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細入村の秘密
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宗介たちは入り口のインターホンを鳴らす。
「細入村の佐々村さんですね。お話は伺っています。どうぞ、お入りください」
扉を開けて中へ入ると、禿げあがった頭の恰幅の良い住職が奥から現れた。年の程は六十代くらいだろう。彼に案内され、宗介たちは客間へと通された。
「いや~、こんなに若いお客様がいらしたのは久しぶりです。それで、うちの寺にどのような御用件で?」
座布団に腰を下ろすと、住職は恵比寿様みたいな笑顔で、宗介たちに尋ねてきた。
「少しこの辺りの歴史を教えてもらいたくてね」
「歴史……ですか。私に分かるでしょうか」
「ダラダラ話すのは嫌いだから、単刀直入に訊くよ。俺が知りたいのは『この村から見た細入村』だ」
「私たちの村からみた細入村……ですか」
住職は少しだけ眉をひそめたが、すぐにまた笑顔を作る。
「そうですね。良い村だと思いますよ。山に囲まれて少しばかり交通の便は悪いですが、その分自然は豊かで静かな村です。観光客の誘致は難しいかもしれませんが、都会暮らしに疲れた人なんかが移り住む場所としては――」
「言ったろ? ダラダラ話すのは嫌いだって。俺が聞きたいのは、パンフレットにあるようなテンプレの村紹介じゃねえよ」
宗介が住職の話に割り込むと、隣の光は「あちゃ~、この子はまた……」みたいな顔で額に手を当てた。だが、宗介は構わず言葉を続ける。
「分かりにくかったみたいだから質問を変えよう。これはあくまで俺の予想だが……あんたらの村に限らず、この辺りの村々は『細入村のことをあまり良く思っていない』んじゃないか?」
そこまで言うと、住職の顔から笑みが消えた。住職は「いえ、そんなことは……」と否定の言葉を口にするものの、表情には明らかな焦りの色が浮かんでいる。
(もう一押し必要か……)
そう思った宗介は、たたみかけるように言葉を紡ぐ。
「良く思っていないっていうのは語弊があるかもしれないな。正確には、『かつては良い噂を聞かなかった』あるいは『昔は恐れられていた』あたりが妥当か? もしくは……『細入村は呪われた村だった』とかな」
「そ、それは……」
口籠り狼狽する住職。何かを知っていて隠しているのは明白だ。しかし、これだけ宗介が問い詰めても、彼はまだ口を割ろうとしない。その理由は、おそらく――。
「安心しろよ。俺たちは細入村から来たけど、細入村の人間じゃない。都会から来た除霊師さ。今日ここで聞いたことを、細入村の連中に喋ったりなんかしない」
猛に遠慮してもらった理由がこれだ。内容からして、細入村の人間にはあまり聞かれたくない話になるだろうことは予め分かっていた。
正直な話をすると、宗介は昨日の段階で、ある程度『呪いの正体』における推察を形にしていた。だが、その推察を確固なものにするためには、どうしても『外からみた細入村』の情報が必要だった。
これまで難しい顔をしていた住職だが、宗介たちが細入村の人間でないと分かると、観念したように表情を緩めた。
そして、「今ではそんなことはありませんが……」と前置きをして、細入村にまつわる話を語り始めた。
「君の言う通り、細入村はその昔、近隣の村々から恐れらていたそうです。一説には、『モノノケの住まう村』『鬼が人間の振りをしている村』などと噂されていたとも聞きます」
住職は、さらに話を続ける。
「地理的条件が悪かったせいもあるのでしょう。今みたく車がない時代、細入村は簡単に往来できる場所ではなかったでしょうから。閉鎖的な環境ゆえに、噂が噂を呼んでいた部分もあるかと思います」
「でも、噂だけでは終わらなかった……そうだろ?」
宗介が睨みを利かせると、住職は苦笑いを浮かべながら首肯する。
「私の村に伝わる昔話です。その昔、細入村の噂を聞いた威勢の良い若者が『自分が真偽を確かめてきてやる』と一人で細入村に向かったそうです。数日後、若者は変わり果てた姿で村に戻ってきました。黒かった頭髪は一本残らず白髪に変わり、顔は皺だらけ、全身は骨と皮だけになり、たった数日で何十年の時が経過したような有様だったそうです。彼は『細入村には絶対に近づくな』という言葉だけを残して、数日後に亡くなったと伝えられています」
「細入村の祟り……といったところか」
宗介の脳裏に、トンネル前で見た無数の地蔵が蘇る。顔を全て細入村の方へと向けていた地蔵たち。その意味が、今の住職の話を聞いて分かった気がした。
「そうですね。その表現がぴったりくると思います。これと似たようなことが他の村々でも起こり、やがて噂は領主の耳にも届くほどだったとか。細入村の祟りを恐れた領主や近隣の村々は、年貢の削減や治水権の譲渡など、事ある毎にかなり優遇した条件を細入村に提示したそうです。もっとも、昔の話ですから、どこまでが真実なのかは分かりません。祟りにしても、本当にそんなことがあったのかどうか。それに今では細入村とも普通にお付き合いをしていますから、迷信染みた偏見と言われればその通りなのです」
住職はあくまで「悪い噂もあったけれど、今は普通の村」を強調する。
だが、宗介は今の話を聞いて、自分の中にあった推論に確信を持った。細入村に来てこれで三日が経過するが、この間に見聞きした情報が、おぼろげながら一本の線として繋がった気がする。
「そうか。話しづらいことを訊いて悪かったな。話してくれてありが――ぐっ!?」
住職に謝辞を述べようとした瞬間、宗介は強烈な吐き気に襲われた。
「細入村の佐々村さんですね。お話は伺っています。どうぞ、お入りください」
扉を開けて中へ入ると、禿げあがった頭の恰幅の良い住職が奥から現れた。年の程は六十代くらいだろう。彼に案内され、宗介たちは客間へと通された。
「いや~、こんなに若いお客様がいらしたのは久しぶりです。それで、うちの寺にどのような御用件で?」
座布団に腰を下ろすと、住職は恵比寿様みたいな笑顔で、宗介たちに尋ねてきた。
「少しこの辺りの歴史を教えてもらいたくてね」
「歴史……ですか。私に分かるでしょうか」
「ダラダラ話すのは嫌いだから、単刀直入に訊くよ。俺が知りたいのは『この村から見た細入村』だ」
「私たちの村からみた細入村……ですか」
住職は少しだけ眉をひそめたが、すぐにまた笑顔を作る。
「そうですね。良い村だと思いますよ。山に囲まれて少しばかり交通の便は悪いですが、その分自然は豊かで静かな村です。観光客の誘致は難しいかもしれませんが、都会暮らしに疲れた人なんかが移り住む場所としては――」
「言ったろ? ダラダラ話すのは嫌いだって。俺が聞きたいのは、パンフレットにあるようなテンプレの村紹介じゃねえよ」
宗介が住職の話に割り込むと、隣の光は「あちゃ~、この子はまた……」みたいな顔で額に手を当てた。だが、宗介は構わず言葉を続ける。
「分かりにくかったみたいだから質問を変えよう。これはあくまで俺の予想だが……あんたらの村に限らず、この辺りの村々は『細入村のことをあまり良く思っていない』んじゃないか?」
そこまで言うと、住職の顔から笑みが消えた。住職は「いえ、そんなことは……」と否定の言葉を口にするものの、表情には明らかな焦りの色が浮かんでいる。
(もう一押し必要か……)
そう思った宗介は、たたみかけるように言葉を紡ぐ。
「良く思っていないっていうのは語弊があるかもしれないな。正確には、『かつては良い噂を聞かなかった』あるいは『昔は恐れられていた』あたりが妥当か? もしくは……『細入村は呪われた村だった』とかな」
「そ、それは……」
口籠り狼狽する住職。何かを知っていて隠しているのは明白だ。しかし、これだけ宗介が問い詰めても、彼はまだ口を割ろうとしない。その理由は、おそらく――。
「安心しろよ。俺たちは細入村から来たけど、細入村の人間じゃない。都会から来た除霊師さ。今日ここで聞いたことを、細入村の連中に喋ったりなんかしない」
猛に遠慮してもらった理由がこれだ。内容からして、細入村の人間にはあまり聞かれたくない話になるだろうことは予め分かっていた。
正直な話をすると、宗介は昨日の段階で、ある程度『呪いの正体』における推察を形にしていた。だが、その推察を確固なものにするためには、どうしても『外からみた細入村』の情報が必要だった。
これまで難しい顔をしていた住職だが、宗介たちが細入村の人間でないと分かると、観念したように表情を緩めた。
そして、「今ではそんなことはありませんが……」と前置きをして、細入村にまつわる話を語り始めた。
「君の言う通り、細入村はその昔、近隣の村々から恐れらていたそうです。一説には、『モノノケの住まう村』『鬼が人間の振りをしている村』などと噂されていたとも聞きます」
住職は、さらに話を続ける。
「地理的条件が悪かったせいもあるのでしょう。今みたく車がない時代、細入村は簡単に往来できる場所ではなかったでしょうから。閉鎖的な環境ゆえに、噂が噂を呼んでいた部分もあるかと思います」
「でも、噂だけでは終わらなかった……そうだろ?」
宗介が睨みを利かせると、住職は苦笑いを浮かべながら首肯する。
「私の村に伝わる昔話です。その昔、細入村の噂を聞いた威勢の良い若者が『自分が真偽を確かめてきてやる』と一人で細入村に向かったそうです。数日後、若者は変わり果てた姿で村に戻ってきました。黒かった頭髪は一本残らず白髪に変わり、顔は皺だらけ、全身は骨と皮だけになり、たった数日で何十年の時が経過したような有様だったそうです。彼は『細入村には絶対に近づくな』という言葉だけを残して、数日後に亡くなったと伝えられています」
「細入村の祟り……といったところか」
宗介の脳裏に、トンネル前で見た無数の地蔵が蘇る。顔を全て細入村の方へと向けていた地蔵たち。その意味が、今の住職の話を聞いて分かった気がした。
「そうですね。その表現がぴったりくると思います。これと似たようなことが他の村々でも起こり、やがて噂は領主の耳にも届くほどだったとか。細入村の祟りを恐れた領主や近隣の村々は、年貢の削減や治水権の譲渡など、事ある毎にかなり優遇した条件を細入村に提示したそうです。もっとも、昔の話ですから、どこまでが真実なのかは分かりません。祟りにしても、本当にそんなことがあったのかどうか。それに今では細入村とも普通にお付き合いをしていますから、迷信染みた偏見と言われればその通りなのです」
住職はあくまで「悪い噂もあったけれど、今は普通の村」を強調する。
だが、宗介は今の話を聞いて、自分の中にあった推論に確信を持った。細入村に来てこれで三日が経過するが、この間に見聞きした情報が、おぼろげながら一本の線として繋がった気がする。
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