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四章 猛毒草
9、嫌われているので
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光柳たちのいる隣室で。翠鈴は、蔡昭媛の話に耳を傾けた。
か細くて、聞き取りにくい声だ。しかもくぐもっている。
椅子に座った翠鈴は少し前かがみになって、身を乗りだして、少しでも距離を詰めるように心がける。
「呉正鳴さまは、わたくしのことを嫌っておいでです」
「面と向かって言われたのですか?」
翠鈴に問われて、蔡昭媛は目を伏せる。とてもつらそうに。
「あなたは、他の嬪と比べても見劣りする。どんなに着飾ろうと、陛下の目に留まることなどない。化粧をしようが、髪をきれいに結おうが無駄だ。私が夜にあなたの顔を見ることは、決してない、と」
「無礼な奴ですね」
思わず翠鈴の口から、率直な言葉が出てしまった。
「無礼、なのですか? わたくしが地味で、陰気くさいのは事実ですのに。ですから責められておりますのに」
蔡昭媛は、ぽかんと口を開いた。
「陰気くさいとまで、罵られたんですか?」
翠鈴は眉根を寄せる。
この人は、罵倒されているのは自分に原因があるからだと信じ込んでいる。
失礼な宦官に非があるとは考えないのだろうか。余計なお世話だと、反発しないのだろうか。
(いや、無理かな。実家である蔡家に力があれば、陛下ももっと彼女を大事にするだろうし。蔡昭媛さまは子供を授からないどころか、それ以前に陛下の相手をすることもない)
女性としての魅力で、陛下を虜にする人もいる。身分は、あまり関係ない。
今の蔡昭媛は顔色は悪いし、髪もぱさついている。体も痩せている。
だが、これは本来の彼女ではないだろう。
病というほどではないが。気虚の状態は、精神にも体にも悪い。
「その宦官……呉正鳴ですか? そいつに仕返しをしてやろとは思わないのですか?」
翠鈴の問いかけに、蔡昭媛は身をすくませた。
「恐ろしいことをおっしゃらないで。殿方に逆らうなど、無理に決まっています」
「では、誰かが代わりに、相手を成敗してほしいとは?」
我ながら、意地の悪い質問だと翠鈴は思う。
けれど、誰かが救ってくれると待っていても事態は変わらない。
「事実、蔡昭媛さまは後宮で暮らし続けるのもお辛そうです。実家に戻されて……まぁ、今の状態では尼寺に行くのは免除されそうですが。そうなれば……」
あれ?
翠鈴は言葉を途切れさせた。
なんだろう。何かが引っかかる。
「この続きは、日を改めさせていただいてもよろしいですか?」
「え?」
「思い込みで話を進めるのは、よくありません。明日にでも医局に行って、気虚に効く薬をもらってください。未央宮の翠鈴の名を出してくだされば、薬を用意してもらえるでしょう」
立ち上がった翠鈴は、まだ座っている蔡昭媛を見据えた。
「その宦官は、あなたに『私が夜にあなたの顔を見ることは、決してないではないか』と言い放ったんですよね?」
こくりと蔡昭媛はうなずいた。
「はい。呉正鳴は陛下の閨房渡りに関する業務に就いています。ですから、陛下がわたくしの元へいらっしゃらない以上、呉正鳴もまた、わたくしと夜に会うことはありません」
医局で苦しそうに呻いていた宦官と、蔡昭媛を虐める宦官が同一人物であると繋がった。
部屋を出ていく蔡昭媛を、翠鈴は見送った。
何かが解決したわけではない。
けれど、誰にも言えぬことを話したので、少しはすっきりしたのだろうか。
未央宮を訪れた時よりも、蔡昭媛の目つきはしっかりしていた。
「陛下の渡りを管理する宦官と、陛下の渡りのない嬪。まず顔を合わせることもない関係だわ」
なのに、呉正鳴は蔡昭媛を虐めている。
用のない彼女の宮まで、わざわざやって来る。嫌味を言うために。
(昭媛の永仁宮は、後宮の中でも外れの方にあるのに)
廊下に出たところで、隣の部屋の扉が開いた。
「雪雪さま」
なぜか表情を輝かせた侍女の范敬が、主を出迎える。
理由はすぐに分かった。侍女の背後に光柳が立っていたからだ。隣には雲嵐もいる。
翠鈴を見つけた光柳は、ぱぁっと笑顔が花開いた。
(なんでそっちの部屋は、光柳さまも侍女も輝いてるの?)
ちょっと愚痴りたくなった。
か細くて、聞き取りにくい声だ。しかもくぐもっている。
椅子に座った翠鈴は少し前かがみになって、身を乗りだして、少しでも距離を詰めるように心がける。
「呉正鳴さまは、わたくしのことを嫌っておいでです」
「面と向かって言われたのですか?」
翠鈴に問われて、蔡昭媛は目を伏せる。とてもつらそうに。
「あなたは、他の嬪と比べても見劣りする。どんなに着飾ろうと、陛下の目に留まることなどない。化粧をしようが、髪をきれいに結おうが無駄だ。私が夜にあなたの顔を見ることは、決してない、と」
「無礼な奴ですね」
思わず翠鈴の口から、率直な言葉が出てしまった。
「無礼、なのですか? わたくしが地味で、陰気くさいのは事実ですのに。ですから責められておりますのに」
蔡昭媛は、ぽかんと口を開いた。
「陰気くさいとまで、罵られたんですか?」
翠鈴は眉根を寄せる。
この人は、罵倒されているのは自分に原因があるからだと信じ込んでいる。
失礼な宦官に非があるとは考えないのだろうか。余計なお世話だと、反発しないのだろうか。
(いや、無理かな。実家である蔡家に力があれば、陛下ももっと彼女を大事にするだろうし。蔡昭媛さまは子供を授からないどころか、それ以前に陛下の相手をすることもない)
女性としての魅力で、陛下を虜にする人もいる。身分は、あまり関係ない。
今の蔡昭媛は顔色は悪いし、髪もぱさついている。体も痩せている。
だが、これは本来の彼女ではないだろう。
病というほどではないが。気虚の状態は、精神にも体にも悪い。
「その宦官……呉正鳴ですか? そいつに仕返しをしてやろとは思わないのですか?」
翠鈴の問いかけに、蔡昭媛は身をすくませた。
「恐ろしいことをおっしゃらないで。殿方に逆らうなど、無理に決まっています」
「では、誰かが代わりに、相手を成敗してほしいとは?」
我ながら、意地の悪い質問だと翠鈴は思う。
けれど、誰かが救ってくれると待っていても事態は変わらない。
「事実、蔡昭媛さまは後宮で暮らし続けるのもお辛そうです。実家に戻されて……まぁ、今の状態では尼寺に行くのは免除されそうですが。そうなれば……」
あれ?
翠鈴は言葉を途切れさせた。
なんだろう。何かが引っかかる。
「この続きは、日を改めさせていただいてもよろしいですか?」
「え?」
「思い込みで話を進めるのは、よくありません。明日にでも医局に行って、気虚に効く薬をもらってください。未央宮の翠鈴の名を出してくだされば、薬を用意してもらえるでしょう」
立ち上がった翠鈴は、まだ座っている蔡昭媛を見据えた。
「その宦官は、あなたに『私が夜にあなたの顔を見ることは、決してないではないか』と言い放ったんですよね?」
こくりと蔡昭媛はうなずいた。
「はい。呉正鳴は陛下の閨房渡りに関する業務に就いています。ですから、陛下がわたくしの元へいらっしゃらない以上、呉正鳴もまた、わたくしと夜に会うことはありません」
医局で苦しそうに呻いていた宦官と、蔡昭媛を虐める宦官が同一人物であると繋がった。
部屋を出ていく蔡昭媛を、翠鈴は見送った。
何かが解決したわけではない。
けれど、誰にも言えぬことを話したので、少しはすっきりしたのだろうか。
未央宮を訪れた時よりも、蔡昭媛の目つきはしっかりしていた。
「陛下の渡りを管理する宦官と、陛下の渡りのない嬪。まず顔を合わせることもない関係だわ」
なのに、呉正鳴は蔡昭媛を虐めている。
用のない彼女の宮まで、わざわざやって来る。嫌味を言うために。
(昭媛の永仁宮は、後宮の中でも外れの方にあるのに)
廊下に出たところで、隣の部屋の扉が開いた。
「雪雪さま」
なぜか表情を輝かせた侍女の范敬が、主を出迎える。
理由はすぐに分かった。侍女の背後に光柳が立っていたからだ。隣には雲嵐もいる。
翠鈴を見つけた光柳は、ぱぁっと笑顔が花開いた。
(なんでそっちの部屋は、光柳さまも侍女も輝いてるの?)
ちょっと愚痴りたくなった。
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