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二章
11、覗いているわけではない……と思う【1】※騎士団長視点
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雨がぽつぽつと降り始める中、俺は白い猟犬を追った。これは絶対に騎士団長がうする仕事ではないよな。
白い犬はというと、小川を身軽に飛び越えて、元々いた方へと戻っていく。
よかった。そのまま主のところへ帰るんだぞ。
踵を返した俺は、派手な水音を耳にした。
水鳥にしては大きな音だ。ウサギか小鹿でも川に落ちたのか? そう思って近づこうとすると。
「ユスティーナ」と叫びながら草を掻き分けて走るマティアスの姿が見えた。
ちょっと待て。今の音はお嬢さんか?
すぐにマティアスが彼女を川から引き揚げて、事なきを得たが。
まったく目が離せんお嬢さんだな。おとなしいくせに、どうして突然川に突っ込むんだ?
ユスティーナ嬢のグレイハウンドも、黒い毛が濡れている。
そして心配そうに尻尾を下げて「くーん、くーん」と主の周りをくるくるまわった。
状況から察するにお嬢さんはグレイハウンドを追って、川に落ちたようだ。
うーん。お嬢さんが赤ん坊の頃から知っている所為か、姪っ子の感覚で見てしまうんだよな。
常に伯爵の後ろに隠れている人見知りで引っ込み思案のお嬢さん。
そんな彼女がちゃんと一人前の挨拶をしたものだから。おじさん、感動してしまったぞ。
しかも、いつも伯爵か家令の足にしがみついていた彼女の顔を、初めてちゃんと見た気がする。
雨脚は徐々に強くなっている。草の葉を叩く雨の音も大きく、俺の髪も湿ってきた。
仕方なく木立の中へと避難する。
すると……見てはいけないものを見てしまった。
「うっわ」
マティアスの上着をはおったお嬢さんが、奴のシャツのボタンの辺りをぎゅっと握りしめている。握りしめつつ寄り添っているというか、抱きしめられているというか。
待て待て。お前、仕事中だろ、マティアス。
さすがに叱りつけようかと思ったが。木の枝に水が滴っている乗馬服の上下が掛けられている。
あー、川に落ちたらそりゃあびしょ濡れになるよな。
しかもこの雨だ。焚き火をすることもできやしない。
まぁ婚約者であり、主の御令嬢に風邪を引かせるわけにはいかないからな。決して間違った判断ではないだろう。
俺がおんなじことをすると、お嬢さんに悲鳴を上げられ泣かれそうだ。
男物の大きな上着から、すらりと伸びる白い手と脚。結い上げていた金の髪は、今はほどかれて背中にかかっている。
うわ、目のやり場に困るんだが。
いい年をして意外と初心な俺は、手で目を隠した。
だが、マティアスが妙なことをしないか心配だ。そう、お嬢さんが悲鳴を上げるようなことがあれば、俺が上官としてマティアスを止めなければ。
自分の目を覆う手の、指と指の間をそーっと開く。
大丈夫。これは監視だ、覗き見ではない。
むしろ覗かれるようなことをさせないために、必要なことだ。
「マティアスさま。何か……その、人の気配がします」
「ん?」
ユスティーナお嬢さんの声が聞こえて、俺は慌てて木の幹に体を隠した。
マティアスが、こちらをじーっと見据えている。
ばれたか? ばれたのか?
心臓がばくばくと音を立てるが。別にやましいことをしているわけではないので、意志の力で脈を元に戻す。
「イノシシでもいるんじゃないかな? 襲ってきたりはしないから、心配することはない」
「そうなんですか?」
「ユスティーナには優しい、紳士的なイノシシさ」
こら、マティアス。イノシシなんかいたら、危なすぎるじゃないか。あいつら突進してくるんだぞ。
そう考えて、はっとした。
ちがう。俺がイノシシか……。
なんか釘を刺された気分だ。
しばらくすると、ユスティーナ嬢の犬が何かを首から提げて戻ってきた。
白い犬はというと、小川を身軽に飛び越えて、元々いた方へと戻っていく。
よかった。そのまま主のところへ帰るんだぞ。
踵を返した俺は、派手な水音を耳にした。
水鳥にしては大きな音だ。ウサギか小鹿でも川に落ちたのか? そう思って近づこうとすると。
「ユスティーナ」と叫びながら草を掻き分けて走るマティアスの姿が見えた。
ちょっと待て。今の音はお嬢さんか?
すぐにマティアスが彼女を川から引き揚げて、事なきを得たが。
まったく目が離せんお嬢さんだな。おとなしいくせに、どうして突然川に突っ込むんだ?
ユスティーナ嬢のグレイハウンドも、黒い毛が濡れている。
そして心配そうに尻尾を下げて「くーん、くーん」と主の周りをくるくるまわった。
状況から察するにお嬢さんはグレイハウンドを追って、川に落ちたようだ。
うーん。お嬢さんが赤ん坊の頃から知っている所為か、姪っ子の感覚で見てしまうんだよな。
常に伯爵の後ろに隠れている人見知りで引っ込み思案のお嬢さん。
そんな彼女がちゃんと一人前の挨拶をしたものだから。おじさん、感動してしまったぞ。
しかも、いつも伯爵か家令の足にしがみついていた彼女の顔を、初めてちゃんと見た気がする。
雨脚は徐々に強くなっている。草の葉を叩く雨の音も大きく、俺の髪も湿ってきた。
仕方なく木立の中へと避難する。
すると……見てはいけないものを見てしまった。
「うっわ」
マティアスの上着をはおったお嬢さんが、奴のシャツのボタンの辺りをぎゅっと握りしめている。握りしめつつ寄り添っているというか、抱きしめられているというか。
待て待て。お前、仕事中だろ、マティアス。
さすがに叱りつけようかと思ったが。木の枝に水が滴っている乗馬服の上下が掛けられている。
あー、川に落ちたらそりゃあびしょ濡れになるよな。
しかもこの雨だ。焚き火をすることもできやしない。
まぁ婚約者であり、主の御令嬢に風邪を引かせるわけにはいかないからな。決して間違った判断ではないだろう。
俺がおんなじことをすると、お嬢さんに悲鳴を上げられ泣かれそうだ。
男物の大きな上着から、すらりと伸びる白い手と脚。結い上げていた金の髪は、今はほどかれて背中にかかっている。
うわ、目のやり場に困るんだが。
いい年をして意外と初心な俺は、手で目を隠した。
だが、マティアスが妙なことをしないか心配だ。そう、お嬢さんが悲鳴を上げるようなことがあれば、俺が上官としてマティアスを止めなければ。
自分の目を覆う手の、指と指の間をそーっと開く。
大丈夫。これは監視だ、覗き見ではない。
むしろ覗かれるようなことをさせないために、必要なことだ。
「マティアスさま。何か……その、人の気配がします」
「ん?」
ユスティーナお嬢さんの声が聞こえて、俺は慌てて木の幹に体を隠した。
マティアスが、こちらをじーっと見据えている。
ばれたか? ばれたのか?
心臓がばくばくと音を立てるが。別にやましいことをしているわけではないので、意志の力で脈を元に戻す。
「イノシシでもいるんじゃないかな? 襲ってきたりはしないから、心配することはない」
「そうなんですか?」
「ユスティーナには優しい、紳士的なイノシシさ」
こら、マティアス。イノシシなんかいたら、危なすぎるじゃないか。あいつら突進してくるんだぞ。
そう考えて、はっとした。
ちがう。俺がイノシシか……。
なんか釘を刺された気分だ。
しばらくすると、ユスティーナ嬢の犬が何かを首から提げて戻ってきた。
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