後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃

文字の大きさ
100 / 171
七章 毒の豆

17、春節の挨拶

しおりを挟む
 春節の朝は、とても静かだ。
 帰郷している侍女や宮女が多いのも理由だが。夜通し起きていたので、朝に寝てしまう人も少なからずいるのだろう。

「ツイリンっ」

 未央宮で、回廊の明かりを消し終えた翠鈴に、桃莉公主が飛びついてきた。
 桃莉は白地に同じ色の糸で刺繍を施したじゅをまとい、桃色のくんを履いている。華やかでとても愛らしい姿に、翠鈴はつい笑みを浮かべてしまう。

「ねぇねぇ。タオリィ、がんばっておきてたよ」
「それはすごいですね。でも、眠くないですか?」
「だいじょうぶ。かねのおとがするまえに、ねたから」

 翠鈴の腰にしがみついたままで、桃莉は晴れやかな笑顔を見せる。

「あのね。きょうね、ジエホアおねえさまがくるんだって。おてがみもらったの」
施潔華シージエホアさまですね。皇后陛下に新年のご挨拶にいらっしゃるんですね」

 桃莉の初めての友人である施潔華は、本当の名は施潔士シージエシィーという。
 どうやら皇后陛下は、甥の潔士ジエシィーと桃莉公主を許嫁にと考えているらしい。

 初めてお友だちから(それも女の子同士の)。ふたりが仲良くなって、いずれは「実はぼくは男の子だったんだよ」と、明かすつもりなのだろうが。

(うーん。大丈夫なのかなぁ)

 潔士自身は、桃莉公主のことをどう思っているのだろう。

 桃莉は、友人が訪れることを純粋に喜んでいる。でも、それでいいのかもしれない。
 皇帝陛下が、桃莉公主を政治的な婚姻に利用するよりは。

 翠鈴は、桃莉が皇后陛下のお住まいである寿華じゅか宮を訪問するのだと思っていた。
 だが、違った。
 潔華が、この未央宮を訪れたのだ。

 ◇◇◇

「まだかな、まだかな」
「桃莉さま。潔華さまも、まずは皇后陛下にご挨拶をなさるのですから。お時間がかかりますよ」

 門で潔華を待つ桃莉に、侍女頭の梅娜メイナーが声をかける。
 だが、桃莉は聞いているのかいないのか。背後に立つ翠鈴を見上げて「ねぇ、ツイリンはどうおもう?」と聞いてきた。

「わたしも梅娜さまと同じ意見ですよ」
「じゃあ。タオリィ、みてくるね」
「いや、聞いてましたか? わたしの話を」

 門から出て駆けだそうとする桃莉に、梅娜と翠鈴の二人が「だめですっ」と声をそろえた。

「翠鈴。お願い」

 気が逸るのだろう。桃莉は言うことを聞いてくれない。走り出した小さな背中を、翠鈴は追いかける。
 桃莉公主は外遊びが好きなので、足が速い。だが背も高く、山野で鍛えた翠鈴には敵わない。
 翠鈴は、桃莉の体を抱えあげた。

「やだ、おろして」
「だめです。お行儀が悪いですよ」

 翠鈴に抱っこされた状態で、桃莉は足をばたつかせる。
 たぶん、空中で走っているのだろう。

「お好きなんですね。潔華さまのこと」

 桃莉の足が宙で止まる。翠鈴の胸に顔を埋めて、消えそうな声で「うん」と答えた。
 それでも桃莉は、外で待つと言って譲らない。

(まぁ、寿華宮まで行っておしまいになるよりは、いいかな)

 しばらく待つと 侍女を伴った潔華が、未央宮にやって来た。
 侍女を置き去りにして、潔華が走る。小走りなんてものじゃない。今日も女の子も格好だが、くんの裾を揺らし、上着の袖も翻している。

「お待ちください。潔華さまぁ」
過年好ゴウニェンハオ

 息を切らしながら、潔華は桃莉に新年の挨拶をした。

「ゴウニェンハオ、です」

 あんなにも待ち遠しそうにしていたのに。桃莉は、翠鈴の背中に隠れてしまった。

「手紙をありがとうね、桃莉。会いたかったよ」

 ぱぁぁっと、桃莉公主の顔が輝いた。すぐに翠鈴から離れて、潔華の前に出る。

「あのね、しりとりの……えっと」
成語接龍せいごせつりゅうだよね。桃莉はすっごくがんばってるよね」

 翠鈴は知らない。以前、桃莉が潔華に手紙を届けに宮城から出た時に、少年の姿の潔士と会っていることを。
 しなやかな体と睫毛の長さは、女の子の姿をしている今と同じだが。髪型と着るものを変えてしまえば、潔士は明らかに男の子だ。

「あのね、お母さまがおまちだから、ですから。どうぞおはいりください」

 手紙のやり取りはあるが。桃莉が潔華と顔を合わせるのは、これで二度目だ。
 あまりにも緊張したのだろう。潔華を伴って歩く桃莉は、右手と右足、左手と左足が一緒に出ている。

「手をつなごうか?」

 潔華が、左手を差しだした。
 周囲の大人の思惑で出会ったふたりだが。存外、いいことなのかもしれない。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。