私だけに優しい世界

イセヤ レキ

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転生先の婚姻は

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いくつかの条件は出したが、結局私はその話を受けた。
最終的に、「ミオン以外に転生した知り合いに会った事もないし、精神が酷く不安定なんだ」と泉先輩が辛そうな様子を見せたというのが決定打となった。
恵まれていると思っていた男性にも色々な問題があるのだと知ったばかりだと言うのもある。

友達というのはどうですか、と聞いてみたものの、男性が王宮の外を出歩くには酷く手間が掛かるらしい。
また、男性が出入りする家は何かしら狙われるかもしれないと言われれば、頷くしかなかった。

それでも、後宮に住まうとなれば、どうしても他の妻からの嫌がらせや他の人達との付き合いが出てきてしまうだろう。
新しい世界でも人付き合いを苦手とする私は、先輩に「公務や晩餐会などに自分を引っ張り出さない事」と、「もし後宮でのトラブルに耐えられなくなれば、即日報告→解決しないのであれば、離婚も視野にいれたい」という妻としてあるまじき──もしくは婚約者としての覚悟が初めから皆無な条件を突き付けた。
それにも関わらず、先輩は「そんな事で良いの?」と快諾してくれたのだ。


色々と面倒であろう手続きもあっという間にされ、私の要望で結婚式すらあげずに、気付けば私は先輩と夫婦になっていた。



***



私が、小さな住まいから持ち物全てを後宮に移した初日。
ハンプトンという、ピアノに似た楽器を私が弾くのを、先輩はニコニコしながら眺めている。
以前はハンプトンの講師としていくつかの生徒を受け持ったり、演奏会で弾いたりして稼いでいたが、王宮に招かれてからは主に作曲を生業にする事にした。
──というのも、本来なら男性の妻というのは、国庫で養って貰えるらしく、稼がなくて良いらしいのだ。
それでも、離婚もあり得るという後ろ向きな結婚をした手前、自らの収入をゼロにはしたくなかった。
よって、今まではしたくても時間やお金の問題で挑戦出来なかった、作曲業に手を付けたのだ。

私が引っ越しを終えたのは午前中いっぱいで、お昼を頂いた後から楽器を手に取っている。
楽器を持つと時間の経過を忘れて没頭してしまう私だが、泉先輩から声を掛けられ、何時間も夫となった人を放置してしまった事に気が付いた。

少し疲れを感じて手を休めた絶妙なタイミングで、先輩は夕飯に誘ってくれたのだ。
「ミオン、そろそろ夕食にしようか」
「す、すみません先輩……!」
「いいよ、ミオンが楽しそうに楽器を鳴らすのを見るの、昔から好きなんだ」

穏やかな口調で全く咎める様子のない先輩の態度に恐縮してしまう。

「あ、でも。もう先輩じゃなくて、イヅミって呼んで欲しいな」
「は、はい。イ……イヅミ、さん」
「はは、ミオン真っ赤。可愛い」

泉先輩は、私の毛先をさらりとつまんで口付けた。
元々女性なのに、泉先輩は日本で出会った時から、この仕草が多かった。
懐かしさで、胸がトクン、と音をたてる。

「先輩、は変わらずカッコいい、です」
「ミオン……言った傍から……」
泉先輩が苦笑する。
「あ、イヅミさん、カッコいい、です」

「料理、冷めますよ?いちゃつくのは後でたっぷりして下さい」

私達の会話に、近衛の赤髪ポニーテールのスイさんが入り込んできた。
私を助けてくれた女性だ。

「今行くよ」

スイさんの近寄ってきた気配に、泉先輩は見た事のない表情で私の腰を引き寄せた。

「イヅミ様、確かに私は女性専門ですが、そんなに警戒しないで下さい。流石にイヅミ様の奥様は圏外ですよ」

見た事のない表情、は泉先輩が警戒している表情だったらしい。
スイさんは、私にウインクしながら続けて言う。

「まぁ、非常に美しい方ですから、イヅミ様と別れたら勿論アプローチ致しますがね」
「おい」
「冗談です」

泉先輩の近衛騎士をつとめる者は全て女性嗜好の方らしく、部屋が落ち着いて一息つくなり、泉先輩から一番に「襲われる事はないと思うけど、念のため用心してね」と注意されたのだ。

見ていて明らかに近衛騎士の皆さんは泉先輩を弟の様に可愛がっているのがわかるし、私に対して必要以上の好意や敵意を示す方も勿論いない。

心配してくれる泉先輩には悪いが、そんな先輩が可愛く思えて少し笑ってしまった。



***



夕食をゆっくり頂いて、与えられた部屋に戻る。
泉先輩も付いてきて下さった。
部屋の中で精一杯おもてなしをしながら、私は思った。

──いつ自室に戻られるのだろう、と。

思いながらも、先輩を部屋に返す上手なきっかけが与えられずに、会話だけは弾んでいく。

「──でね、私達は挙式をしなかったから、今このブレスレットをミオンにあげたいんだ。ああ、この世界の結婚指輪みたいなものだよ」
「そうなんですか?」
「そう言えば、女性同士の結婚の場合は刺青を入れるんだっけ?」
「みたいですね」
「男と女の場合、ブレスレットなんだけど……ミオンにはね、足に付けて欲しいんだ」
「アンクレットですね」
「そうそう、アンクレットだ。言い方忘れちゃった」

足に付けて、と言われて思い付く。
泉先輩を、部屋に返す為の上手い口実を。

「ありがとうございます、有り難く頂きます……お風呂に入って、綺麗にしてからつけさせて頂きますね」
「気にしないで良いのに」
「……あの、お風呂にこれから入りますので……」
自室に戻られては、そう続けようとしたが。
「そうだね、もうそろそろ遅い時間になるしね。さ、入ろう」
「……え?」
「お風呂。入るんでしょ?」
「はい」
「一緒に入ろう」
「……はい?」

私は、再び泉先輩に間抜けな顔を晒している事だろう。

「昔何度も温泉に行った事あるし、プールだって海だって一緒に入ったでしょう?今更だよ」
泉先輩に、後ろから優しく押されながら風呂場まで来てしまい、思考が停止する。
私が男性恐怖症だと知っているからか、泉先輩に触れられたのはこれが初めてだったが、それは酷く優しいタッチで恐怖心が沸くことはなかった。
「でっ、でも……」
「……私が、怖い?」
「……いえ、泉先輩なら……イヅミさんなら、大丈夫です、が……」
「ミオンが嫌がるなら、勿論やめるよ。ただ、私はこの世界に生まれてから水が苦手になっちゃってね……私の為に、一緒に入ってくれたら嬉しいのだけど」


……結局、気づけば一緒に入っていた。

するすると着ていたものを脱いで、泉先輩はサッとタオルを下半身に巻き付ける。
私も泉先輩に倣って服を脱ぎ、タオルを身体に巻き付けたところで再び泉先輩に優しく身体を押されて浴室内に足を踏み入れた。

「泉先輩……イヅミさん、本当に男の身体なんですね……」
「うん。触ってみる?」
「い、いいえ、結構ですっっ」
「じゃあ、昔みたいに洗いっこしようか?」
「えっ……」

確かに、中高生の時は無邪気にじゃれてくる先輩を無下に扱う事も出来なくて、一緒にお風呂に入った時はお互いの身体を洗い流したりもした。
しかし、今は明らかに状況が違う。

先輩は男で、男は……

「……やっぱり、怖い……?」

捨てられた子犬の様な目で、見つめられる。
眉なんて、見事な八の字だ。

結局、昔から先輩のこの顔に弱い私は、先輩に流されるまま身体をまるっと洗われるのだった。
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