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【原作】始動
小市民(こいちみん)の心の内
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別に神力は膨大なエネルギー弾とでしか使えない訳ではない。魔術の応用にも似た使い方ができるのだから、当然『威圧』と言った使用方法もある。
その効果は魔力を用いたものと何ら代わり映えはなく、歴代最高の神力を持つ私であれば完璧に制御した状態でもこの部屋にいる全員を伏せさせることも容易い。
「…っッツ?!! ぐ、ぁあ…!!」
散々見下されたが、今こうして恐怖の視線を向けられるのはやはり心地よいとは言えない。こんなもので快感を覚えることはできないし、そんな図太い神経を持てる器ではない。やっぱり私は、何処まで言っても小市民(こいちみん)だ。
だけどここで威圧を解くほど弱い訳じゃない。何事も中途半端程危険なものはない。私は本当に失神寸前まで追い詰め、ようやく威圧を和らげた。
人は証明できないものを嫌う。自分の理解の範疇(はんちゅう)に及ばないものこそ、畏怖の感情を抱くのだ。だから今、彼らの目に映るのは言わずもがな理解できた。
神力を多く産まれ持った運の良い子ども。何も知らず、神殿に利用される傀儡(かいらい)だと認識していた存在が日々戦場で死と隣り合わせに生きてきた屈強な男達を一切の手を使うことなくひれ伏させたのだから、その価値は大きく繰り上がった。
子どもらしいと思っていた絶やさぬ笑みも、事実を知った今ではどこか薄気味悪く見える。小さく転んだだけで死んでしまいそうな身体に、自分達を遥かに上回る力があることに、彼らは皆(みな)いつの間にか微かな恐怖を抱いていた。
「……っはあ、これで十分だろう。意義のある者は?」
やはり歴戦と言うべきか一番最初に冷静さを取り戻した辺境伯が全員の異を汲(く)むが、それに反論するものなどもう誰一人としていなかった。
「聖女様。此度は我々の見識(けんしき)が浅く、お心持ちを害してしまい大変申し訳ございません」
「いえ。私としましては此方(こちら)の提案が通るのであればそれだけで十分ですから。くれぐれも、これ以上何か申し出てがあるようでしたどうぞ私のお部屋にいらしてください。ちゃんと、適切で礼儀を持った、『お話合い』をしましょうね」
目一杯(めいいっぱい)頑張って笑顔を作ったのだけどそれに答えてくれる人は誰一人としていなくて、それはそれで少しムカッとした。
だってついさっきまであれだけ叩きまくってくれたくせに、都合が悪くなるとすぐ黙るだなんてまるで子どもみたいだ。
私だってそんなことを許された覚えがない。なんでこの世界の住人である彼らが許されて、無理やり此処に止(とど)められている私が許されないのか。全くもって理不尽だと憤(いきどお)っても、それを流せるやり場なんて何処にもなかった。
「聖女様、作戦の実行は如何様(いかよう)になさるおつもりなのでしょうか?」
「そうですね…。二、三日後程でしょうか」
「承知いたいました。私どもは陰ながら万が一の為にもお力添え致します」
「ありがとうございます」
社交界のお世辞程意味のないものはない。笑顔で感謝を告げたその脳内では何を考えているのかわからないように、彼らも少しぐらい『おこぼれ』をもらいたいと群がってくる蟻なのだから。
そうして会議はお開きとなり、私は部屋に戻って一息つく。とは言っても此方に持ってきた神殿の書類仕事を傍(かてわ)らでやっているのだから休憩とはお世辞にも言い難い。
適当に時間を潰すためとは言え二日間ひたすらにペンを走らせるこおに、私は気だるさで参っていた。此処に神官の一人でもいなければ思い切り背伸びでもできただろうに、ずっと同じ姿勢を繰り返しているせいで身体が痛い。
此処に来て唯一良いところがあるとすれば食事だ。神殿にはない豪勢な食事は私の胃を重く刺激し食欲を満たす。こんなに満足した食事は久しぶりすぎて思わず感極まって泣いてしまうところだった。
やはり食事は人間にとって最も開放的な【欲】でありそれを制限することへのストレスは凄まじいのだろう。長年の反動で胃が小さいのも気にせず無理やり詰め込んだせいで胃もたれに苦しんだのは言うまでもない。
若干の気持ち悪さのまま部屋のソファについて、少し早い時間ながらも神官達を下がらせる。部屋に一人、ようやく自由の身になったところで私は目的の為、動いた。
神術で姿形を隠して事前に確認しておいた裏経路から屋敷を出る。まだ夜は早いと言っても街灯(がいとう)のない細道までくればさながら雰囲気だけはある。
数十分程歩いた頃ぐらいだろうか。いつの間にか細道を抜けて大きなごみ捨て場のような場所についていた。それに加え先ほどから微弱(びじゃく)に感じていた気配が一気に色濃くなった。もうこの辺りだろうか。
「貴方達(あなたたち)に話があります。ご存じの通り一人で此処に来ました。姿を、現して貰えますか?」
私の声だけが不自然に夜の闇を木霊(こだま)した後に、一人代表的な男が姿を現しそれに続いて続々と私の周りを包囲するように現れる。
「護衛一人もつけず、…随分と舐めてくれるな。【アルティナ教】の聖女」
まだ若い、この教団の代表と思われる男が皮肉めいた言葉を投げ掛けたが、私は彼のことをおぼろげながら記憶していた。【原作】の後にメシア教の創設者として顔を広げた男。
私は原作の設定に確信を抱き、さてどうしようかと悩む。ここまでは計画通りだけど、この後のことを何にも考えていなかった。
できれば彼らには【原作】の終わるその時まで息を潜めて活動を続けてほしい。ただそんなことを『聖女』である私が申し出ても聞き入れてもらえるか。まず無理だろう。
それでもひとまず『対話』でもしてみようと、伏せた睫毛(まつげ)を戻して彼らと向き合った。私のこの選択が、最悪の事態を引き起こすなんて考えもせず…。
その効果は魔力を用いたものと何ら代わり映えはなく、歴代最高の神力を持つ私であれば完璧に制御した状態でもこの部屋にいる全員を伏せさせることも容易い。
「…っッツ?!! ぐ、ぁあ…!!」
散々見下されたが、今こうして恐怖の視線を向けられるのはやはり心地よいとは言えない。こんなもので快感を覚えることはできないし、そんな図太い神経を持てる器ではない。やっぱり私は、何処まで言っても小市民(こいちみん)だ。
だけどここで威圧を解くほど弱い訳じゃない。何事も中途半端程危険なものはない。私は本当に失神寸前まで追い詰め、ようやく威圧を和らげた。
人は証明できないものを嫌う。自分の理解の範疇(はんちゅう)に及ばないものこそ、畏怖の感情を抱くのだ。だから今、彼らの目に映るのは言わずもがな理解できた。
神力を多く産まれ持った運の良い子ども。何も知らず、神殿に利用される傀儡(かいらい)だと認識していた存在が日々戦場で死と隣り合わせに生きてきた屈強な男達を一切の手を使うことなくひれ伏させたのだから、その価値は大きく繰り上がった。
子どもらしいと思っていた絶やさぬ笑みも、事実を知った今ではどこか薄気味悪く見える。小さく転んだだけで死んでしまいそうな身体に、自分達を遥かに上回る力があることに、彼らは皆(みな)いつの間にか微かな恐怖を抱いていた。
「……っはあ、これで十分だろう。意義のある者は?」
やはり歴戦と言うべきか一番最初に冷静さを取り戻した辺境伯が全員の異を汲(く)むが、それに反論するものなどもう誰一人としていなかった。
「聖女様。此度は我々の見識(けんしき)が浅く、お心持ちを害してしまい大変申し訳ございません」
「いえ。私としましては此方(こちら)の提案が通るのであればそれだけで十分ですから。くれぐれも、これ以上何か申し出てがあるようでしたどうぞ私のお部屋にいらしてください。ちゃんと、適切で礼儀を持った、『お話合い』をしましょうね」
目一杯(めいいっぱい)頑張って笑顔を作ったのだけどそれに答えてくれる人は誰一人としていなくて、それはそれで少しムカッとした。
だってついさっきまであれだけ叩きまくってくれたくせに、都合が悪くなるとすぐ黙るだなんてまるで子どもみたいだ。
私だってそんなことを許された覚えがない。なんでこの世界の住人である彼らが許されて、無理やり此処に止(とど)められている私が許されないのか。全くもって理不尽だと憤(いきどお)っても、それを流せるやり場なんて何処にもなかった。
「聖女様、作戦の実行は如何様(いかよう)になさるおつもりなのでしょうか?」
「そうですね…。二、三日後程でしょうか」
「承知いたいました。私どもは陰ながら万が一の為にもお力添え致します」
「ありがとうございます」
社交界のお世辞程意味のないものはない。笑顔で感謝を告げたその脳内では何を考えているのかわからないように、彼らも少しぐらい『おこぼれ』をもらいたいと群がってくる蟻なのだから。
そうして会議はお開きとなり、私は部屋に戻って一息つく。とは言っても此方に持ってきた神殿の書類仕事を傍(かてわ)らでやっているのだから休憩とはお世辞にも言い難い。
適当に時間を潰すためとは言え二日間ひたすらにペンを走らせるこおに、私は気だるさで参っていた。此処に神官の一人でもいなければ思い切り背伸びでもできただろうに、ずっと同じ姿勢を繰り返しているせいで身体が痛い。
此処に来て唯一良いところがあるとすれば食事だ。神殿にはない豪勢な食事は私の胃を重く刺激し食欲を満たす。こんなに満足した食事は久しぶりすぎて思わず感極まって泣いてしまうところだった。
やはり食事は人間にとって最も開放的な【欲】でありそれを制限することへのストレスは凄まじいのだろう。長年の反動で胃が小さいのも気にせず無理やり詰め込んだせいで胃もたれに苦しんだのは言うまでもない。
若干の気持ち悪さのまま部屋のソファについて、少し早い時間ながらも神官達を下がらせる。部屋に一人、ようやく自由の身になったところで私は目的の為、動いた。
神術で姿形を隠して事前に確認しておいた裏経路から屋敷を出る。まだ夜は早いと言っても街灯(がいとう)のない細道までくればさながら雰囲気だけはある。
数十分程歩いた頃ぐらいだろうか。いつの間にか細道を抜けて大きなごみ捨て場のような場所についていた。それに加え先ほどから微弱(びじゃく)に感じていた気配が一気に色濃くなった。もうこの辺りだろうか。
「貴方達(あなたたち)に話があります。ご存じの通り一人で此処に来ました。姿を、現して貰えますか?」
私の声だけが不自然に夜の闇を木霊(こだま)した後に、一人代表的な男が姿を現しそれに続いて続々と私の周りを包囲するように現れる。
「護衛一人もつけず、…随分と舐めてくれるな。【アルティナ教】の聖女」
まだ若い、この教団の代表と思われる男が皮肉めいた言葉を投げ掛けたが、私は彼のことをおぼろげながら記憶していた。【原作】の後にメシア教の創設者として顔を広げた男。
私は原作の設定に確信を抱き、さてどうしようかと悩む。ここまでは計画通りだけど、この後のことを何にも考えていなかった。
できれば彼らには【原作】の終わるその時まで息を潜めて活動を続けてほしい。ただそんなことを『聖女』である私が申し出ても聞き入れてもらえるか。まず無理だろう。
それでもひとまず『対話』でもしてみようと、伏せた睫毛(まつげ)を戻して彼らと向き合った。私のこの選択が、最悪の事態を引き起こすなんて考えもせず…。
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