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4 旦那様と母
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若様が母を恨むという夢を見た翌日、私は夜遅くに若様の部屋を訪ねた。
「若様、少しよろしいでしょうか」
障子越しに嗚咽している音が聞こえていたが、私が声を掛けるとそれはピタリとやんだ。
狸寝入りのつもりだろうかと思いながら、私は若様の部屋の障子をスパンと開ける。
「な……っ!し、使用人の癖に無礼だぞ!!」
「使用人でなくても、無礼ですよ若様」
若様は泣いた跡を隠そうとして、顔を腕で覆いながら私を咎めた。
そのまま布団に潜り込もうとする若様の片腕を、私はぐっと掴む。
「若様、これからこっそりと旦那様のお部屋まで参りましょう」
「は!?」
私は若様の腕を引っ張って、シンとした廊下を床鳴りがしないように歩いた。
本当に旦那様の部屋へ向かっている、と気付いた若様は「お前、自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」と顔を紅くしながら囁いた。
囁いた、というあたりに育ちの良さと、本音を感じる。
「大丈夫です、若様が心配なさっているようなことにはなりません」
「ひ、人の、それも主人の情事を覗こうとする使用人なんて、明日には出て行って貰うからな!父上に見つかったら、お前に無理矢理連れて来られたって……」
強めの口調で、けれどもやはり小声でコソコソ話す若様を無視して、私は旦那様の部屋の縁側が見える廊下の曲がり角で止まった。
「おい、急に止まるな」
「若様、あちらを」
「わ、私は覗きなどしないぞ」
「若様が期待していらっしゃるような、いかがわしい光景ではありませんから」
「なんだと……っ」
カッとなったらしい若様は、ムキになって私の指し示すほうを見た。
「……あれは、囲碁をしているのか?」
「ええ、そうです」
月明りの下、二人は縁側で碁を打っていた。
私が物心つく前からの、二人の習慣だ。
「旦那様が私の母を好いているのは事実です」
正直に伝えれば、若様は俯いてぐっと唇を嚙み締めた。
「母がこの屋敷の使用人として旦那様に雇われた日、旦那様が母に囲碁で千勝して、その時にも旦那様の気持ちが変わらなければ、旦那様からの求婚を受け入れるという約束を交わしたそうです」
そして娘の私が結婚適齢期になるほどの年月が過ぎた。
それでも旦那様は、囲碁だけに特化した能力を持ち合わせている母と対局し続け、千勝するまであと僅かというところまでこぎ着けた。
「若様、私の母は旦那様のお誘いを、ああして囲碁で勝ち続けることで毎日避け続けています。ほかの者たちが言うように、母から旦那様を誘惑した事実はございません。対局が終わるまで私は二人の傍にずっとおりましたし、二人がしたことと言えば碁と、子煩悩全開の子ども自慢話くらいですよ」
私が笑ってそう言えば、若様は戸惑った表情を浮かべた。
「若様、少しよろしいでしょうか」
障子越しに嗚咽している音が聞こえていたが、私が声を掛けるとそれはピタリとやんだ。
狸寝入りのつもりだろうかと思いながら、私は若様の部屋の障子をスパンと開ける。
「な……っ!し、使用人の癖に無礼だぞ!!」
「使用人でなくても、無礼ですよ若様」
若様は泣いた跡を隠そうとして、顔を腕で覆いながら私を咎めた。
そのまま布団に潜り込もうとする若様の片腕を、私はぐっと掴む。
「若様、これからこっそりと旦那様のお部屋まで参りましょう」
「は!?」
私は若様の腕を引っ張って、シンとした廊下を床鳴りがしないように歩いた。
本当に旦那様の部屋へ向かっている、と気付いた若様は「お前、自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」と顔を紅くしながら囁いた。
囁いた、というあたりに育ちの良さと、本音を感じる。
「大丈夫です、若様が心配なさっているようなことにはなりません」
「ひ、人の、それも主人の情事を覗こうとする使用人なんて、明日には出て行って貰うからな!父上に見つかったら、お前に無理矢理連れて来られたって……」
強めの口調で、けれどもやはり小声でコソコソ話す若様を無視して、私は旦那様の部屋の縁側が見える廊下の曲がり角で止まった。
「おい、急に止まるな」
「若様、あちらを」
「わ、私は覗きなどしないぞ」
「若様が期待していらっしゃるような、いかがわしい光景ではありませんから」
「なんだと……っ」
カッとなったらしい若様は、ムキになって私の指し示すほうを見た。
「……あれは、囲碁をしているのか?」
「ええ、そうです」
月明りの下、二人は縁側で碁を打っていた。
私が物心つく前からの、二人の習慣だ。
「旦那様が私の母を好いているのは事実です」
正直に伝えれば、若様は俯いてぐっと唇を嚙み締めた。
「母がこの屋敷の使用人として旦那様に雇われた日、旦那様が母に囲碁で千勝して、その時にも旦那様の気持ちが変わらなければ、旦那様からの求婚を受け入れるという約束を交わしたそうです」
そして娘の私が結婚適齢期になるほどの年月が過ぎた。
それでも旦那様は、囲碁だけに特化した能力を持ち合わせている母と対局し続け、千勝するまであと僅かというところまでこぎ着けた。
「若様、私の母は旦那様のお誘いを、ああして囲碁で勝ち続けることで毎日避け続けています。ほかの者たちが言うように、母から旦那様を誘惑した事実はございません。対局が終わるまで私は二人の傍にずっとおりましたし、二人がしたことと言えば碁と、子煩悩全開の子ども自慢話くらいですよ」
私が笑ってそう言えば、若様は戸惑った表情を浮かべた。
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