婚約破棄されたあげく失業と思ったら、竜の皇太子に見初められました。

あさぎ千夜春

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ふられました

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 だけど――。



「うっ……うううっ……ひっ……」

 ビストロを出ると同時に、涙があふれた。嗚咽が止まらなくなる。

 情けない。
 あんな人と結婚できるかもしれないなんて、幸せになれるかもしれないなんて、期待していた自分が情けない。
 昼日中のはずなのに、ショックが大きすぎて、涙が止まらなくて目の前がよく見えない。
 足はフラフラで、思うように動けない。
 息もうまくできない気がしてきた。
 もしかしたら貧血だろうか。
 転ぶ前にどこかに座らなければと思った瞬間、ヒールのつまさきが石畳につまづいた。

「あっ……」

 体がぐらりとかたむいた瞬間、

「失礼」

 耳元で引く声が響いて、背後から腕がつかまれ引き寄せられる。
 そして私の体は、そのまま誰だか知らない男の人の胸に飛び込んでいた。




「どうぞ」

 親切なその男性は、魂の抜け殻のような私をそのまま近くのベンチに連れて行き座らせ、ハンカチを差し出してきた。

「すみません……」

 一応お礼は言ったが、彼の顔すら見られない。力が全く入らない。

 ハンカチはバッグの中にあるけれど、出す元気もなかったので素直にそれを受け取り目に当てる。清潔な布の感触にほっとして、少しだけほっとした。

「――もしかしてビストロにいましたか」

 うつむいたままの私の問いかけに、

「ええ」

と、彼は答えた。

 落ち着いて上品な声色だ。
 貴族だな、とすぐにわかった。

 年は私と同じくらいか、少し上だろう。
 職場柄、上等な人間というのは、顔や様子を見なくてもわかる。
 息継ぎ、呼吸のタイミング、声の出し方。
 立ち居振る舞いというものを、貴族は生れた時から、徹底的に叩き込まれる。
 うちだって一応士族のはしくれではあるけれど、びっくりするくらい貧乏なので、ほぼ庶民。彼らとは住む世界が違う。

「内容も聞かれましたか」
「少しだけ」
「お見苦しかったでしょう。忘れてください……すみません」

 どこの誰だか知らない、ハンカチを貸してくれた親切な人。
 きっと女性を放っておけないタイプなんだろう。
 だから私も彼をこれ以上気遣わせないように、少しおどけた。
 本当は大声をあげて泣き叫びたいくらいだけど、気が付けばタイミングを失ってしまった。

「そう言われても、なかなか忘れられそうにないな。むしろ君に興味がわいてきた」
「振られて失業しそうな女が珍しい……?」

 思いもよらない彼の言葉に、私は衝撃を受けた。
 なんてこと。また私は男によって都合の存在にされようとしているんだ。

 最悪だ、本当に最悪だ……。
 うつむいたままうめくようにささやくと、

「そうじゃない」

 上等な衣擦れの音がしたかと思ったら肩を抱かれていた。

「君から目が離せない。君が……欲しくなった」

 かなり長身の男なのだろう。
 肩を抱かれただけでまるで全身を包み込まれたような感覚を覚える。

「貴族らしい傲慢(ごうまん)なお言葉。それでなんでも自分のものになると思っていらっしゃる」

 私は低い声でささやいて、肩を抱いていた手を振り払った。

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