恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

文字の大きさ
23 / 43

14.ストロベリー侯爵、私を溶かす。②

しおりを挟む
「申し訳ありません、こんな夜に」

 慌てて立ち上がろうとすると、緊張がほどけたせいか、ふいに足元が揺れる。

「っと……」

 次の瞬間、ふわりと体が浮いた。
 イシドール様が、バランスを崩した私を抱き上げていて。

「えっ、ちょ……!」
「足がふらついていた」

 そのまま、膝の上に座らされる。
 子ども扱いされているわけじゃない。
 まるで、大事な宝物のように──両腕に抱かれてる。

 何これ……息が詰まりそう。

 すぐ目の前に、イシドール様の顔。
 吐息すらかかるほどの距離。
 動いたら、頬が触れてしまいそう。
 目を逸らすこともできない。
 イシドール様の瞳が、真っ直ぐに私を貫いて──

「こんなに熱があるのに……君は自覚ないんだな」

 囁く声が、皮膚に染み込むように響く。

 どういう意味ですか、それ……頭も痛くないし、熱はないと思うんですが。

 イシドール様の手が、私の背を撫で、髪を梳き、うなじへとゆっくり添ってくる。

 鳥肌が立つほど、優しいのに──
 その手は、熱くて。

 あ。熱って、そういう意味!?

「イ、イシドール様……?」

 声が震える。息も、うまく吸えない。
 だけど体は──腕の中にすっぽりおさまっているこの状態を、喜ぶように震えを見せた。

 イシドール様の綺麗なアイスブルーの瞳が、じっと私の目を覗き込んでくる。

 目が離せない。
 吸い込まれちゃいそう。

「……俺が抑えきれないと思ったら、止めてくれるか?」
「……え?」
「自信がない」

 自信……え、何の?

 理解が及ぶ前に、イシドール様は私の指を取った。
 指先が、イシドール様の唇に……

 触れそうで、触れない。

 なのに……ぞくってした。
 触れてないのに、どうして……!
 心臓が跳ね上がる音が聞こえてしまいそうで、怖い。

「レディア。君は今、自分がどんな顔してるのか、わかっているか?」

 どんな……って。
 どんな顔してるの? 私。

 問われても言葉にならなくて。
 ただ、イシドール様から目が離せない。

 無意識に、私は少し身じろぎした。

「っ!」

 イシドール様の、息を呑む音。
 いつの間にか、唇が触れそうな距離にまで接近していて──

 イシドール様が、ふっと笑みを漏らした。

「……今の君に手を出すのは、卑怯だな」

 そっと、私を下ろしてくれる。

「え、えーっと……?」
「俺が欲しいのは、ちゃんと理性のある君だから」
「今、私、理性的じゃありませんでしたか?」

 イシドール様は私の問いには答えてくれなかった。
 返事の代わりにとばかりに、頬に指を添えて、そっとなでてくれる。ただ、それだけ。

「えと……戻りますっ」
「……そうか。また、いつでも来てくれ」

 イシドール様はそう言って笑って。

「お、おやすみなさいっ」
「おやすみ、レディア」

 そんな甘い声を背に、私は逃げるように部屋を出た。


 寝室に戻った瞬間、私はベッドに倒れ込む。

 何だった……? 今のは一体、何だったの!?

「む、むり……むりむりむり……」

 シーツの上を転がる。

 あああああああ。

 ……ああぁぁぁぁあああああ!!

 今さらながら、顔が熱くなってきた!

 だって、あんな近くで、見つめられて。
 あんな優しい声で、囁かれて。
 膝の上に乗せられて──頬とか、髪とか、なでられて──
 指に、唇が……! 当たりそうで当たらなくて!
 なのにぞわってして!!
 何なの、あの感覚ー!!

「んんんんんんんんん~~ッ!!!!!」

 自分の悲鳴で枕が震える。
 全身が、熱い。まだ火照ってる。
 思い出すだけで、体が変になりそう!

「なんなの、あれ……あんなの、どうしろって言うの……誰か正解教えて!!」

 心臓が何度も跳ねる。
 落ち着こうとしても、無理すぎる。
 目を閉じても、浮かぶのはイシドール様の顔ばかり。

 低い声。やわらかい目。
 すぐそばで感じた、あの熱──

 イシドール様の吐息の感触が、まだ消えない。

「はぁ……っ……もう、どうしよう……」

 何にもしてないのに。
 結局何にもなかったのに、全身がとろけそうになってる自分が信じられない。

「なにあれ……なにあれ……むり……あんなの、むりむりむり……」

 頬を抑えてベッドに突っ伏したまま、転がる、転がる、転がる。

 ごろごろごろごろ。

 熱が引かない。
 お腹の奥が、きゅうってなる。

 ……あんな風に優しくされたら。
 あんな風に見つめられたら──

「私……あのまま、キスされても……よかっ……」

 思わず漏れそうになった本音に、さらに顔が火照る。

「わ~~~~っ!! ダメダメダメダメ! 何考えてんの私ッッ!!」

 今日もう絶対眠れないやつ!
 頭の中、イシドール様でいっぱい。
 これ、もう明日顔合わせられない。

「ああああもう、イシドール様かっこよ過ぎない? 優しいし、包容力あるし。誰よ、恐怖侯爵なんて言うのは! 思いっきりストロベリー侯爵じゃないのー!」

 私はぎゅっと枕を抱き抱えて。

「は~~~~~~……好きすぎる~~~~……っ!」

 本音が、漏れた。ダダ漏れた。
 もう、本当に、もうダメだ。
 胸がぎゅうぎゅうして死ぬ。多分死ぬ。

 そんな風に枕に顔を埋めたまま、私は一人、熱に溶けていった──

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の恋

アズやっこ
恋愛
落ち目の伯爵家の令嬢、それが私。 お兄様が伯爵家を継ぎ、私をどこかへ嫁がせようとお父様は必死になってる。 こんな落ち目伯爵家の令嬢を欲しがる家がどこにあるのよ! お父様が持ってくる縁談は問題ありの人ばかり…。だから今迄婚約者もいないのよ?分かってる? 私は私で探すから他っておいて!

あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。 その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界! 物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて… 全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。 展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

処理中です...