそくもそこそこに厳しかったが、私には合っていた。
何より、警戒せずに付き合える女性のみで構成された学院は居心地が良かった。

たまに外に出れば、友人であるわけがない男性に声を掛けられたり、気安げに肩を組まれたりした。
ある日、友人の誘いで歓楽街にある劇場に足を運んだ時、変な男性の集団に強引によくわからない場所に連れていかれそうになった。
たまたま目撃していた通行人が警察を呼んでくれて事なきを得たが、それは多少苦手、というレベルだった男性に対する認識を、恐怖症レベルに引き上げた。

あまり人付き合いが好きではなく、一人でピアノやバイオリンを弾いたりしている方が好きな私は近しい友人も数が少なかったが、その学院にはシスター制度というものが存在していた。
所謂、先輩が後輩の面倒を見る、という縦の交友関係を広げたり、上下関係の基本を学ばせる為にその制度があったのだが、その制度で知り合ったのが泉先輩だった。

先輩は、どちらかというと一人を好んで部屋の隅にいる私とは真逆で、快活で行動的、人を惹き付ける魅力があり、注目を浴びる事が多く他の生徒から慕われる存在だった。
中には、本気で先輩に恋する同級生に、シスター制度の相手を交換して欲しいと言われた事もあった程。
先生方に「公平に決めた」と言われ、結局交換する事は叶わなかったけど。

私はそのまま、泉先輩に中学の二年間、お世話になった。
そして、高校に入った時も、たまたま泉先輩にあたったのだ。

泉先輩は、持ち前の活動力で私を色々なところに連れて行き、そして沢山の経験をさせてくれた。

高校二年生になって、今までも何回か行った事のある泉先輩の家の別荘に誘われた時も、何の躊躇もなく是非、と話を受けたのだ。


──それが、私の日本での最後の記憶だ。

別荘の近くの湖で、先輩が救命具を取りに行く、と言ってくれたのに、その手間をかけさせたくなくて「大丈夫ですよ」とそのままボートに乗ってしまったのも。
先輩が動かない様に指示したのに、蜂の大群に驚いてパニックを起こし、ボートから落ちたのも。
溺れて助けようとしてくれた先輩にしがみついてしまったのも。
全て自分の責任だ。

先輩の命を奪ってしまったのは、紛れもなく私。
先輩には、日本という世界でもっと素敵な生活や出会いがあった筈なのに。


私は罪悪感に胸が締め付けられながらも、先輩の瞳からその感情を読み取ろうと必死に見つめた。
──いっその事、罵倒してくれた方がこちらの気も晴れるのに、先輩は酷く優しい……愛情すら感じられる眼差しでこちらを見ている。

「……あ、の……、私、本当になんて言ったらいいか………」
「ストップ」
「え?」
謝ろうとしたが、先輩に止められた。
「もし、謝ろうとしてるなら、やめて欲しい。本当に謝るべきなのは、私だから」
「……え?」
「けどごめん。私はミオンに謝らないかわりに、絶対この世界でミオンを幸せにするって約束する」
「え、と?」
「ねぇ、ミオン」
「はい」
「ミオンには、伴侶はいるの?」
「はい?あ、いいえ」
「そう。恋人は?」
「いいえ」
「そう。……私は、本当に……、ねぇミオン。良かったら、私の妻になってくれないかな?」
「……はい?」

男性となった泉先輩に、再会して数時間でプロポーズされた私は、余程間抜けな顔をしていたに違いない。



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