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【裏視点】
1、早く乙女に会いたいなぁ
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――これは俺がアルベティーナと初めて出会った頃の物語。今はもう存在しない、あの国での日々を、まずは綴りたいと思う。
俺はイルデラ王国の神殿の奥にある自室で、椅子に腰かけていた。なぜか今日は、やけに椅子の肘掛けを指でトントンと何度も叩いてしまう。
その度に、先代の冬の乙女に仕えていた侍女ハーンが、俺の方を窺う。
もう高齢で、山の暮らしもつらいからと、そろそろ次の侍女を迎えて教育すると言っていたが。
「イザークさま。何かご不満でも?」
「別に」
「では、何も神殿に籠っていらっしゃらずとも。誰もあなたを拘束する者などおらぬのですから」
「……出て行けと言うのか?」
そういうつもりではございません、とハーンは頭を下げた。彼女の言い分は分かる。用もないのに姿を現されると面倒なのだろう。
だが、これがじっとしていられるか?
今日は、新たな冬の乙女が神殿に上がる日なのだぞ。
乙女はすでに転生しているが、さすがに赤子を神殿で引き取るわけにはいかないと、物心がついて分別のつく七歳になって、ようやく冬の乙女の責務を与えられるのだ。
といっても先代の魂が引き継がれているので、乙女の力で山に雪は降り、氷河は相変わらず清澄な硬さで聳え立っているが。
しかし遅い。遅すぎる。
俺は立ち上がると、廊下に続く扉を開いた。
「イザークさま。じっとなさっていてください」
「何をおかしなことを。神殿に籠るなと、お前は言ったばかりではないか」
心底困り果てたように、その侍女はため息をついた。
「新たな冬の乙女は、じきにいらっしゃいますから。あの……泣かせないようにしてくださいませ」
はて? 面妖なことを言う侍女だ。俺のどこが怖いというのだ。そもそも炎を司る神である俺が、力を最小限に抑えて氷河を適切に融かし水の流れを運河に送るという地道なことをしてやっているのに。
どれほど温厚で温和か知らんのか?
力の調節は、こう見えてなかなか難しいんだぞ。
いわば灼熱の溶岩で、懐炉を作るようなものだからな。
まぁいい。別に俺は乙女を待ちわびて、そわそわしているだけではない。ただ何となく今日は落ち着かないだけだ。
そんな日もあるだろう? 聖典に記載される絶対神ですら、機嫌を損ねれば人類を滅ぼそうとすることがあるのに。
お前ら人間は、神さまというヤツに期待しすぎなんだ。
コツコツと、廊下をやってくる足音が聞こえる。それと共に、軽いぺたぺたという足音も。
来た!
「おい、こら。侍女。早く迎えに行け」
「お願いですから、おとなしく座っていてください。炎熱の王が軽薄だとばれたら、神官が腰を抜かしますよ」
ああ、なんという名前の娘だろう。どんな子だろう。懐いてくれるだろうか。
腕を組んでは天井を仰ぎ、そわそわと自分の頬を掻く。否定はしないさ。俺は大層緊張している。
そう、たとえ記憶を受け継いでいようとも、魂が同じでも。今生の冬の乙女とは初対面になるのだから。
「な、泣かないよな?」
「存じ上げませんよ。そもそも炎熱の王は顔が怖くていらっしゃるのですから。笑顔で迎えてさしあげたらいかがですか?」
おい、言いたい放題だなハーン。
だが、仕方がない。俺は神官の前にはあまり姿を現さないが(威厳を保つとか面倒だろ。やりたくないことは、しない主義なんだ)冬の乙女と同等の時間を俺と過ごしている侍女は、ある意味身内のようなものだ。
俺はイルデラ王国の神殿の奥にある自室で、椅子に腰かけていた。なぜか今日は、やけに椅子の肘掛けを指でトントンと何度も叩いてしまう。
その度に、先代の冬の乙女に仕えていた侍女ハーンが、俺の方を窺う。
もう高齢で、山の暮らしもつらいからと、そろそろ次の侍女を迎えて教育すると言っていたが。
「イザークさま。何かご不満でも?」
「別に」
「では、何も神殿に籠っていらっしゃらずとも。誰もあなたを拘束する者などおらぬのですから」
「……出て行けと言うのか?」
そういうつもりではございません、とハーンは頭を下げた。彼女の言い分は分かる。用もないのに姿を現されると面倒なのだろう。
だが、これがじっとしていられるか?
今日は、新たな冬の乙女が神殿に上がる日なのだぞ。
乙女はすでに転生しているが、さすがに赤子を神殿で引き取るわけにはいかないと、物心がついて分別のつく七歳になって、ようやく冬の乙女の責務を与えられるのだ。
といっても先代の魂が引き継がれているので、乙女の力で山に雪は降り、氷河は相変わらず清澄な硬さで聳え立っているが。
しかし遅い。遅すぎる。
俺は立ち上がると、廊下に続く扉を開いた。
「イザークさま。じっとなさっていてください」
「何をおかしなことを。神殿に籠るなと、お前は言ったばかりではないか」
心底困り果てたように、その侍女はため息をついた。
「新たな冬の乙女は、じきにいらっしゃいますから。あの……泣かせないようにしてくださいませ」
はて? 面妖なことを言う侍女だ。俺のどこが怖いというのだ。そもそも炎を司る神である俺が、力を最小限に抑えて氷河を適切に融かし水の流れを運河に送るという地道なことをしてやっているのに。
どれほど温厚で温和か知らんのか?
力の調節は、こう見えてなかなか難しいんだぞ。
いわば灼熱の溶岩で、懐炉を作るようなものだからな。
まぁいい。別に俺は乙女を待ちわびて、そわそわしているだけではない。ただ何となく今日は落ち着かないだけだ。
そんな日もあるだろう? 聖典に記載される絶対神ですら、機嫌を損ねれば人類を滅ぼそうとすることがあるのに。
お前ら人間は、神さまというヤツに期待しすぎなんだ。
コツコツと、廊下をやってくる足音が聞こえる。それと共に、軽いぺたぺたという足音も。
来た!
「おい、こら。侍女。早く迎えに行け」
「お願いですから、おとなしく座っていてください。炎熱の王が軽薄だとばれたら、神官が腰を抜かしますよ」
ああ、なんという名前の娘だろう。どんな子だろう。懐いてくれるだろうか。
腕を組んでは天井を仰ぎ、そわそわと自分の頬を掻く。否定はしないさ。俺は大層緊張している。
そう、たとえ記憶を受け継いでいようとも、魂が同じでも。今生の冬の乙女とは初対面になるのだから。
「な、泣かないよな?」
「存じ上げませんよ。そもそも炎熱の王は顔が怖くていらっしゃるのですから。笑顔で迎えてさしあげたらいかがですか?」
おい、言いたい放題だなハーン。
だが、仕方がない。俺は神官の前にはあまり姿を現さないが(威厳を保つとか面倒だろ。やりたくないことは、しない主義なんだ)冬の乙女と同等の時間を俺と過ごしている侍女は、ある意味身内のようなものだ。
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