恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

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14.ストロベリー侯爵、私を溶かす。②

「申し訳ありません、こんな夜に」

 慌てて立ち上がろうとすると、緊張がほどけたせいか、ふいに足元が揺れる。

「っと……」

 次の瞬間、ふわりと体が浮いた。
 イシドール様が、バランスを崩した私を抱き上げていて。

「えっ、ちょ……!」
「足がふらついていた」

 そのまま、膝の上に座らされる。
 子ども扱いされているわけじゃない。
 まるで、大事な宝物のように──両腕に抱かれてる。

 何これ……息が詰まりそう。

 すぐ目の前に、イシドール様の顔。
 吐息すらかかるほどの距離。
 動いたら、頬が触れてしまいそう。
 目を逸らすこともできない。
 イシドール様の瞳が、真っ直ぐに私を貫いて──

「こんなに熱があるのに……君は自覚ないんだな」

 囁く声が、皮膚に染み込むように響く。

 どういう意味ですか、それ……頭も痛くないし、熱はないと思うんですが。

 イシドール様の手が、私の背を撫で、髪を梳き、うなじへとゆっくり添ってくる。

 鳥肌が立つほど、優しいのに──
 その手は、熱くて。

 あ。熱って、そういう意味!?

「イ、イシドール様……?」

 声が震える。息も、うまく吸えない。
 だけど体は──腕の中にすっぽりおさまっているこの状態を、喜ぶように震えを見せた。

 イシドール様の綺麗なアイスブルーの瞳が、じっと私の目を覗き込んでくる。

 目が離せない。
 吸い込まれちゃいそう。

「……俺が抑えきれないと思ったら、止めてくれるか?」
「……え?」
「自信がない」

 自信……え、何の?

 理解が及ぶ前に、イシドール様は私の指を取った。
 指先が、イシドール様の唇に……

 触れそうで、触れない。

 なのに……ぞくってした。
 触れてないのに、どうして……!
 心臓が跳ね上がる音が聞こえてしまいそうで、怖い。

「レディア。君は今、自分がどんな顔してるのか、わかっているか?」

 どんな……って。
 どんな顔してるの? 私。

 問われても言葉にならなくて。
 ただ、イシドール様から目が離せない。

 無意識に、私は少し身じろぎした。

「っ!」

 イシドール様の、息を呑む音。
 いつの間にか、唇が触れそうな距離にまで接近していて──

 イシドール様が、ふっと笑みを漏らした。

「……今の君に手を出すのは、卑怯だな」

 そっと、私を下ろしてくれる。

「え、えーっと……?」
「俺が欲しいのは、ちゃんと理性のある君だから」
「今、私、理性的じゃありませんでしたか?」

 イシドール様は私の問いには答えてくれなかった。
 返事の代わりにとばかりに、頬に指を添えて、そっとなでてくれる。ただ、それだけ。

「えと……戻りますっ」
「……そうか。また、いつでも来てくれ」

 イシドール様はそう言って笑って。

「お、おやすみなさいっ」
「おやすみ、レディア」

 そんな甘い声を背に、私は逃げるように部屋を出た。


 寝室に戻った瞬間、私はベッドに倒れ込む。

 何だった……? 今のは一体、何だったの!?

「む、むり……むりむりむり……」

 シーツの上を転がる。

 あああああああ。

 ……ああぁぁぁぁあああああ!!

 今さらながら、顔が熱くなってきた!

 だって、あんな近くで、見つめられて。
 あんな優しい声で、囁かれて。
 膝の上に乗せられて──頬とか、髪とか、なでられて──
 指に、唇が……! 当たりそうで当たらなくて!
 なのにぞわってして!!
 何なの、あの感覚ー!!

「んんんんんんんんん~~ッ!!!!!」

 自分の悲鳴で枕が震える。
 全身が、熱い。まだ火照ってる。
 思い出すだけで、体が変になりそう!

「なんなの、あれ……あんなの、どうしろって言うの……誰か正解教えて!!」

 心臓が何度も跳ねる。
 落ち着こうとしても、無理すぎる。
 目を閉じても、浮かぶのはイシドール様の顔ばかり。

 低い声。やわらかい目。
 すぐそばで感じた、あの熱──

 イシドール様の吐息の感触が、まだ消えない。

「はぁ……っ……もう、どうしよう……」

 何にもしてないのに。
 結局何にもなかったのに、全身がとろけそうになってる自分が信じられない。

「なにあれ……なにあれ……むり……あんなの、むりむりむり……」

 頬を抑えてベッドに突っ伏したまま、転がる、転がる、転がる。

 ごろごろごろごろ。

 熱が引かない。
 お腹の奥が、きゅうってなる。

 ……あんな風に優しくされたら。
 あんな風に見つめられたら──

「私……あのまま、キスされても……よかっ……」

 思わず漏れそうになった本音に、さらに顔が火照る。

「わ~~~~っ!! ダメダメダメダメ! 何考えてんの私ッッ!!」

 今日もう絶対眠れないやつ!
 頭の中、イシドール様でいっぱい。
 これ、もう明日顔合わせられない。

「ああああもう、イシドール様かっこよ過ぎない? 優しいし、包容力あるし。誰よ、恐怖侯爵なんて言うのは! 思いっきりストロベリー侯爵じゃないのー!」

 私はぎゅっと枕を抱き抱えて。

「は~~~~~~……好きすぎる~~~~……っ!」

 本音が、漏れた。ダダ漏れた。
 もう、本当に、もうダメだ。
 胸がぎゅうぎゅうして死ぬ。多分死ぬ。

 そんな風に枕に顔を埋めたまま、私は一人、熱に溶けていった──

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