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ふられました
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しおりを挟むそれでも男の顔は見なかった。
ただ地面を見つめ、自分がはいている靴のつま先をじっと、穴があかんばかりに眺めていた。
あれがほしい、これがほしい。
それがたとえ他人のものであったとしても関係ない。
竜王とその一族、そして特権階級である中央政権に存在する、数万人の貴族たちは、こうやって私たちをまるで物のように扱うものなのかもしれない。
「いや、そういうわけでは……困ったな。君を傷つけるつもりはない」
私の強い反発に驚いたようだ。
彼は少し困ったように、耳元でささやいて、抱いていた肩から手を放す。
「もう少し話がしたい」
それは誘惑のつもりなのだろうか。
「貴族なんてお断りです」
「――」
「お断りよっ……あっちに行ってっ……」
両目からぽたぽたと涙があふれて、膝の上に落ちた。
しばらく彼は隣に座っていたけれど、間もなくして立ち上がり歩き出す。
数を10数えて顔を上げると、長身の黒いスーツの男が道を挟んだ向こうの黒塗りの車に乗り込んでいくのが見えた。
白い手袋をした運転手が丁寧にドアを閉める。
逆光で顔まではわからなかったけれど、裕福なのは間違いない。
やっぱり貴族だ。
泣きながら、ぼんやりと車が出ていくのを見送って、はっと気が付いた。
「ハンカチ……」
私の手元には、上品な刺繍が施されたハンカチが一枚、残されてしまった。
だがもう返しようがない。
名前どころか顔も知らない貴族の男なんて、二度と会うことはないのだから。
公園の水道で顔を洗い、そのままなんとなく帰る気もせず、ふらっと入ったカラオケ店でひとりカラオケとしゃれこみ、バッティングセンターでホームランを立て続けに打った後、オールナイトで立て続けに三本の映画を見た。
考えてみたら、半休を取ろうと元恋人に言われたのは、時間をあけて頭を冷やさせるという周到な罠だったのかもしれない。
でもその作戦は成功だったと思う。
土曜の朝、自宅に帰った私は、妹とその息子(私にとっては目に入れても痛くない最愛の甥っ子だ)と三人で、小旅行と称して箱根の温泉に繰り出し豪遊。
そうやって散々遊んで、いざ月曜日が来て出社してみれば、自分でも驚くくらい、元恋人に対して、なにも感じるところはなかった。
とはいえ、向こうはちらちらと私を見て、なにかを気にしている風だ。
ちらちらと視線を感じるけれど、私は完全無視。いや、仕事でのやりとりは今まで通り以上に丁寧にやったので、誰にも何も言われることはない。
と、思ったのに。
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