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第2章

第20話

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「くっ……!」

 俺は振り下ろされる斧を、どうにか横に跳んで回避する。
 きわどいが、どうにか回避には成功した。

 だがすぐさま、横薙ぎの追撃が来る。
 それもどうにか、距離を取って躱す。

 しかし斧の追撃はやまない。
 なおも恐るべき連続攻撃が、息せきつかせぬ勢いで襲い掛かってくる。

「オラオラオラオラァッ! どうしたぁっ! 素手で俺を倒してみせるんじゃなかったのかよ防戦一方じゃねぇか!」

「チッ……くそっ……!」

 俺は右に左に、斧の攻撃を紙一重で躱していく。

 だが完全には躱しきれずに──いや、斧そのものは躱しているはずなのだが、そこから発生する衝撃波のような威力に、頬や腕などが浅く切り裂かれて血を噴き出していく。

 今の俺の状態では、反撃に転じる隙など見出せない。
 それに今はどうにか躱し続けているが、このままでは直撃をもらうのも時間の問題だ。

 パワー型の職業の上級職である【ウォーロード】の攻撃力はすさまじく、斧の威力の高さも相まって、一撃でも直撃を受けると洒落にならないダメージが飛んでくる。

 命中率は高くはないが、一撃たりとも直撃を受けてはいけない──
 そんな戦いを続けていれば、やがては集中力も尽きてくる。

 ──と、そういう筋書きシナリオだ。

「しまっ……!?」

「ハッハァーッ! もらったぜ──【スマッシュアックス】!」

 俺は自分が描いたシナリオ通りに、動きを一手ミスってみせた。
 スキンヘッドの男はそこを綺麗に狙い撃って、強力な一撃を放ってくる。

 俺はその一瞬だけわずかに「100%」の動きをして、斧が命中する角度を調整する。

 男の斧の一撃は、俺の【常闇の外套】の防御すらも容易く貫通して、俺の体を大きく吹き飛ばした。

「がはっ……!」

 吹き飛ばされた俺の体は、木の幹に叩きつけられる。
 俺の体が、ずるりと崩れ落ちる。

 傷口から染み出した血が、俺の衣服を赤く染め上げていく。

 俺はそれでもどうにか身を起こし、脚をふらつかせながら立ち上がる。

「げほっ、げほっ……! くそっ……正々堂々、戦えねぇのかよ……ルシアを、人質に取って……そんなに俺が怖いのか……」

「チッ……そんなになっても、口の減らねぇ野郎だ。なんだ、女が殺されるから、本気を出せないとでも言いたいのか?」

「あ、当たり前だろうが……。あんないつでも殺せる状態を見せられて、まともに戦えるかよ……。それに、どうせ俺が勝ったって、約束を守る気なんてさらさらねぇんだろうが……」

「そういうデカい口は、俺様に勝ってから言え。だが敢闘賞だ。テメェの望みを一つだけ叶えてやる。──おい、その女から離れろ」

「えっ……? い、いいんですか、ゴンザレスさん?」

「……ああ? テメェ、この状態から俺が負けるとでも思ってんのかよ」

「あ、い、いや、すいません! 今すぐ離れます!」

 ルシアの首筋に短剣を当てていた男が、短剣を引いて、ルシアの元から数歩分ほど離れた。

 ──はあっ。

 まさかこいつらが、こうまでバカだとは思わなかった。
 一瞬でも隙ができればそれを狙おうと思っていたが、その必要すらないとは。

 だが、礼は言っておくか。

「──ありがとうよ。お前らがバカすぎて助かったぜ」

 それを聞いたスキンヘッドの男は、怪訝そうに眉をひそめる。

「ああ……? 頭でもイカれたか? ここから俺様に勝てるつもりかよ。テメェは俺様の【スマッシュアックス】の直撃を受けた。自慢の速さも高が知れている。どう覆ったって、ここから【シーフ】のテメェが【ウォーロード】の俺様に勝てる目なんざ残っちゃいねぇだろうが」

「ふっ……。だから、あんたのその認識、何もかもが間違ってんだよ」

「チッ、最後まで得意のハッタリかよ。もういい、飽きたぜ。テメェはさっさとくたばれ。女どもは三人とも、俺様がたっぷりと可愛がってやるから、安心して死ね」

 スキンヘッドの男は俺の前に立ち、大斧を振り上げる。

 一方で俺も、動く。

 俺は自分がぶつかった木の幹に刺さっていた短剣のうち、二本の【神獣のククリ】を素早く引き抜くと、そのまま「自分の速度をこれまでの倍速に上げて」、スキンヘッドの横を一瞬にして駆け抜ける。

「なっ……!?」

 スキンヘッドが驚いて振り向いた頃には、すべてが終わっている。

 俺は、呆然としていて反応すらできなかったチンピラ冒険者──ついさっきまでルシアの首筋に短剣を当てていたやつだ──を、両手の【神獣のククリ】を使った二連撃で、一瞬で戦闘不能に追い込む。

 それからルシアを吊るしていたロープを切って、崩れ落ちてくる【プリースト】の少女を抱きとめた。

「あ、兄貴ぃ……!」

 ルシアが瞳いっぱいに涙をためて、俺を見つめてくる。

「遅くなった、ルシア。もう大丈夫だ」

「なんなんすか、もう……。兄貴ってば、本当に誑しなんすから……。うちを本気で惚れさせたいんすか……?」

「そうかもな。──あのスキンヘッドを倒してくるから、もう少しだけ待っていてくれ」

「……分かったっす。なにせうちは、兄貴の女っすからね。言うことは聞くっすよ」

「いい子だ」

 俺はルシアの髪を優しくなでると、少女のぐったりとした体をひとまず地面に寝かせてから、立ち上がる。

 そして後ろへと振り向くと、そこには額に青筋を浮かべて怒りの形相を浮かべる、スキンヘッドの男の姿があった。

「テ、テメェ……なんだその速さは……! さっきまでと全然ちげぇだろうが! そもそも30レベルまでしか上げられないハズレ職業の【シーフ】ごときが、そんな段違いの動きをできるわけがねえ! テメェ……何者だッ!」

「だから言っただろ。あんたのその認識、何もかもが間違ってるって」

 俺は二本の【神獣のククリ】を、手元でくるくると回して遊んでみせる。

 いや実際、さっきの一撃で受けたダメージは急所を外したとはいえ、余裕ぶって見せているほど小さくはないから、ハッタリを咬ませた挑発行為ではあるのだが。

 しかしあのぐらいやられてみせて油断させなければ、ルシアを救出するチャンスは作り出せなかったのだからしょうがない。

 さておき、そろそろネタばらしの時間だ。
 俺はスキンヘッドの男に、間違いの一点目を指摘してやる。

「まず、俺の今の職業は【シーフ】じゃない、【マスターシーフ】だ」

「【マスターシーフ】、だと……!? なんだそれは、聞いたこともねぇぞ!」

「【シーフ】の上級職だよ。聞いたことがないのも当然だ。俺が数日前に、この世界で初めて見つけた上級職だからな」

「なっ……何を言っていやがる、テメェ……! ──だ、だとしたところで、さっきのはまともな30レベル上級職の【敏捷力】じゃ、できねぇ動きだろうが! どんなスキルを使いやがった!」

 さりげなく……でもないが、俺の能力を聞き出そうとしてくるスキンヘッド。

 まあ、今さら隠すことでもないので教えてやる。

「スキル【超加速】──とか、適当なスキル名をでっちあげてもいいんだけどな。実際のところは、何のスキルも使っちゃいないさ」

「何も、使っていないだと……!? そんなわけがあるか! さっきまでとは段違いの速さだろうが! 何も使っていないわけが──」

「さっきまではわざと、本来の『50%』にセーブして動いていたんだよ。結構難しいんだぜ? 『その速さに見せる』ってのはさ」 

「ご、『50%』……!? ──信じられるか、そんなもの! だったらテメェの本来の【敏捷力】はいくつだってんだよ! 俺様だって30レベルだ! 【敏捷力】だって24はある! ──テメェの【敏捷力】はいくつだ、言ってみろ!」

「実質、72だな」

 俺がなにげなくそう答えると、スキンヘッドの男は、何を言われたのか分からないという顔になった。

「は……? ──な、72……!? 72だと!? 30レベル【ウォーロード】である俺様の三倍……!? ──そんなバカなことがあるか! 未知の上級職だろうが、30レベルでそんなステータス、ありえるわけがねぇだろ!」

「まあ、普通はそう思うよな」

 ここから先は、混乱したままにさせておくために、やつにネタばらしはしてやらないが──

 オリジナルのクラスチェンジ書を使った【マスターシーフ】の能力値補正に加え、神聖器という反則級の武具の性能でそうなっているんだからしょうがない。

 まずオリジナルの【マスターシーフ】によって+12の補正が入って、無装備状態の俺の【敏捷力】が45だ。

 これに【神速のブーツ】で+50%、【常闇の外套】で+10%で合わせて+60%なので、トータルの【敏捷力】補正は160%。

 というわけで、45×160%=72だ。
 何もおかしくはない。

 何もおかしくはないが──

 現実問題、三倍の【敏捷力】差というのは、決してぬるくはない。

 俺はその場でトントンと軽く跳躍してみせる。

 その状態でユキたちの戦況をチラ見すれば、予想通り、ユキとセシリーの二人はチンピラ冒険者二人を相手に、有利に戦局を進めているようだった。

 まあ、あっちは放っておいても勝つだろう。
 俺は俺で、自分の仕事をしないとな。

 俺はスキンヘッドの男に向かって、ニヤリと笑って言い放つ。

「さあ、戦闘の再開と行こうぜ、【ウォーロード】の旦那。俺はダメージを負っている上に、そっちは戦闘の専門職だ。──当然、楽勝だよな!」

 俺は身を低くして、今度は100%の全力で、スキンヘッドの男に向かって疾駆した。
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