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本当の願い

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 久遠は二人を探して廊下を進む。
 
 すると、階段の前に来た時に、階下から大きな悲鳴が聞こえてきた。
 
 綾乃の悲鳴だ。
 
 久遠はすぐさま階段を駆け下りる。
 
 一階まで来ると、正面にエヴィルとそれに対峙している健人の姿があった。彼の手には、どこから持ってきたのか竹刀が握られている。無論、竹刀なんかでエヴィルをどうにかできるはずもない。彼の額からは、すでにおびただしい血が流れ出ていた。
 
 そして、そんな健人から少し離れたところに、泣きそうな顔をしている綾乃の姿がある。


「綾乃、頼むからどこかへ行ってくれ! ここにいたら、お前も巻き添えを食らうかもしれない」
「い、いや! けんちゃん、死ぬ気なんでしょ? そんなのダメだよ! せっかく……せっかく……」
「これは俺が受けるべき罰なんだ。だから、綾乃が気にすることなんて――がっは!?」
 

 エヴィルの髪が健人を弾き飛ばした。健人は転がるようにして、廊下に倒れこむ。


「もうやめて! エヴィル、お願いだから止まって!」
 

 絶叫に近い形でエヴィルに命令する綾乃。だが、エヴィルは彼女の方を見ようともしなかった。こうなってしまうと、エヴィルは目的を達成するまで止まらない。綾乃に危害を加えることはないが、視界に入ったクラスメイトがいれば、どこまでも追い掛けて殺害する。
 
 健人は起き上がると、再び竹刀を構えた。最後まで折れない心は認めるが、残念ながらエヴィルと対峙した時点で彼の運命は尽きている。
 
 久遠がそう思いながら成り行きを見守っていると、


「くそっ!! この化け物があああああああ!」
 

 自棄を起こしたのか、あるいは最早これまでと覚悟を決めたのか。健人は竹刀を振りかぶり自らエヴィルに突っ込んでいった。


「ぶおっ!!」
 

 だが、そんな特攻がエヴィルに通じるはずもなく、健人はエヴィルの右手で脇腹の辺りを薙ぎ払われた。
 

 勢いよく吹き飛ばされた彼は、壁に激突。
 
 そのままズルズルと床に倒れこみ、動かなくなった。
 
 死んだかどうかは分からないが、意識を失ったのは間違いなかった。


「いやあああああああああああああああああああ!」
 
 綾乃は頭を抱えて泣き叫ぶ。
 
 しかし、そんな悲痛な声もエヴィルには届かない。
 
 エヴィルは、ゆっくりと倒れた健人に近づく。
 
 どうやら健人は気絶しただけのようで、息はまだあるらしい。
 
 故に、トドメを刺すつもりなのだろう。
 
 綾乃はもう見ていられないといった様子で顔を背けた。


「ダメじゃないか。いい場面なんだから、ちゃんと見なきゃ」
 

 久遠はそんな綾乃に歩み寄る。


「み、皆月君!」
 

 綾乃は顔を上げて久遠を見る。かすかな希望を宿した瞳で。おそらく、この状況を久遠なら何とかできるかもと思ったのだろう。


「お、お願い、皆月君! エヴィルを止めて! けんちゃんを助けて! 私ならどうなってもいい! だからお願い!」
 

 久遠にしがみついて懇願する綾乃。けれど、それは無理な願いだ。


「僕にだってもうエヴィルは止められない。僕は以前言ったよね? この復讐劇の結末には、一切の責任を持てないって。最後を決めるのは君なんだよ、三崎さん。君が選択するんだ。これは、君の物語なんだから」
「私が選ぶ……私の物語……」
 

 その時、エヴィルがランス型の右手を大きく引いた。槍の先端は、倒れた健人に向けられている。これからまさに彼のことを串刺しにするつもりなのだろう。


「さあ、僕に見せて。君が思い描く結末。君が本当に望む答えを」
「私は――」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 

 エヴィルが吠え、右手を勢いよく前へ刺し出した。


「――――!!」
 

 肉を貫く不快な音。
 
 身体から突き出た鈍色の凶器。
 
 その先端から滴り落ちる鮮血。
 
 だが、その血は健人のものではなく……彼をかばうために立ちはだかった綾乃のものだった。


「がはっ」
 

 身体を貫かれた綾乃は、口から真っ赤な血を吐く。
 
 エヴィルが右手を引き抜くと、彼女はそのまま後ろに倒れた。
 
 綾乃の身体から流れ出た血がリノリウムの床に、真っ赤な水たまりを作る。
 
 綾乃が倒れたことで、エヴィルはその動きを止める。
 
 赤い静寂の中、久遠は倒れた綾乃の傍らに立つ。


「……これが三崎さんの選んだ結末かい?」
 

 久遠は問う。


「…………分かったの……」
 

 綾乃はかすれた声で答える。


「何が分かったの?」
「……私、間違ってた……」
 

 目に涙を溜め、苦しそうに綾乃は言葉を紡ぐ。


「……殴られるのは……痛かった……。裸にされるのは……悔しかった……。でも……本当に辛かったのは……一人ぼっちでいること、だった……。復讐して……みんな殺して……最後に残るのは……私一人……。こんなことにも……気付かないなんて……。玲菜のこと……馬鹿なんて言えない……。私が、一番……大馬鹿だ……」
 

 息も絶え絶えに語られる綾乃の言葉に、久遠は無言で耳を傾ける。


「もっと……早くに……気付けば、良かった……。そうすれば……そうすれば……」
 

 綾乃は震える手を健人へと伸ばす。絶対に届かない手を。


「苦しいよね、三崎さん? でも、僕にはどうしてあげることもできない。これは君が選んだ結末だから。だけど……もし君にまだ力が残っているなら――」
 

 久遠は綾乃の手に、そっと自分の手を添える。


「聞かせてくれるかな? 君が辿り着いた答え――君が本当に望む願いを」
「……わ、私は……うっ、ごほっ、ごほっ……」
 

 綾乃の口から鮮血が零れる。
 
 だが、彼女の瞳にはまだ光が残っていた。
 
 綾乃は最後の力を振り絞るように、歯を食いしばる。


「……私は……私はもう独りになりたくない!」





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