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黒目の子供たち
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「ねえ、宗介君、ちゃんとそこにいる?」
トイレの中から聞こえてくる声に、宗介は「……いるよ」と答える。同じやりとりが、もう何度繰り返されたであろうか。宗介のイライラは限界に達しつつあった。
「つか、そんな何回も訊くくらいならさっさと済ませろよ!」
「急かさないでよ! 女の子のトイレは時間が掛かるの!」
何故か付き合ってあげている宗介が怒鳴られた。眠っていたところを起こされ、トイレに付き合わされ、挙句に「急かすな!」と怒られる。あまりの理不尽さに、怒りを通り越して無我の境地に足を踏み入れそうになる。
(このまま置いて戻るか……。でも、泣かれたりしたら厄介だ。面倒くせえ……いっそ、そのまま便器の中に流れていってしまえばいいのに……)
そんなことを考えながら、宗介は光にわざと聞こえるよう足を鳴らす。
だが、その時――。
《キャハハハハ……》
宗介の耳に微かな笑い声が届く。
直後、ぞわっとする寒気が全身を駆け抜けた。
生温い空気が頬を撫で、宗介は『人ではない何か』が近づいてきたことを察知する。
「……来た……」
「えっ? き、来たって何が?」
トイレの中から不安そうな光の声が聞こえる。
だが、彼女のことなど最早宗介の眼中になかった。
今、この瞬間、得体の知れない『何か』が、この屋敷に入り込んでいる。そして、その『何か』が美守の呪いに関係していることを、宗介は確信していた。
「お前は用を足したら部屋に戻ってろ! いいな!」
「えっ、ちょ、待ってよ、宗――」
宗介は真っ直ぐ美守のいる座敷牢へ向かう。呪いに関係しているならば、向かう先はあそこしかない。
外は月が出ているようで、廊下の窓からは月明かりが差し込んでいた。
宗介は警戒しながら、慎重に座敷牢へと歩みを進める。
そして、ちょうど座敷牢へ続く廊下――その曲がり角に来た時、宗介は再び笑い声を耳にした。今度は、先ほどよりもはっきりと。故に、その声が『子供』の笑い声だと認識できた。
(間違いない。この先に、何かいる……)
座敷牢へと続く廊下からは、嫌な空気が漂ってきていた。
宗介は曲がり角へ近づき、そっと顔だけを出して奥を覗く。
(あ、あれは……)
そこにいたのは、三人の子供たちだった。年齢は五歳から十歳くらい。素足で、布切れのようなボロボロの服を纏っている。宗介は一目で、その子供たちがこの世の存在でないことを悟る。
だが、それ以上に宗介をぞっとさせたのは、子供たちの手にカマや鉈といった刃物が握られていたことだ。しかも、刃物は一様に黒ずんでいる。まるで血が凝固したように。
子供たちは、鬼ごっこでもするように楽しそうな笑い声をあげて、美守のいる座敷牢に向かって走っていく。
宗介が息を飲んで彼らの様子を見つめていた、その時――。
最後尾を走っていた子――おかっぱ頭の女の子が、ふと何かに気付いたように足を止める。
次の瞬間、女の子はぐるりと首を百八十度回転させて宗介の方を見た。
人間ではあり得ない動き。
だが、それ以上に、振り返った女の子の顔が、宗介を凍りつかせた。
彼女の両目は、共にくり抜かれたように真っ黒。顔の半分は赤黒く爛れてしまっており、それは美守の身体に現れている症状とよく似ていた。女の子はしばらく宗介の方を見つめると、ニタリと唇を歪ませ、再び座敷牢へと駆けていった。
女の子の姿は真っ暗な廊下の奥へと消え、すぐに見えなくなった。
そこでようやく、宗介は無意識のうちに止めていた呼吸を再開する。
正直なところ、もうこれ以上座敷牢に近づきたくなかった。
(今しがた見た子供たちが、美守の呪いと深く関わっていることは間違いないだろう。だけど、子供たちが手に持っていた刃物は……)
この奥の座敷牢では、想像すらしたくない光景が広がっているような気がした。
見たくない……が、見ないわけにもいかない。
除霊を引き受けた以上、ここで逃げるわけにはいかなかった。
トイレの中から聞こえてくる声に、宗介は「……いるよ」と答える。同じやりとりが、もう何度繰り返されたであろうか。宗介のイライラは限界に達しつつあった。
「つか、そんな何回も訊くくらいならさっさと済ませろよ!」
「急かさないでよ! 女の子のトイレは時間が掛かるの!」
何故か付き合ってあげている宗介が怒鳴られた。眠っていたところを起こされ、トイレに付き合わされ、挙句に「急かすな!」と怒られる。あまりの理不尽さに、怒りを通り越して無我の境地に足を踏み入れそうになる。
(このまま置いて戻るか……。でも、泣かれたりしたら厄介だ。面倒くせえ……いっそ、そのまま便器の中に流れていってしまえばいいのに……)
そんなことを考えながら、宗介は光にわざと聞こえるよう足を鳴らす。
だが、その時――。
《キャハハハハ……》
宗介の耳に微かな笑い声が届く。
直後、ぞわっとする寒気が全身を駆け抜けた。
生温い空気が頬を撫で、宗介は『人ではない何か』が近づいてきたことを察知する。
「……来た……」
「えっ? き、来たって何が?」
トイレの中から不安そうな光の声が聞こえる。
だが、彼女のことなど最早宗介の眼中になかった。
今、この瞬間、得体の知れない『何か』が、この屋敷に入り込んでいる。そして、その『何か』が美守の呪いに関係していることを、宗介は確信していた。
「お前は用を足したら部屋に戻ってろ! いいな!」
「えっ、ちょ、待ってよ、宗――」
宗介は真っ直ぐ美守のいる座敷牢へ向かう。呪いに関係しているならば、向かう先はあそこしかない。
外は月が出ているようで、廊下の窓からは月明かりが差し込んでいた。
宗介は警戒しながら、慎重に座敷牢へと歩みを進める。
そして、ちょうど座敷牢へ続く廊下――その曲がり角に来た時、宗介は再び笑い声を耳にした。今度は、先ほどよりもはっきりと。故に、その声が『子供』の笑い声だと認識できた。
(間違いない。この先に、何かいる……)
座敷牢へと続く廊下からは、嫌な空気が漂ってきていた。
宗介は曲がり角へ近づき、そっと顔だけを出して奥を覗く。
(あ、あれは……)
そこにいたのは、三人の子供たちだった。年齢は五歳から十歳くらい。素足で、布切れのようなボロボロの服を纏っている。宗介は一目で、その子供たちがこの世の存在でないことを悟る。
だが、それ以上に宗介をぞっとさせたのは、子供たちの手にカマや鉈といった刃物が握られていたことだ。しかも、刃物は一様に黒ずんでいる。まるで血が凝固したように。
子供たちは、鬼ごっこでもするように楽しそうな笑い声をあげて、美守のいる座敷牢に向かって走っていく。
宗介が息を飲んで彼らの様子を見つめていた、その時――。
最後尾を走っていた子――おかっぱ頭の女の子が、ふと何かに気付いたように足を止める。
次の瞬間、女の子はぐるりと首を百八十度回転させて宗介の方を見た。
人間ではあり得ない動き。
だが、それ以上に、振り返った女の子の顔が、宗介を凍りつかせた。
彼女の両目は、共にくり抜かれたように真っ黒。顔の半分は赤黒く爛れてしまっており、それは美守の身体に現れている症状とよく似ていた。女の子はしばらく宗介の方を見つめると、ニタリと唇を歪ませ、再び座敷牢へと駆けていった。
女の子の姿は真っ暗な廊下の奥へと消え、すぐに見えなくなった。
そこでようやく、宗介は無意識のうちに止めていた呼吸を再開する。
正直なところ、もうこれ以上座敷牢に近づきたくなかった。
(今しがた見た子供たちが、美守の呪いと深く関わっていることは間違いないだろう。だけど、子供たちが手に持っていた刃物は……)
この奥の座敷牢では、想像すらしたくない光景が広がっているような気がした。
見たくない……が、見ないわけにもいかない。
除霊を引き受けた以上、ここで逃げるわけにはいかなかった。
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