裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

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思惑(しわく)は交わる

異世界ならではの【悪役令嬢視点】

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 商会の方は順調に成長し、皇都の話題はほぼ全てをグラニッツ商会が占めている。まさかここまで順調に行くとは予想していなかったけど、これぞ棚からぼたもち。異世界転生の醍醐味(だいごみ)を全て享受できたみたいだ。

 お父様との関係も好調(こうちょう)だし、後はの問題だけど…。

 「やぁ、エディス嬢。相変わらず私が声をかけるとしかめ面が酷いな」
 「いえいえ、滅相もございませんわ。僅(わず)か14歳という年で戦場を駆け巡り【戦場の悪魔】などと痛々し、…いえ、大層誇らしい名称のつくお方にしかめ面など…」

 「これは随分と口が達者になったようだ。ついこの間までたどたどしかったあの可愛らしさはどこへ行ったんだ?」
 「あらまぁ、これも全て淑女教育の賜物(たまもの)でしょうね。大丈夫ですよ。どこぞの紳士様には真っ当な心を持って接しますわ」

 「っはは、そうかそうか。エディス嬢のお相手となる男はとんだ猫かぶりと知らないんだろうな」
 「一生独身でいらっしゃるであろう可哀想な小公子様には縁のない話でいらっしゃいましょう?」

 大公家の訪問が何回か続くと簡単に軽口を話せる中までになったとはいえ、会えば必ずこうして皮肉り合いが始まる。もちろん推しという概念は変わりないが、それは別に最近は友達みたいに接することが楽しいと思いつつある。

 あれほど遠ざけていた人だけど、いざ生身の人間として会話してみると同年代の子どもみたいでそのギャップがまた可愛いのだ。スチルで見るのとはまた違う、ミシェル・ラド・ウィリアムズという一人の人間が…。

 まだ完全に信用できたわけじゃないけど、私は彼の招待を心待ちにしている節(ふし)がある。そんなことを直接本人に言えば馬鹿にされるのは目に見えているから絶対言わないけどね。

 恒例の皮肉り合いが終わればあとはお互い話を持ち寄っては優雅にお茶を飲む。ミシェルの話は情報収集の難しい戦況地方のものが多く、商会に有益となるものも多かった。

 一方私からは商会で新たに販売する商品の試作品を持ち寄って性能を確かめてもらうという訳だ。本人は奇抜なものばかりでアイデアの独創性からか毎度ご贔屓(ひいき)にさせてもらっている。

 「…エディス嬢、魔法が使えるなら使いたいか?」
 「そりゃぁ使えるなら使いたいですけど、ご存知の通り私は魔力がありませんし」

 「ふむ…、少し案内しよう」
 「どうしたんですか?」
 突如立ち上がって私の前まで回るミシェル。すっと手を差し出したものがエスコートと気づくまではだいぶ時間がかかった。

 「魔力がなくとも魔法が使える魔道具がある。それを一つ持っておくと良い」
 「えぇ~…、別に大丈夫ですよ。魔法が使えなくても支障はありませんし」
 「最低限の自衛のためだ。エディス嬢はその血筋を考慮せずとも今後身に危険が及ぶ可能性が高いからな」
 「…なんだか小公子様らしくないですね」
 「ミシェルでいい。一々小公子と呼ぶのももうやめろ」
 「小公子様、なにか変な薬でも飲みました?!」
 本人は何気なく言っているけど本来は人との関わりをめっきりと嫌う人だ。特に名前を呼ばれることは実の両親でも敬遠している、はずなんだけど…。

 「人の親切を何だと思ってるんだ? エディス嬢」
 「はいすみません。ミシェル様はなんてお優しいんでしょう。それはもうこのエディス天にも登る想(おも)「もういい。無駄口を叩いてないで行くぞ」はぁ~い」

 ミシェルに怒られながらも案内されたけど、何気にこうしてエスコートされるのは初めてだ。触れた手からは確かな熱を感じた。

 私手汗とかかいてないかな?! つい反射的に軽口叩いちゃったけど、前世でも異性との関わりが皆無だった私からしてみれば美形とのこの状況は心底心臓に悪い。

 しばらく無言の変な空気が流れたけど、目的の場所につくと長らく続いた静寂からは解き放たれた。
 
 「ここは…?」
 「修練場だ。ある程度魔法から保護する結界が張ってあるから好きに使える場所だな」
 「そんな場所にどんな用があるっていうんですか」
 
 まさか魔法の使えない私を皮肉るためだけに連れてきたの? いやいや、さっきちゃんと魔法が使える容易なる魔道具くれるって言ってくれたし、きっとそれが関連してるやつだ。

 「エディス嬢に渡したかったものはコレだ」
 そう言ってわざわざ私の腕に付けてくれたのはシンプルな作りのブレスレットだった。と言ってもその材質は結構値が張りそうな代物で金属特有の熱伝導(ねつでんどう)がないのも地味に嬉しい。あのヒヤリとした感覚は中々好きになれないのだ。

 「こんな良い物を本当に貰っても良いんですか?」
 「あぁ。大公家にとっては端金(はしたがね)程度だからな。遠慮せず貰って良い」

 「うわぁ…、初めてミシェル様を尊敬しました」
 「いつでも返してもらって構わないんだぞ?」
 「もう冗談じゃないですか。それでもこれってどうやって使うんですか? 私魔力がないので使い方が分からないんですが」
 「使いたい魔法を頭に思い浮かべるだけでいい。制限も何かと多いが使いこなせば役に立つだろう」
 
 …それってだいぶ凄くない? 魔道具というよりは聖遺物クラスでもおかしくないぶっ壊れ機能に再度自分の腕に付けられたブレスレットを見ると心なしかさっきより数倍輝きを放っている気がする。

 何事も知らない方が良いこともあるものだ。多分競りに出せば屋敷一つは買える代物であるということに冷や汗が止まらなくなってしまった。もしこれを壊しでもしたら弁償とかないよね?!

 見るからに挙動不審になった私をミシェルはまた頭を抱えて笑っているのが気に食わないが、それでもこんな良い物をプレゼントしてくれたんだから少なくとも今すぐ殺すことはないのかな?

 まだ完全に警戒心が消えたわけじゃないけど、こうしてちゃんと歩み寄ってくれる人を無下(むげ)に信用しないのも嫌だよね。

 「ミシェル様、本当にありがとうございます」
 それになんてったって推しからの初プレだ。こんなに心躍るものはない。小躍りでもしてしまいそうな浮かれた気分を直して、早速魔道具を使ってみる。

 一番初級の魔法が良いよね。う~ん…、【水球(ウォーターボール)】とか?

 ポヨンっ…
 考えたままにやってみると本当に目の前に水の球が現れた。瞬き一つもしていないのにどうやって現れたのか全く分からない。これが、【魔法】。
 
 「うそ…、凄い! 見てくださいミシェル様! 私が魔法使ってる?!」
 「自分でやっておいて何で疑問形なんだ?」
 「別にそこは良いじゃないですか。うわぁ~、凄い綺麗」

 異世界ならではの醍醐味である魔法を自分が使ったことでよりファンタジーを感じれたけど、好奇心は止まることなく浮いている水球の中に手を入れてみる。その触感もちゃんと水だ。色も光を反射するほどに澄(す)んでいる。

 どうやって浮いているのかとか原理を解明しようとすれば頭がパンクしてしまうのもちゃんと分かっているので純粋に魔法を楽しむことにする。

 「ミシェル様、これってどうやって消すんですか?」
 「作ったときと同じで消す想像をすればいい」
 
 言われた通り消えろ消えろと念じていると水球は水としての原型を残す訳でもなく霧散して消えていった。
 「わぁ、ホントに消えました!」
 
 不思議なのと好奇心からか興奮して色々と他属性の魔法もやってみた。火は熱くて、風は木が揺らぎ、土は土壁ができた。

 ただ連発しているといきなり使えなくなって、何故かと聞けば魔道具に注入されていた魔力が空になったのだと聞かされた。どうやらこれは魔力を注入して貯蓄できる魔道具だったらしい。だから私にも使えたんだ。なるほど。

 だけど私が馬鹿みたいに連発しまくったせいで圧倒いう間に魔力は底を付いたので呆れながらもミシェルがまた注いでくれた。

 どうやら最初ということもあり魔法が使えるかも分からなかったからあえて魔力量を少なくしておいたらしい。そりゃあこの身体では初めてだけど想像力なら前世で十分に鍛えられたしね。

 厨二病とまでは行かないけどそれ相応の知識はある。漫画だと原理も簡単に説明してくれてそれが功を奏したのかな。そう思うとあながち厨二病も馬鹿にしてはいけないような気がしてきた…。

 ミシェルはセンスがあると珍しく褒めてくれたし、私のこの推理が外れていれば代々魔法を司る家系ってことも含まれているのかもしれない。本当に魔力さえあればエディスの人生はもっと変わっていたのかな?
 
 そんなことを考えても切りはないけど、やっぱりただ悪役としてしか生きられなかった【物語(ストーリー)】のエディスのことを考えるとやりきれない想いが募る。

 「ひとまず魔力を満タンに満たしておいたから余程派手に使わない限りは最低一ヶ月は持つだろう。だからあまり調子に乗ってやり過ぎないようにするんだぞ?」
 「本当に大事なときだけ使いますから、そんな心配していただくても大丈夫です!」
 「そうか? さっきのを見ている限りかなり怪しいんだが…」

 「とにかく! 今日はありがとうございました。私も今度またお礼になにか持ってきます」
 「期待してる。デザートは甘さ「控えめ、ですよね?」…そうだ。どうやら俺の好みは熟知されていたらしいな」
 「変なこと言わないでください。何回も繰り返されれば嫌でも覚えますよ」
 「そうかそうか。では、またのお越しを心待ちにしております。エディス嬢」

 馬車に乗って別れ際、いきなり雰囲気を変えて手の甲にキスをされたものだから一気に顔が赤くなって急いで馬車の扉を占めて真っ赤になった顔を手で隠す。

 ちょ、あれはどう考えても反則でしょー~~ッツ⁉!?


 結局一向に冷めない熱と共に、推しの限界を突破した供給を享受した私は公爵邸に着いてもなお一日寝たきりになるほどの知恵熱を出したのだった。

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