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二章
4、雨の気配【1】
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くーん、くーんとファルケが悲しい声を上げています。
大丈夫よ、ちょっと緊張の糸が切れただけなのに。あなたはいつも、わたしの心配をし過ぎなの。
わたしはマティアスさまに抱えあげられ、運ばれているんです。
ファルケは「ねぇねぇ、ユスティーナは大丈夫? 本当に大丈夫?」と案ずるように、マティアスさまにすり寄っています。
「あの、マティアスさま。降ろしてください」
「ああ、気づいたか。良かった」
間近で微笑まれて、もう恥ずかしくてなりません。だって、騎士団長に手を握られただけで気絶するなんて。情けないにもほどがあります。
でも、本当に怖かったの。
「狩りに参加しているご婦人方は、ウサギを追うのに血気盛んだが。あなたは休んでいた方がいいな」
そう仰ると、マティアスさまは木陰にわたしを下ろしてくださいました。
敷物が敷いてあり、直に服が汚れることはありません。
少し湿った風が吹き、土の匂いがしました。
見上げた空は晴れているのに、雨でも降るのかしら。
マティアスさまも同じことを感じたようです。騎士団が用意している天幕を手に取ると、縄を張って地面に杭で打ち込みました。
「わたしもお手伝いします」
手頃な石を取り、縄をかけた杭を叩きます。
コンコンといい音はするのですが、なかなか杭は刺さりません。
地面は堅いわけではないのに、やはり力がない所為かしら。
わたしが一本打ち込む間に、マティアスさまはほとんどの杭を打ち終えました。
「俺に任せておきなさい。雨が降って来て濡れてしまっては、ユスティーナが風邪を引くからな」
「わたしは平気です。マティアスさまこそ、お風邪を召してしまいます」
「俺が?」
苦笑をこぼしながら「あなたとは鍛え方が違うよ」と仰いました。
え、ええ。それは分かるんですけど。
「ほら、触ってごらん」とわたしは手を取られて、マティアスさまの腕に指を置きました。
服の上からでも分かる逞しさです。
対してわたしの腕は……ふにっとしています。
「あの、どうすればマティアスさまみたいに逞しくなれますか?」
「ん? ユスティーナが逞しくなりたいのかい?」
「はいっ」
腕立て伏せをすればいいのかしら。水の入った木桶を毎日持ち上げればいいのかしら。
考えを巡らせていると、ふいにわたしの体が傾ぎました。
「運動をすることは止めないけどね。俺みたいに筋肉をつける必要はないさ」
「え? ええ?」
いつの間にか、わたしはマティアスさまの腕の中に閉じ込められていました。
「ユスティーナは、せっかく柔らかい……ん?」
わたしの頬に触れたマティアスさまが、手を止めました。
え、なに? どうなさったの?
「……なんなんだ?」
考え込むように眉根を寄せるマティアスさま。わたしはどうお答えしていいのか分からずに硬直してしまいました。
「なんでこんなに柔らかいんだ?」
「え?」
「同じ人間とは思えない。肌の構造が違うのか? 成分が違うのか?」
何を仰っているの? マティアスさまは、わたしの両頬を、大きな手でむにむにと触ってらっしゃいます。
「これは……ずっと触れていたくなる」
「あ、あの困ります」
「うん。俺も困っているんだ。あなたから手が離せなくて」
そんなぁ。わたしは両頬をマティアスさまの大きな手に挟まれたまま、身動きが取れません。
大丈夫よ、ちょっと緊張の糸が切れただけなのに。あなたはいつも、わたしの心配をし過ぎなの。
わたしはマティアスさまに抱えあげられ、運ばれているんです。
ファルケは「ねぇねぇ、ユスティーナは大丈夫? 本当に大丈夫?」と案ずるように、マティアスさまにすり寄っています。
「あの、マティアスさま。降ろしてください」
「ああ、気づいたか。良かった」
間近で微笑まれて、もう恥ずかしくてなりません。だって、騎士団長に手を握られただけで気絶するなんて。情けないにもほどがあります。
でも、本当に怖かったの。
「狩りに参加しているご婦人方は、ウサギを追うのに血気盛んだが。あなたは休んでいた方がいいな」
そう仰ると、マティアスさまは木陰にわたしを下ろしてくださいました。
敷物が敷いてあり、直に服が汚れることはありません。
少し湿った風が吹き、土の匂いがしました。
見上げた空は晴れているのに、雨でも降るのかしら。
マティアスさまも同じことを感じたようです。騎士団が用意している天幕を手に取ると、縄を張って地面に杭で打ち込みました。
「わたしもお手伝いします」
手頃な石を取り、縄をかけた杭を叩きます。
コンコンといい音はするのですが、なかなか杭は刺さりません。
地面は堅いわけではないのに、やはり力がない所為かしら。
わたしが一本打ち込む間に、マティアスさまはほとんどの杭を打ち終えました。
「俺に任せておきなさい。雨が降って来て濡れてしまっては、ユスティーナが風邪を引くからな」
「わたしは平気です。マティアスさまこそ、お風邪を召してしまいます」
「俺が?」
苦笑をこぼしながら「あなたとは鍛え方が違うよ」と仰いました。
え、ええ。それは分かるんですけど。
「ほら、触ってごらん」とわたしは手を取られて、マティアスさまの腕に指を置きました。
服の上からでも分かる逞しさです。
対してわたしの腕は……ふにっとしています。
「あの、どうすればマティアスさまみたいに逞しくなれますか?」
「ん? ユスティーナが逞しくなりたいのかい?」
「はいっ」
腕立て伏せをすればいいのかしら。水の入った木桶を毎日持ち上げればいいのかしら。
考えを巡らせていると、ふいにわたしの体が傾ぎました。
「運動をすることは止めないけどね。俺みたいに筋肉をつける必要はないさ」
「え? ええ?」
いつの間にか、わたしはマティアスさまの腕の中に閉じ込められていました。
「ユスティーナは、せっかく柔らかい……ん?」
わたしの頬に触れたマティアスさまが、手を止めました。
え、なに? どうなさったの?
「……なんなんだ?」
考え込むように眉根を寄せるマティアスさま。わたしはどうお答えしていいのか分からずに硬直してしまいました。
「なんでこんなに柔らかいんだ?」
「え?」
「同じ人間とは思えない。肌の構造が違うのか? 成分が違うのか?」
何を仰っているの? マティアスさまは、わたしの両頬を、大きな手でむにむにと触ってらっしゃいます。
「これは……ずっと触れていたくなる」
「あ、あの困ります」
「うん。俺も困っているんだ。あなたから手が離せなくて」
そんなぁ。わたしは両頬をマティアスさまの大きな手に挟まれたまま、身動きが取れません。
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