[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第一章 海軍の男

4 ここはVIP席

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 健司が浴室の戸口を開けた。このとき、コンビニのドアのように「ピンポーン」と口にしたので、康太は慌てて半歩下がった。
「健司、態々わざわざ、そんなことしなくても」康太は小声で云った。
「いつもの席が空いているぞ。ラッキー」
 戸口から真っすぐ行ったどん突きに、丁度ふたり並んで坐れる洗い場がある。そのすぐ右は湯槽ゆぶねになっているので、洗ったらすぐ湯につかることができた。
 康太はひとまず安堵して、
「あそこもぼくらの予約席みたいなもんだよね」
 と云ったが、すぐに不安そうな顔になった。
「それでは、林康太様。VIP席までご案内いたします」
 健司が揶揄からかう調子で云った。
 
 早足で歩けば十秒もかからないそのVIP席まで、健司は時間をかけて康太を案内した。すでにいた先輩や新入生のひとりひとりに声をかけ、愛想をふりまきながら、ちょっとした花魁道中のようにゆっくりと進んでいったのだ。
 まえも隠さず堂々としている健司のそのうしろを、康太は少し猫背気味になってついていくのがやっとだった。
 ようやくVIP席に坐ると、康太は洗面器に湯を溜めながら、
「体操部の人たちも陸上部の人たちも、会うの今日が初めてじゃなかったよね?」
 と不満を投げつけた。
「サッカー部がいただろ」
 健司は掛湯をしながら、そっ気なくそれを返した。
「新入生だった。先輩ならともかく」
 すると健司は諭すように、
「おまえのためだぞ。今後、いつも一緒に風呂に行けるとは限らないんだから、今のうちに慣れておかないと」
「そりゃまあ、そうだけど」
 康太は俯き加減で掛湯をした。
「さ。風呂だ、風呂だ」健司は立上り、湯槽へ向うついでに云った。「今井先輩、今日こそ来るといいな。おれが話つけてやってもいいぜ」
「それはちゃんと自分で云うから……」
「あっ。かご、持ってきて」
 湯槽のなかから健司が云った。
「はいはい」
 康太は立上り、急いで湯槽に飛びこんだ。
 
 なるほど此処はVIP席だ、と康太は思った。康太がいるのは湯槽の角で、左に健司が陣を取っているので不安はない。それに丁度、対角線上に戸口が見えた。そしてこの二週間、隅っこのこの席に近づこうとする者はいなかった。あとは今井があの戸口から現れるのを待つだけだった。
 戸口が開く音がした。康太が目を向けると、すでに顔なじみになっていた水泳部の新入生たちだった。彼らは康太から見て左の、シャワーのある一画に集まってなにやら騒ぎはじめた。
「健司、水泳部の皆んなだけど、あれ、何やってるのかな?」
でも剃りあってんじゃねえの?」
 健司は左を見るともなしに、少し馬鹿にしたように云った。
「それって都市伝説じゃない?」
 すると健司が頭まで湯に潜ったので、康太は真相を確かめることができた。ふたたび浮かび上がってきた健司は、驚いた表情の康太に向って、
の連中は、おれたちとは文化が違う」
 と、付け足した。
「またそういうことを云う。もうやめたら?」
「地に足をつけているのが俺たち陸軍。ただし陸上でも高跳とか幅跳は空軍。水着になるのが海軍。うまい喩えだろ」
「トライアスロンは陸軍と海軍とどっち?」
「陸軍特殊部隊」間髪いれず、健司は云った。
「水泳があるのに?」
「マラソンでゴールだからな。それに三種目のうち、二種目が陸軍だろ?」
 康太はため息をついて、
「海軍になんか恨みでもあるの?」
「だってさ、海軍の連中って――」さっき見ただろう、と云わんばかりに、健司は宙で剃刀の手を真似た。
 そこまでだ、と康太は湯のなかで両手を組んだ。それに気づいた健司も素早く同じようにした。ふたりは鉄砲を構えた。先に撃ったのは康太だったが、組んだ両手の隙間から湯水がほとんど漏れてしまった。ついで健司が余裕の表情で康太の顔にたっぷりと湯水を浴びせた。
 健司は勝者のように笑って、
「水鉄砲もできないんじゃ、海軍の連中をやっつけられないぞ」
 その隣りで康太は、ひとり、思った。
 ――海軍だからって、毛嫌いすることないのにな……。
 康太には今井以外に気になる先輩が、ひとり、いた。同室の二番目の候補だ。
 それは、だった。
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