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花籠の泥人形

✿03✿ ※22.10.15追記

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 チェロベーラ王国では入浴は貴族の嗜みとされている。
 多くの貴族は領地や屋敷に大なり小なりの浴場テルマエを所有しており、日に一度は入浴をして身を清めている。羽振りの良い貴族は大浴場を領民に開放したり、貸し出したりする者もいるが、ほとんどは個人で楽しむだけの貴族が多い。
 テルマエは金持ちの特権とまで言われ、贅を尽くした造りが多い。それに加えて、風呂の温度を保つための魔法石がとても高価で、それゆえに金持ちの道楽であった。

『ぼく』の世界では、貧富の格差に問わず入浴が日常的であったから、貴族の娯楽と言われても違和感があった。
 育児放棄ネグレクト気味ではあったものの、『お母さん』は綺麗好きで、お風呂には毎日いれられていた。水道代がもったいないから、とお風呂の時だけが『お母さん』と一緒にいられる時間だった。

「ひっっっっっろ」と、思わず声に出てしまうほど広い#大浴場__テルマエ#だ。
 雪に覆われたこの土地では肩までしっかりとお湯に浸かるのが習慣で、改良していった結果がこの大浴場らしい。
 大きな円形の浴槽は東の国より輸入してきたヒノキで造られ、とても良い香りがする。源泉かけ流しの湯は白く濁り、手ですくうと若干のとろみがあった。肩こり腰痛美白の効果があるとフィアナティア嬢が嬉々として説明してくれた。

 かぽん、と音が響く。
 見上げると首が痛くなるほど高い天井は一面のガラス張りで所々に雪が積もっているが、それがなければガラスなんてないと勘違いしてしまうほどに透き通っている。雲一つない真っ黒な空に、星々がその美しい存在を主張して光り輝いていた。
 星座を結び付けられないほど、満点の星空は美しく、綺麗で、大自然の迫力に圧倒された。

「まったりしているね。このまま溶けてしまうんじゃないかい?」
「エディ……気持ちよくって、寝てしまいそうです」
「あはは、溺れるから寝ちゃダメだよ」

 ちゃぽん、とひとり分の距離を開けてエディが足先からゆっくりと湯に入ってくる。入ってしまえばどうってことないけど、最初は熱すぎる温度に肌が痺れて、全身入るのに苦労した。
 白い湯気が立ち上り、毛先からぴちょんぴちょんと水滴が垂れていく。ガラス越しに星空を眺めていた僕は、そっと、横目にエディを伺った。

「――なぁに?」

 ばちっ、と。星も眺めずに僕を見つめるエディと目が合う。
 ぬくくてぼんやりしていた頭が一気に覚醒する。

「そ、空……せっかく、綺麗な星空なのに、見ないんですか?」
「星空よりも美しい花がそばにいるんだもの。見ないでどうするの」

 顔が熱いのは、湯のせいじゃない。嬉しそうに、幸せそうに微笑うエドワードを見ていると、僕も嬉しくて幸せな気持ちになる。エドワードが教えてくれた、ベアトリーチェ以外の幸せだ。

 均整な肉体は見慣れているはずなのに、水に濡れているだけで、見てはいけないものを見てしまった気分になる。
 濡れて光る肌は艶めいて、瑞々しく若さと生命力にあふれ、はっきりとくぼんだ鎖骨に首筋から胸板までのラインはつい目で追ってしまう。唾を飲み込み、中途半端に燻った熱のせいで期待してしまう。

 おいで、と囁きが落ちて、誘われるままに波を立てながらエディへ侍る。白濁湯の中で手指を絡め、太ももを跨いで腰を下ろし、向かい合った。
 気が付いたら唇を合わせていて、エドワードの体はいつもよりずっと熱く、珍しく頬が赤く火照っている。熱くて柔らかい唇を食んで、歯で甘噛みをすると薄く開いた隙間から舌が侵入はいってきた。

「ん、ン、」

 口の中の弱いところをすっかり覚えてしまった僕は、舌を受け入れるだけでトロトロに溶かされてしまう。
 鼻にかかった甘い声が、水音にかき消されていく。

 ザプン、とひときわ大きく波が立って、湯舟の中から抱き上げられた。

「寒くない?」
「あ、つい、です」
「いい?」

 問いかけてるけど、あくまでもエディにとっての『確認をする』というルーティンのひとつで、僕が頷こうが首を横に振ろうがこの先の行為が覆ることはない。
 抱き上げられて、木でできた浴槽のふちに腰かけさせられる。一段、僕のほうが高い位置に座っていて、エディを見下ろすのは新鮮だった。
 水のヴェールに覆い隠されていた素肌があらわになり、上気した肢体をじっくりと見つめられる。根知の燻る、緩やかに氷の溶けた瞳に映る僕は、これから与えられる快楽を期待した雌の表情かおをしていた。

 手のひらが頬を撫で、首筋を辿り、肩を滑っていく。
 鎖骨の下あたりに当てられた手のひらは、ドクドクと早鳴る心臓の音を確かに聴いていた。ツ、と指先が薄い胸を滑って、ツン、と触れられてもいないのに起ち上がった芽に触れる。色素の薄い、ただそこにあるだけの無意味な種は、番いによって丁寧に愛でられ育てられた結果、ぽってりと紅く色付き、快楽を拾い上げる淫靡な花の芽へと作り変えられていた。

「ぁっ」

 想像よりも、ずっと大きく響いた声に口元をとっさに手で覆った。

「どうしたの」
「声、が……響くから」
「かわいいよ。我慢しないで聞かせて」
「やっ、ぁ、っ……!」

 口元を隠した手を取られて、指先にキスをされる。
 人の気も知らないで、というよりもわかっていて僕の羞恥心を煽る言葉をわざと口にする。なんていじわるなんだ。僕はマゾヒストじゃないから、と何度も言っているのに、エドワードに耳元で詰られるたびにゾクゾクしてしまう。
 ベティに詰られたときだって、苦笑しながら流せたのに、エドワードに言われると、どうしても羞恥のほうが勝ってしまい、しっかりと躾けられた身体は羞恥心を快楽へと都合よく変換してしまうのだ。

 ぷくりと、存在を主張する芽の触れるか触れないかのところで人差し指がクリクリと円を描いていく。ジリジリとゆっくり迫ってくる快感がもどかしい。もっとちゃんと触ってほしいのに、僕から強請るまでエドワードはいつも触れてくれない。
 触れそうなのに、触れない。それなのに、中心には触れられていないのに、かたくしこって今か今かと快感を待っているソコが恨めしい。僕の理性とは関係なく、エドワードに躾けられた体は愛しい人の吐息ひとつで反応してしまうんだ。

「ひっ……! う、ぁ、ぁあ」

 とろけた冬の瞳と見つめ合い、指先が描く円に夢中になっていたら、もっと下の――下腹部に触れられる直接的で性急な感覚に閉じていた唇から声があふれてしまった。

「あっ、ア、あぁっ、んぅァッ、ッ、や、らぁあ……!」

 一度結んでいたものがほころんでしまえば、あとは決壊したダムのようにあふれていく。未だ自分の声とは信じたくない、甘く媚びる嬌声に全身の熱が上がる。
 ぱっちりと、まどろんでいた目を見開いて、柔らかくて熱く滑ったモノに包まれる下肢を見た。

「ひっ、ぁ、あ、ま、って、ダメ、そんな……!」

 形の良い薄い唇が、僕の緩やかに起ち上がったペニスをぱっくりと咥えていて、視界の暴力に頭が理解することを拒否してくらくらした。

「きもひぃ?」
「うっ、ぁ、しゃべっちゃ……!」
「どーひて?」

 愉悦を浮かべた瞳が弓なりに歪められる。
 喋るたびに口の中全体が震えて、咽喉が細くなると先っぽがきゅっと絞められて、なによりも、エドワードが口でシてくれている事実に今すぐにでもイってしまいそうだった。

 さすがに、口内に射精すわけには……!
 必死に我慢する僕を尻目に、アイスキャンディーでも食べるみたいに大きな舌を使って裏側を辿り、膨らんだ先っぽのくぼみを舌先が抉って、声にならない悲鳴を上げた。

ひーよいいよ、イっても」

 あふれる唾液をいっぱいに溜めて絡めて、ぐちゅ、ンチュ、と飲み込まれるモノに、視界が湯気で白く染まって、ぱち、ぱち、と頭のどこかが焼ききれる音がする。

 ――ア、イく。

 ぱちぱちぱち、と火花が散って、背中が仰け反り、より一層甲高い嬌声が浴場に響き渡る。なりふり構わずエドワードを放そうとやっきになるが、僕よりも体格で勝るエドワードの力には敵わない。
 突き放そうともがく手指を絡め取られて、大きな手のひらと一緒に根本から扱かれる。バカになった頭が、口に出しちゃダメだというとろとろになった思考で出した指示に従った手が、とっさにソレの根本を握っていた。

「――ッ!! ぁ、あ、ん……!」

 全身が甘く痺れて、エサを求める熱帯魚みたいに口をぱくぱくさせる。
 ふわっ、と意識が浮いて、あまりの気持ちよさにポロポロと涙が頬を伝った。

「……ヴィンセント、お前、もしかして出さないで、イったの?」
「ふ、ぁ……?」

 頭がふわふわする。イッたのに、ずっと気持ちイイが続いている感覚がする。
 ふにゃふにゃな体を自分で支えているのが限界で、ふらりと傾げてしまう。とっさにタイルに手をつこうとして、未だソコを握っていた手をパッと離した。とろ、とろ、と遅れて上ってくる射精感のせいで気持ちいから降りることができない。

 出さないで、イったの? 出さないでイけるの?
 エディに教え込まれている僕は、そこらへんのお嬢様よりも無知だろう。同性同士のシカタなんて、エディとシたことのあることしかわからない。
 これまで経験したことのない高みに、僕は恐ろしくなった。

「ごめん、我慢できない」

 は、と熱い吐息をこぼして、ギラギラと獲物を狙う肉食獣に捉えられる。強い光を湛えた瞳はまん丸い月みたいに輝いて、僕を魅了して離さなかった。
 熱いのに、湯舟から出ていた体は意外にも冷たくなっていて、再び抱きかかえられて湯の中に引きずり戻される。背中を預けて膝の上に座らせられて、耳たぶを食まれる。ふちをコリコリと甘噛みされて、すっかり敏感になった体はジリジリと甘い痺れに苛まれる。

 つぷ、と後孔に指が押し込まれた。抜き差しを繰り返されるたびにとろりとした湯も一緒に入ってきて、ナカが焼けてしまいそうなほど熱い。
 まぐわうたび、エドワードの形になっていくナカは入ってきた指に喜び吸い付き、健気に受け入れる準備をするのだ。

「っ、」

 耳元で、エドワードの詰まった吐息にあてられて指を絞めつけてしまう。腹の奥がぎゅうぎゅうと蠢いて、勝手に収縮して、指じゃあ物足りないと、快楽を、気持ちよさを体が求めた。
 いつもなら焦らされているのかと思うくらい丹念に丁寧に高められて解されるのに、環境が違うからなのかどこかエドワードは性急だった。

「ヴィンセント、入れていい?」
「ん、うん、僕も、もう」

 唇を合わせて、どちらの熱なのかわからなくなる。ここでなら、今なら、溶けて、混じり合って、一緒になれそうだった。
 一緒になりたい。離れたくない。混ざり合って、溶けて、ほどけて、ひとつになりたい。

 エドワードといると、エドワードのせいで僕は弱くなる。ひとりが恐ろしい。孤独が恐ろしい。エドワードがいないと、息もできないのにひとりで生きられるわけがない。手を繋いで、抱き合って、僕も、エドワードもわからなくなってしまいたい。

 ぐちゅん、と奥を叩かれて、しこりを押しつぶされて、ひっきりなしに声があふれる。口の端からこぼれていく唾液を舐められて、唇を追ってキスを求めた。
 トントン、トントン、と優しく奥をノックされるたびに息が引き攣って快楽に溺れる。戻れなくなる。苦しいのに、戻れなくてもいいと願ってしまう。

「ヴィンセントっ……! すきっ、好きだ……!」
「あ、あぁ……! あッ、ンぅ、エディ、えでぃ……! エドワード……! 愛してっ、好き、すき、ぁ、ぼくをあいしてっ」

 愛を求めて――エドワードを求めて、僕は息をする。

 奥へ、奥へと導いて、どちらともわからなくなってしまえばいいのに。
 エドワードの息を飲んで、命を食んで、溶けて、混ざって、このまま消えてしまえたら幸せだった。


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