魔拳のデイドリーマー

osho

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第424話 老鬼の切り札

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 ヤマト皇国北西部……『イズモ』の戦線。

「ひゃっひゃっひゃっ、どうしたどうした? 雁首揃えて、このような婆1人仕留められぬか?」

「うっわ……あのお婆さん、サルか何か?」

 木々の間を縦横無尽に……クロエが思わず呟いてしまったように、まるでサルかイタチのように飛びまわる、小さい影。

 生半可な動体視力では捕らえられぬその者の正体は、この区域の『鬼』の軍の指揮官である老婆……オウバである。

 腰が曲がり、見た目には……仮に人間なら、間違いなく80や90にはなっていようという老人の見た目であるにもかかわらず、戦いの場で動き始めたその者の力は、色々な意味で予想外のものだった。

 右手に持っている……先程まで体重を預けていたように見えた杖から、仕込み刀を抜いて、老人とは思えない身軽さで跳ねまわる。
 木から木へ、枝から枝へ飛び移り、時に木の幹を蹴って三角跳びのようなアクロバティックな動きすら披露して敵を翻弄。

 多勢に無勢などという言葉をひっくり返さんがごとく1人で大立ち回りを繰り広げている。

 老婆だと甘く見て斬りかかった幾人もの朝廷方の妖怪や兵士は、その動きについて行けず、視界にせよ体の動きにせよ、反応できる領域の外から浴びせられる一太刀によって、次々と命を刈り取られていた。

「こんのっ……何よお婆さんちょっと!? 『派手にやるばかりが戦いじゃない』とか何とか言ってたくせに、よっぽどド派手に動き回ってんじゃないの自分が!」

「ひゃっひゃっひゃっ、臨機応変というやつじゃよ。それに、このくらいで派手だのなんだの言っているようでは、鬼の戦いにはついてこれぬぞえ、小娘―――おっと危ない」

 ――ガガガガガガガガガガガガガガ! ズズゥゥウウゥン!!

 飛び回るオウバに器用に照準を合わせ、クロエが手にしている機関銃(型のマジックアイテム)から放った魔力弾が殺到。射線上にあった大木をハチの巣にして倒してしまった。

 それを直前で察知したオウバは、空中で体をひねって方向転換し、さらに何かの術もつかったのか……軌道を不自然なまでに見事に修正して、秒間十数発の魔力弾の乱射を回避していた。

 その着地した先に向けて、連射を止めずにクロエは銃口を向けて狙いを合わせる。しかし今度はオウバは、こつん、と杖で(仕込み刀を抜いた鞘の部分だ)地面をつくと、強固な岩石の壁が出現して魔力弾を防ぐ。

 しかしその瞬間には、クロエは空いているもう片方の手に何かを握っていた。
 それは、片手で簡単に持てるくらいの大きさの、楕円形の金属の塊だった。銃の乱射は止めないままに、クロエはそれについている『ピン』を口で加えて抜くと、岩壁の根元の部分目掛けて投げつける。

 着弾の衝撃でか、あるいは魔力弾が当たって誘爆したか……その物体……魔力式手榴弾は派手に爆発し、岩壁を粉々に粉砕した。その際に発生した爆風と飛礫を、クロエは手近な大木を遮蔽物にすることで防御する。

 その直後、まさしく特殊部隊のように、銃を構えてその陰から飛び出し、岩壁があったところに銃口を向けるも……そこに動くものはない。
 装着しているスコープ型マジックアイテムを起動してスキャンしてみても、反応はなかった。

「やれやれ、そういうお主はまた随分と派手に、それも面妖な恰好で戦うもんじゃの」

 声は、上から聞こえた。ほぼ同時に、レーダーに反応が出る。

 とっさにクロエが、腰にさしていたナイフを抜き放って斬り付けるようにすると、ちょうど真上から振り下ろされたオウバの刀と打ち当たって、ガギィン!! と耳障りな金属音が鳴る。

 一瞬の拮抗の後、クロエは衝撃を受け流すように刀を弾いて、その場から飛び退った。
 そのナイフを持つ手は、今の衝撃でわずかに痺れていた。

「痛っつつ……見た目に寄らず力強いわね、お婆さん。それも『鬼』だから?」

「まあのう、これでもわしゃ『山姥やまんば』の端くれじゃ、力も速さも、そこらの若造にはまだまだ負けんとも。そういうお嬢ちゃんも……ふむ、大陸ではそのような恰好で戦うのは主流なのかいの?」

「残念違います。これは私専用にミナトが作ってくれたオーダーメードよ。私の場合、ちょっとばかり戦い方が特殊な上に……積極的にミナトの発明品使って戦うからさ?」

 クロエが身にまとっているのは、『剣と魔法のファンタジー』とも、『日本の戦国時代』とも大きく異なる趣の……言ってしまえば、現代の特殊部隊のような装備だ。

 鎧ではなく防刃・防弾ベストを装着し、服は長そで長ズボンの特殊繊維で作られたもの。人工筋肉が搭載されており、防具以外にパワードスーツのような役割も果たす。
 多数あるポケットは全て、小規模ながら『収納空間』を搭載しており、そこにグレネードや銃火器類、軍用ナイフなどの武装に加え、医薬品などその他の装備を収納し、携行している。

 頭にはヘッドギア型の多機能スコープを装備しており、暗視や熱探知など、様々な機能によって作戦行動をサポートしてくれるようになっている。

 完全に世界観を無視している上、随所にミナトの趣味である特撮風のデザイン及び機能込みで誂えられたこれらの装備は、ネリドラやクローナといった研究者枠を除けば、『邪香猫』で最もミナトの発明品を的確に使いこなせる『オペレーター兼パイロット』である彼女専用に作られたもの。

 加えて、彼女の経歴……特殊部隊の出身という点を鑑み、単なる真っ向からの戦闘ではなく、時に罠を張ったり、時に忍び寄って奇襲して勝負を決めたりといった行動を取る際に有用な機能を持つ装備が揃っていた。
 この世界の住人から見れば、その戦い方も含め、さぞかし異質なものに見えることだろう。

(長く生きてるだけあって色々手札を持ってるみたいだし、一筋縄じゃ行かないか……『ヤタガラス』からの爆撃だけじゃ取り逃がしちゃいそうだし、降りてきて白兵戦にした方がいいかと思ったんだけど……それでも相当厳しそうね)

 森の中で向かい合う二人。
 片や杖の仕込み刀を構え、片や銃と軍用ナイフを構えている。
 絵面だけを見れば……酷い違和感である、と言わざるを得ない。

(ナイフもいいけど、この『銃』っての、使い慣れると便利でいいわねやっぱ。人によって好みや向き不向きもあるだろうけど……距離をある程度保ったまま戦えるのがいい。初見殺しなところもポイント高いな……警戒足りないところをさくっと殺れるから楽でいい。隠密には向かないけど)

 言葉にしてみると中々に物騒なことをしれっと思っているあたりは、さすがに私心を殺して任務にあたる軍人、ないし特殊部隊の前歴のなせる業だろうか。

「あーそれにしても、白兵戦でここまで本格的に戦うの久しぶりだなー何気に。ようやく調子出て来たかも」

「おや、奇遇じゃの。わしも後方で若造共を顎で使うばかりじゃったから、運動はとんとご無沙汰じゃったからのう。やれやれ、年はとりたくないもんじゃ、どーも思うように体が動いてくれん」

「えー……お婆さんあんだけぴょんぴょん跳ねて動いてそんなこと言っちゃうの? 若い時どんなバケモンだったのよ?」

「年寄りに対して礼儀っちゅうもんを知らん物言いじゃのう、最近の若いのは……わしがあと200歳ばかり若ければ、お主なぞとうの昔に首と胴体が泣き別れておったろうよ。伊達に歴代の『酒吞童子』様方の、武芸を含めた教育係を務めてはおらんとも」

「うっわ、予想外に大物っていうか、豪勢なバックグラウンド持ってた……」

 『山姥』のオウバ。

 初代酒呑童子から4代にわたっての『酒呑童子』全員の面倒を見、武芸を、学問を、教えてきた教育係。それに抜擢され続けるだけの力と知識を文武に有する女傑。

 武器を持てば身の丈数倍の大男を翻弄してなで斬りにし、また『鬼』らしくやせた体躯に見合わぬ膂力と、小さな体を生かした年齢を感じさせない俊敏な動きを見せる。

 術師としては鬼の軍でも三指に入る巧みな使い手であり、長い年月の間に蓄え培った知識と経験ゆえに、その引き出しも多い。それらを最も効率的に組み合わせて使い、最大の成果を叩き出す。

 髪が白くなり、腰が曲がった今であっても、その力は鬼の幹部にふさわしいだけのものを保っており、時にその時の総大将……『酒吞童子』に対して、子供扱いして無礼ともとれる物言いをすることもあれど、その実績と能力ゆえに、キリツナが最も信頼を寄せる1人でもある。

 そんなオウバではあるが、務めて余裕そうにしつつも、内心ではせわしなく頭を回転させて現状を分析、ここからどう動くべきかを考えていた。

(威勢よく言ってみたはいいものの、戦況としてはちとまずいかの、これは。最初の奇襲……この小娘が乗ってきたあの鋼の鳥が何やらぶつけてきて陣地が半壊したのもそうだが……)

 オウバの目には、現在、いくつもの光景が同時に映っている。

 自身の目で直接見ている、クロエと相対しているその場の光景は、そのうちの1つに過ぎない。残る無数のそれは……オウバが現在、各地に飛ばしている式神たちと視界を共有することによって受け取っている現地の情報だ。

 あるものは陸から、あるものは木陰から、あるものは空から、あるものは地中から……戦闘にはほとんど参加せず、むしろ隠れ潜むようにして、様々な場所の今の様子をオウバに届けていた。

(この場はよい。この小娘さえ屠れば、残りの連中は脅威とはならん。被害は大きかったが、どうとでも押し返せよう……問題はそれよりも……他の場所か)

 オウバが見ている光景のうちのいくつか。
 そこに見えるのは……『朝廷軍』と『反乱軍』がぶつかり合う戦場。
 あるいは、それと同様に区分される、地元妖怪たちの軍……いうなれば『狸の軍』と、『鬼の軍』が戦場でぶつかり合っている光景だった。

 それだけならば、今まで幾度となく繰り返されてきた光景ではある。そしてそれらの戦において、オウバは的確な指示を出し、上手くわざと戦が長引き、両軍に死者が多くなるように舵を取ってきた。少しでも多く『百物語』の糧を得て、『邪気』をため込み、鬼を強くするために。

 だが現在、その目が見ている光景は……いずれも明らかに、『鬼』の軍が劣勢。
 このままいけば押し切られ、敗北・壊滅という形で勝負を決められてしまうほどに。

 そしてその要因は、明らかに誰かの手が入ったことによるものだ。
 地元の妖怪でも、朝廷の権力でもない。こんな手は、今まで誰も切ってこなかった。


 ある戦場では、地面から湧き出す無数の白骨の兵士が――『スケルトン』という名前があることを、流石にオウバでも知らない――大陸のそれであろう武装を身に着けて襲い掛かっている。朝廷の軍や地元の妖怪たちには目もくれず、鬼達の軍だけに的を絞って。

 1体1体は決してそこまで強くはないものの、倒れても倒れても次から次へと湧き出てきては、数に頼んで攻めてくる。終わらない猛攻に疲れて手元が狂ってしまい、そこから突き崩されて命を失った兵士は既に数知れない。

 加えて、『スケルトン』達は様々な種類がいた。剣や斧で接近戦を挑む者や、同じく骨の馬に乗って突撃してくる騎兵、弓矢や槍で中~遠距離から攻撃してくる者、術らしきものを使う者までも。

 挙句の果てに、武器でも術でも、平然と味方を巻き込んで攻撃してくる。自分達の被害を度外視して、鬼達を殺すことだけを考えて攻撃してくる。そして、朝廷軍や地元の妖怪達もまた、白骨の友軍が巻き添えになるのに構わず、スケルトンごと槍で突いたり、術で焼き払っていた。

 それでもスケルトン達は、朝廷軍を攻撃対象にする様子は全くない。恐らく、元々この兵士達はそうするのが正しい使い方なのだろう。
 あるいは……これを引き起こした誰かが、遠慮せずそうしろ、とでも事前に言い含めていたか。


 また別な戦場では、先程以上に見るも悍ましい光景が繰り広げられている。

 その戦場のある場所で、謀反軍の兵士の1人が死んだ。
 胸に槍が刺さって背中に貫通し、内臓がいくつもつぶれた上に夥しい血が流れ出た。そのまま力なく倒れたその兵士は、誰がどう見ても死んでいる。

 そんな兵士が……なんと、ゆっくりと起き上がり、今度は鬼の兵士に襲い掛かる。
 しかも、周囲には同じような……どう見ても致命傷を負って、死んでいる、というか死んでいなければおかしいような兵士たちが、悍ましい気配と共に動き出して鬼を襲っていた。

 さらに、異変が起こるのは人間の兵士だけではない。鬼や妖怪たちすらも、死んで戦場に倒れ込んで……数秒から十数秒後にはゆっくりと起き上がり、同じように鬼を襲いだす。

 人間か妖怪かを問わず、死んだ者が次々にアンデッドになり、不死者の大軍勢が鬼達を蹂躙していくその光景は、誰がどう見ても地獄絵図そのもの。
 味方してもらっている立場の朝廷軍ですら、助かるは助かるが、手放しに喜べる事態ではない。

 せめてもの救いは、アンデッド化するのは敵方の兵士や妖怪だけにとどまっており、味方の兵士たちは、人間は人間の、妖怪は妖怪のまま、元の姿を保って死を迎えていることだろうか。


 こちらは比較的平和な戦場だが、ここでも鬼の軍を襲っているのは、あからさまによろしくない事態だ。
 比較的平和というのは……ゾンビやスケルトンといった、アンデッドが跋扈していない点だけ。代わりにここでは、それら以上に得体のしれない兵士達が大量発生している。

 どう見ても朝廷軍の兵士ではない。というか、人ですらないだろう。
 西洋風の甲冑……とも微妙に違う意匠の鎧に全身を包まれ、手には光が固まって刀身になったような剣を持つ。同じように光の刃の槍や斧、メイスなどを持っている者もいる。
 中には大盾や銃など、毛色の違う武器を持っている者もいた。中には、飛んでいる者すらも。

 そんな異形の兵士達……ミナト作成の人工モンスター『デストルーパー』や、その派生形である騎士型の『デストライダー』、飛行能力を持つ『デスウィンガー』、そして、これらを作成する元となった魔物をついに再現し、人工的に作成することに成功した『デストロイヤー』。

 それらが、完全なオーバーテクノロジーたる武装を躊躇なく振りかざし、反乱軍や敵の妖怪達を圧倒している。近距離では光のブレードが鎧ごと敵を切り裂き、貫く。遠距離では銃から放たれたエネルギー弾が敵を近づけることなく蹂躙していく。
 しかも、強固な鎧に守られたその身は、雑兵程度がいかなる攻撃を叩きつけても効いている様子はなく。精鋭級の鬼でも1体倒すのにも苦労し、その間、あるいはその直後に別な敵に殺される。

 そしてそれらは、ただ単純に目の前の敵を倒すためだけに動いているわけではない。しっかりとした指示ないし作戦の元に動いているのか、戦況や敵の動きに合わせて臨機応変にその陣形や戦法を変え、最大効率で敵を殲滅する動きをしているのだ。
 わけもわからないままに、目に見える速さで反乱軍と鬼の軍勢は命を散らしていく。


(外法の禁術を使っているわしらが言えた義理ではないとはいえ、白骨の兵士に、亡骸を不死者の兵士に作り替えて使役するとは、悍ましいことよ……。じゃが、真に危惧せねばならんのは、それによって一気に戦況が傾けられていることじゃな)

 文武に優れるオウバは、情報というものの価値もまた知っている。

 刃を交えることとなる朝廷軍や、『イズモ』周辺の妖怪達についてはもちろん、タマモが協力体制を取ることとなるであろう、一通りの妖怪達について、その能力なども含めて可能な限りの情報を集め、その脳内に叩き込んでいた。
 しかし、それらのいずれにもこの軍勢や、それを操りそうな者の情報はない。となれば、自ずと出どころは限られる。

(……中心となっておるのは、この2人かの。やはり、大陸の者達であったか)
 
 同時進行で、式神たちの視線で戦場を広範囲にわたってみていたオウバは、それを見つけた。

 死体がよみがえり、敵となって鬼達を襲いだす戦場。
 その一角に、亡者達を使役して己を守らせる陣を敷き、戦場全体に禍々しい気を放ち続けている黒衣の青年……『死霊術師ネクロマンサー』ミシュゲイル・クルーガー。

 同じくこちらは、異形の兵士達がオーバーテクノロジーで蹂躙する戦場。そこに構えられた陣営で、ホログラムモニターに映る戦場全体の図を見ながら、司令塔としてマジックアイテムで全軍に的確に指示を出し続ける、現・冒険者ギルド職員、元・ネスティア王国軍中将のセレナ。

 片や死霊の兵士を生み出し続けて鬼の軍を飲み込まんとし、片や熟練の軍人を思わせる見事な采配で戦場を望む形に持っていく。

(残る1つ、骨が湧き出る戦場は……何体かいる強力な死霊が断続的に雑兵を生み出しているようじゃな。策などは見られん、単純な力押し……これは恐らくは、あの黒い男の仕業か)

 戦場を見渡しても、指揮官らしき者は見られない。
 朝廷軍の陣営にいるにはいるが、あの骨の兵士達を生み出すような術を使っている様子はないし……そもそもその骨の軍団自体、複雑な命令の元に動いているようには見えない。

 また、戦場の何か所かに、明らかに他のそれよりも強力そうな外見の骨の騎士……『デスジェネラル』がいることから、オウバはこの戦場は、単に圧倒的な数と、自己犠牲前提の戦力によって押しつぶすことを目的とし、その為に必要な魔物を配置しているだけだと読んだ。
 それをやったのが、自ら死霊を生み出す力を持つと思しき、ミシェルだろうとも。

 オウバは内心歯噛みする。厄介な手を打ってくれたものだと。

 強い、あるいは使い勝手のいい兵を大量に用意して攻める。形態はそれぞれ違うとはいえ、やっていることはひどく単純シンプルだ。
 そしてそれゆえに……対処しづらい。対抗しようとすれば、こちらも普通に戦として迎え撃つしかないのだ。

 しかし、オウバが危惧しているのはそこではない。
 彼らが圧倒している戦場は、この『イズモ』一帯にいくつも同時に展開されている戦場のうちの一部に過ぎない。これらが敗北で終わっても、戦死者の……『百物語』の贄の当てはまだまだある。

 だが、一部とは言えここまで大勝ちされてしまうと、勝ちの目薄しと見て、今現在反乱軍にいる者達の中から離反者が出かねず、その結果急激に朝廷軍との戦力差が開き、大きな動きとして、戦が終結に向かってしまいかねない。

 もちろん、このような展開が単に続いてそのまま勝ちに持っていかれるのも困るが。

(この場はわしがどうとでもすればよい。拠点などいくらでも用意できるし、鬼共もよそから引っ張ってくればよい。じゃが、あの鋼の鳥を乗りこなすこの小娘と……死霊使いと思しき、あの黒い小僧は……生かしておくとこれから先厄介そうじゃな)

 まずくはあるが、決して焦らず、やるべきことを考えるオウバ。
 優先順位などを考え、今取れる最善手は何かを見定め……思考を終える。

「……やれやれ。派手なばかりではいかんと言ってすぐに、コレを使うのもどうかとは思うが……やむを得まい。おぬしらは、わしが切り札を切らねばならんだけの相手じゃ」

「……? 何独り言言ってんの? ……ボケた?」

「本当に失礼な小娘じゃの……まあええわい、今日ここで潰える命なれば、好きなように言うがよかろう」

 そう言うと同時に、オウバの体から凄まじい妖力が立ち上る。

 それを感じ取って身構えるクロエだが、オウバは『ひゃっひゃっ』と笑うばかりで、その膨大な妖力で何かを仕掛けてくるようなそぶりはない。

「心配せんでも、この力で今からお主に何かするわけではないわい。何、ちとわしも派手な部類の手札をひとつ切ってみようかと思うてのう……」

 言っている間にも練り上げられていく妖力。
 それは、ここではないある場所にオウバが設置した、1つの術式を遠隔で発動させる。

(そう言えば、これと同じようなものを『エゾ』でサカマタが探しておるんじゃったな。あちらは上手くいっておるのかのう……)

 組み上げられた術式は、その場所に組まれている1つの『封印』の術を解きほぐし、同時にそこに封じられている生物に対して、オウバに従う使役の術を組み込んでいくものだった。
 封印がほどけていくと、その場所からは、オウバが練っているものよりも膨大な、そしてより禍々しい妖力が噴き出していき、周囲に漏れ出し始める。

(よしよし、いい子じゃ。じゃが、お主が暴れる場所はそこではない。何、今そこに送ってやるゆえの、動くでないぞ……)



 そして、その数秒後。
 オウバの術によって転送された『それ』は……突如地中から、硬い地面や分厚い岩盤を破って、その上にいた幾人もの兵士たちを蹴散らして姿を現した。
 ミシェルが、アンデッドの兵士たちを作り出しながら、朝廷の軍を支援している戦場にだ。

 それは、見上げるほどに巨大な蛇の姿をしていた。
 それは、8つの頭と8つの尾を持っていた。
 それは、数週間前にミナト達が戦ったものとは、同種でありながら、比べ物にならないほど強大な力を持っており……その威圧感は、そこにいるだけで戦場全体を絶望に叩き落すほど。

「いやーこりゃ、とんでもないのがでてきたな……向こうさん、いよいよ本気ってことか」



「さあ……最早お主を縛る鎖はない。腹も減ったじゃろう? 遠慮はいらぬ、思う存分暴れ食らうがよい……神話にその存在と恐怖をつづられし、八頭八尾の大妖……『ヤマタノオロチ』よ!」



 あえて区分して名をつけるならば、『ヤマタノオロチ・原種』といったところだろうか。

 キロメートル単位で測らなければならないのではないかというほどの、一体何百年生きて、育ってきたのかもわからない巨体。
 睨まれただけで、気力の足りない者は命を落としてもおかしくない、凶悪な光を放つ目。
 全てを貫き砕き、食いちぎるであろう、鋭く強靭な牙と顎。

 ……今の今まで封印されてきた、最悪の怪物……を通り越して、最早『大怪獣』とでも言うべきかもしれない存在が、8つの頭で戦場に吼えた。



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