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見慣れた夢
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(ああ、またこの夢か……)
黒宮宗介は夢を見ている。
幼い頃から繰り返し見てきた夢だ。
広い和室に布団が敷かれ、そこに一人の女が横になっている。白い着物を着た若い女だ。
彼女の傍らには、見覚えのある男が一人。神妙な顔つきで静かに佇んでいる。
しばらくすると、遠くから複数の足音が聞こえてきた。
足音はどんどん大きくなり、やがて部屋の前で止まる。
襖が開かれ、部屋に入ってきたのは、数人の老人たちだった。
男は老人たちを見るや否や、すぐに起立し深々と一礼する。そして、寝ていた女に手を貸し、彼女の上体を起こした。
女が身体を起こすと、一人の老婆が布団に近づき腰を下ろす。
「此度の除霊、誠に大義であった」
重々しい老婆の言葉に、女は小さく頭を垂れる。
「そなたがいなければ数多の命が失われていたことじゃろう。その働きに最上の感謝と、見合うべき報酬を用意しよう」
女の功績を讃える老婆。
しかし、女は黙ったまま一切の感情を表に出さない。
「じゃが……」
老婆の声がワントーン落ちた。
「お腹の子は諦めなされ」
中絶を促す老婆の言葉。傍らで聞いていた男の顔に苦渋の色が浮かぶ。だが、彼は老婆に詰め寄ることも、抗議することもしなかった。悔しそうに唇を噛みしめ、ただじっと悲しみに耐えている様子だ。
女の方は相変わらず無表情で無反応。ただ、彼女の右手が、自身のお腹にそっと添えられていた。
「今後、そなたの役目は、後継者が現れるまで一日でも長く健やかであることじゃ。そなたも辛いじゃろうが……」
「嫌です」
初めて発せられた女の声。放たれた言葉は鋼鉄の槍のように鋭く、揺るがぬ意思がこめられていた。
「何じゃと?」
老婆は厳しい視線を女に向ける。
「この子は産みます」
女も負けじと、真剣な眼差しで老婆を睨み返した。
「分かっておるのか? それがどれだけ危険なことか」
「分かっています。でも、私は……」
双方の視線が激しくぶつかり、両者の間に不穏な空気が生じる。
静寂の中、続く睨みあい。
先に折れたのは老婆の方だった。
「ふう……まあ、よい。今はまだ気持ちの整理がつかんのじゃろう。まだしばし時間はある。ゆっくり考えるのがよかろう……」
深い溜息と共にそう告げると、老婆はゆっくりと立ち上がる。そして、他の老人たちを引き連れ部屋を出ていった。その際に、傍らにいた男も老人たちに呼ばれて部屋を出ていく。部屋の中には女だけが残された。
一人きりになった女は、お腹に手を当てたまま小さく身体を震わせる。
「ごめん、ごめんね……。産まれてくる前なのに、こんなに怖い思いをさせて。ダメなお母さんで、本当にごめんなさい……」
女の目には涙が浮かんでいた。だが、彼女はすぐに左手で目を拭う。
「でも、大丈夫よ。あなたのことは、何があっても私が守るから」
女は微笑みを浮かべ、優しい声で自分のお腹に話しかける。
その直後、宗介の視界が大きく変貌した。
今まで明るかった室内が、白黒写真のように色褪せ始める。
「あなたに見せてあげたいものがたくさんあるの」
女の声もボイスチェンジャーを使ったように歪む。ぼやけた視界に映る女の顔は、先ほどとは別人――まるで強い憎しみと怨みを孕んだ夜叉のように見えた。
「待っていてね。あなたが産まれてくるこの世界は――」
その瞬間、ガラスが割れるように宗介の立っていた地面が崩壊し、真っ暗な闇が宗介を飲み込んだ。
そして、背後から冷たい声が囁かれる。
――とっても醜くて残酷な世界だから。
黒宮宗介は夢を見ている。
幼い頃から繰り返し見てきた夢だ。
広い和室に布団が敷かれ、そこに一人の女が横になっている。白い着物を着た若い女だ。
彼女の傍らには、見覚えのある男が一人。神妙な顔つきで静かに佇んでいる。
しばらくすると、遠くから複数の足音が聞こえてきた。
足音はどんどん大きくなり、やがて部屋の前で止まる。
襖が開かれ、部屋に入ってきたのは、数人の老人たちだった。
男は老人たちを見るや否や、すぐに起立し深々と一礼する。そして、寝ていた女に手を貸し、彼女の上体を起こした。
女が身体を起こすと、一人の老婆が布団に近づき腰を下ろす。
「此度の除霊、誠に大義であった」
重々しい老婆の言葉に、女は小さく頭を垂れる。
「そなたがいなければ数多の命が失われていたことじゃろう。その働きに最上の感謝と、見合うべき報酬を用意しよう」
女の功績を讃える老婆。
しかし、女は黙ったまま一切の感情を表に出さない。
「じゃが……」
老婆の声がワントーン落ちた。
「お腹の子は諦めなされ」
中絶を促す老婆の言葉。傍らで聞いていた男の顔に苦渋の色が浮かぶ。だが、彼は老婆に詰め寄ることも、抗議することもしなかった。悔しそうに唇を噛みしめ、ただじっと悲しみに耐えている様子だ。
女の方は相変わらず無表情で無反応。ただ、彼女の右手が、自身のお腹にそっと添えられていた。
「今後、そなたの役目は、後継者が現れるまで一日でも長く健やかであることじゃ。そなたも辛いじゃろうが……」
「嫌です」
初めて発せられた女の声。放たれた言葉は鋼鉄の槍のように鋭く、揺るがぬ意思がこめられていた。
「何じゃと?」
老婆は厳しい視線を女に向ける。
「この子は産みます」
女も負けじと、真剣な眼差しで老婆を睨み返した。
「分かっておるのか? それがどれだけ危険なことか」
「分かっています。でも、私は……」
双方の視線が激しくぶつかり、両者の間に不穏な空気が生じる。
静寂の中、続く睨みあい。
先に折れたのは老婆の方だった。
「ふう……まあ、よい。今はまだ気持ちの整理がつかんのじゃろう。まだしばし時間はある。ゆっくり考えるのがよかろう……」
深い溜息と共にそう告げると、老婆はゆっくりと立ち上がる。そして、他の老人たちを引き連れ部屋を出ていった。その際に、傍らにいた男も老人たちに呼ばれて部屋を出ていく。部屋の中には女だけが残された。
一人きりになった女は、お腹に手を当てたまま小さく身体を震わせる。
「ごめん、ごめんね……。産まれてくる前なのに、こんなに怖い思いをさせて。ダメなお母さんで、本当にごめんなさい……」
女の目には涙が浮かんでいた。だが、彼女はすぐに左手で目を拭う。
「でも、大丈夫よ。あなたのことは、何があっても私が守るから」
女は微笑みを浮かべ、優しい声で自分のお腹に話しかける。
その直後、宗介の視界が大きく変貌した。
今まで明るかった室内が、白黒写真のように色褪せ始める。
「あなたに見せてあげたいものがたくさんあるの」
女の声もボイスチェンジャーを使ったように歪む。ぼやけた視界に映る女の顔は、先ほどとは別人――まるで強い憎しみと怨みを孕んだ夜叉のように見えた。
「待っていてね。あなたが産まれてくるこの世界は――」
その瞬間、ガラスが割れるように宗介の立っていた地面が崩壊し、真っ暗な闇が宗介を飲み込んだ。
そして、背後から冷たい声が囁かれる。
――とっても醜くて残酷な世界だから。
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