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終わりの始まり

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「どうしちゃったのかしらね、彼女」
 

 凛音さんが、どうでもよさそうに呟いた。


「たぶん、気持ちの整理をしているんですよ。もう少し待ってあげましょう」
 

 久遠は廊下の壁にもたれかかりながら応える。
 
 旧校舎の教室を出た後、綾乃は「少し一人にしてほしい」と久遠に言ってきた。
 
 そして、目の前の教室に閉じこもってもう随分経つ。
 
 しかし、彼女が教室から出てくる気配は一向になかった。


「ふ~ん、そんなにショックだったのかしら」
「それはそうですよ。僕だってかなりの衝撃を受けたんですから」
 

 玲菜の口から語られた真実は、それだけ悪い意味でインパクトがあった。半分部外者の久遠でさえ、大きな驚きと共に心が激しく動揺したほどだ。綾乃にとってみれば、まさしく青天の霹靂だっただろう。


「人間って難しいわね。エヴィルがいるんだから、何も考えずに好き放題気持ちの赴くままに動けばいいのに」
「そんなに単純じゃない……っていうか、そんなに強くないんですよ、人間は。ほんの少しのことで簡単に心が揺らいでしまう。脆い生き物なんです」
「そうなんだ。フフ、久遠君が言うと説得力があるわね」
 

 その言葉は、少しだけ久遠の癇に障った。けれど、相手が凜音さんでは言い返しても仕方がない。久遠はスルーを決め込む。


「……でも、ずっとこのままっていうわけにもいきませんよね。時間も限られているわけですから」
 

 空に浮かぶ満月は、次第に下がってきている。あの月が完全に沈んでしまう前に、三崎綾乃の物語は完結しなければならない。そう考えると、久遠は少し焦りを感じた。


「心配することはないわ」
 

 久遠とは対照的に、凜音さんは余裕の態度で喋る。まあ、彼女の場合は、いつだって余裕しかないのだけれど。


「久遠君たちにとっては、思ってもみなかった展開なのかもしれない。でも、結局はそれも、予め決まっていた筋書きの一つなのよ。だって、そうでしょ? 紡がれる物語が完結しないのなら、そもそも私たちはこの場にいないのだから」
 

 凜音さんの言うことも一理ある。玲菜の語った真実が隠されていたからこそ、久遠たちはこの朝日ヶ丘中学校三年二組に引き寄せられた。そう考えることもできるのだ。


「なるほど……確かにそうですね。でも、そうなると、彼女が迎える結末は――」
 

 ちょうどその時、教室のドアが勢いよく開いた。
 
 中から、エヴィルを従えた綾乃が出てくる。
 
 先ほどまでの狂気が、今は殺気へと変わっている気がした。
 
 綾乃は久遠に何も言わず一人で廊下を進み始める。


「フフ、すごくいい顔になったわね、彼女。私の予感、当たりそうね。それじゃ、私はこれで一旦消えるわ。頑張ってね、久遠君」
 

 凛音さんは手をひらひらさせて消える。今夜は素敵な夜になる、という凜音さんの予感。凛音さんの言う『素敵』の定義が分からないが、今の綾乃を見る限り、確かにその予感は的中しそうな気がした。


(まあ、僕が気にしても仕方ないか……。僕は僕の役目を果たそう)
 

 久遠は一つ気合いを入れて綾乃の後を追う。
 
 教室から出てきた綾乃は、無言のまま校舎を彷徨い歩いた。
 
 途中、何人かのクラスメイトたちと遭遇したが、綾乃は彼らを放置。いや、綾乃の目には、最早彼らの姿が映っていないようにすら思えた。
 
 そして、ついにその時がやってくる。
 
 灯台もと暗し、とでも言うべきなのだろうか。
 
 綾乃が探し求めていた人物は、最初の場所――三年二組にいた。




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