裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

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悪役聖女の今際(いまわ)

血統書付きの駄犬

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 「どうしたの?」

 「人がおぼれてしぬのは初めて見るから」

 「そんな面白いかな」

 「あんまり。あ、あわなくなってきた」

 別に私は湖に溺れる子を助けないのにはちゃんと訳がある。命の倫理が薄くなったのもあるけど、オルカの歴史に誤差が生じてはダメなのだ。

 私が殺されるように、オルカも殺さなければならない。その屍の山を築いた後に、『未来』は存在するのだから。

 あとは単にこの子が真冬の貴重な食料を幼い子から奪い免疫が低下した子達から流行り病にかかって死んでしまった。つまりは間接的にでも二人以上を殺したこの子には、殺しても構わない免罪符が配られたのだ。

 「しんだかな」

 泡が完全に途絶えたとき、どうせなにも思ってはいないのに確認する言葉はまだ生かしてなぶりたかった口惜しさか。

 「足をふみ外したこんせきとわたしたちがここにいたこんせき、けさなくていいの?」

 「うーん、…どうしよっか?」

 あぁ、嫌気が差す。原作に忠実すぎるほどの男に。この男は今二つの選択肢を掲げてどちらを突き落とそうかと嘲笑っている。

 私を今此処で殺しても状況隠滅を図るか、私を『共犯者』にして内側に取り込むか。

 どうしよう。ここで殺されるのは原作じゃあり得ない。そもそもこれは私が自発的に行動した結果であって本来の未来ではない。

 これから起こることは全て、自らが招いた予測歩脳な『未来』だ。

 「わたしをころす?」

 「も、じゃなくて?」

 「んー、できしはいやだからころすならせめてそのナイフでさしてくれない?」

 六歳以上の孤児に与えられる護身用の短剣。そこまで鋭利ではないが何度か心の臓をえぐれば絶命する程度の殺傷力を持ち合わせている。

 「嫌だと言ったら?」

 「…それまでかな?」

 補食の視線に真っ向から返せば興味が再来したのか機嫌が良さそうにポツポツと話しかけてきた。

 「君の名前は?」

 「シルティナ」

 一刻も早くこの男の隣から抜け出したいというのにオルカは知っては知らずか逃がしてはくれない。

 「へぇ、いい名前だね。僕はオルカだよ」

 「…そう」

 初めから知っていると突っ込みたいがここは我慢だ。微々たる私情で衝動的になって良いメリットなどないのだから。

 「それにしても、シルティナの髪は僕と似てるね」

 唐突に私の髪に触れたオルカにビクリと反応したのがバレてはいないだろうか。似ているも何も同じ神力を持つもの同士、覚醒の日が近づくにつれ白銀に染まり輝きを放つのだから当たり前だ。

 きっとオルカは感づいている。そもそもこの辺りで単純な神力操作ぐらいはできているはずだし。

 「オルカ、へたにさわらないでくれる? あなたにふれられるとはきそうになるわ」  

 さっきまでのオルカを観察した上で、総合的に判断した攻略法。それは『興味深い』人間になること。どうせ同じ土俵に立つ『人間』だなんて思ていないのだから、此方もそれに相応しい扱いをしなければ。

 「あぁ、ごめんね。はい、もう吐きたくなくなった?」

 面白さからか笑顔から作り物感が少し抜けている。やはりあの『オルカ・アデスタント』なのだと再認識した。

 「ねぇ、あんまりちょーしに乗らないことね。それとこんごもしつよう以上にわたしにかかわらないでちょうだい。ほんらいあるべき『みらい』を、ねじ曲げたくないでしょう」

 「あるべき『未来』なんて、誰が決めたの?」

 「えらい人じゃない? なんにせよあとじゅうねんも待てばイイはなしよ。そうすればころしていいから。まさか、まてもできないと言うの?」

 「ヒドイな。僕がそんな駄犬に見える?」

 「いいえ。あなたはけっとーしょ付きのゆーしゅーな犬。だけど、いつかかならずじぶんだけのてーこくを作るヤシンカ。ダケンではないけど、みかたをかえればさいてーな『ダケン』ね」

 「僕は随分と信仰深い方だと思ってたんだけどな…」

 目を反らしていたのも今さら恐怖を通り越した呆れが底をついて真っ直ぐオルカに向き合う形で立ち上がる。そうして私は嘲笑うのだ。お前ごときが私の守ろうとする『人間』に成り上がるなと。

 「あなたが? バカバカしい。あの子をつき落としたすぐなのにわたしと楽しそうにはなしてるじゃない。おもい上がるのもほどほどにしなさいよ。あなたが『ニンゲン』だなんてだれもみとめないわ」

 『聖女』を使い潰して用がなくなればゴミのように捨てた。いずれ訪れる未来であっても、こんな男に振り回されるだなんて死んでもごめんだ。

 そんなことを思ったからなのか急にガッ?!と私より一回り大きい手が首元を締めた。

 「ッ…?! なに、するの…よっ…」

 「シルティナが言うように僕は化け物なんだろう? じゃあ人間のシルティナは僕に殺されてもおかしくないよね?」

 ハハッ…、頭のネジがぶっ壊れるとしか思えない。そうしている間にもどんどん力を入れられ呼吸が出来なくなっていく。

 流石ヒロイン皇女とはえらい違いだ。私なんて中盤で出番を終える悪役など死んでも大差ないのか。私は簡単に命を奪える羽虫だとでも思っているのだろうか? 私はこの世界で、生きていないのだろうか?

 そんな考えがよぎると、必死に抵抗するのも空しくなった。だからか、オルカの手を引き剥がそうと力をいれていた手を宙に浮かせる。
 
 「…、抵抗しないの?」

 返事をも求めているのかほんの少しだけ締める力が弱まる。これじゃあただ苦しみが続くだけだというのに。

 「あ、っがいて…、しぬほど…っ。みれんがましく、ないものッ」

 「…ふぅん。やっぱり可愛い。可愛いね、シルティナ」

 最大限の侮蔑と軽蔑を込めて送った瞳はオルカの何を刺激したのか手を緩め、だけど締めるのは続けたまま頬にペットに行うようなキスがされる。

 頬は朱色にこの真冬でも色づいている。こんな求愛方法があるだろうか。生殺与奪を握られた状態で、自分は弱者だと思い込まされながら押し付けられる『アイ』に中身があるなら、それこそおぞましいものはない。

 「きもちわ、るい。はなして…っ」

 「ねぇ、シルティナ。僕は君の犬にならなっても良いと思ってるけど、どう?」

 本当に話の聞かないトンチンカンが何を言っているのやら。それにまだ首を絞めている段階で『犬』だなんて嘘つきにも程がある。

 「ぜんっぜん…! かみつくダケンなんてほしくないわ…っ」

 「あぁ…、そっか。はい」

 パッと手を離してようやく十分に空気を吸い込めたけど真冬の空気は喉にいたい。

 ゲホッゲホッ…!

 涙が滲みながら呼吸を整える。心配な顔一つせず「大丈夫?」なんて言うぐらいなら何も言わず永久に私の目の前に現れないでほしい。

 「それじゃあ、よろしくね。シルティナ」

 苦しんでいる元凶のオルカは、オルカだけは幸せそうに私のおでこにキスをして、ろくに歩けなくなった私の手を引いて集合場所に戻っていった。

 手を引かれている間も、子供体温の温かい感触に「ぉぇっ…」と心の内で吐いていた。
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